先輩の様子が……

「わぁー!!すっっっごい!!じゅる……ヨダレが出そう……」

「こ、これが……殺気名物『地獄巡り悩殺タンメン』」


 向かい合わせで座っている湊月と夏音の目の前に置かれた、圧迫されるようなボリュームをした二杯の蒙古タンメン。


 噛み応えのありそうな太麺の上に乗っている大盛りの野菜。そして、それらがどっぷりと浸っている、鮮明な赤というにはあまりにも毒々しい色合いをした殺気特製激辛スープ。


 漂ってくる匂いには、湊月達の嗅いだ事のないような様々な調味料が混ざりに混ざっていて、それを鼻腔の奥まで思い切り吸い込んだものなら、鼻の奥が家庭科の裁縫で使われていそうな尖った針で突かれてるような痛みに襲われる。


「じゃあ、さっそく頂こうかな……ん?何これ?レシートと一緒に変な紙ついてる」

「あ、ほんとだ。何て書いてあるんです?」


 夏音は、メモ帳のような髪を広げて、そこに書いてあった文章を口にした。


「えっとね~、『当店は食品衛生以外の健康被害においては一切の責任を負いかねます。お客様の自己責任でお願い致します』って。くぅー!良い演出!ますます楽しみになっちゃうね!!」

「いやそれ演出とかじゃないと思うんですけど……さすがにまだ死にたくはないな~」

「もう我慢できないっ!!ねぇ早く食べよ?」

「え、えぇ……それじゃあ頂きます」

「いっただっきまーす!」


 そう言った後、間髪入れないで何の躊躇いもなく箸を口元へ運んだ夏音。一歩踏み切れずその様子を眺めていた湊月に見られながら、夏音は小さな口を目一杯に開けて麺を頬張った。


「んん~!!美味しいっ!!マジでやばいんだけど!!!!」

「お、美味しいんですか……?」

「うん!天国行っちゃいそう!!!ふぁーあっつ!一枚脱ごーっと」

「ちょっと夏音先輩!それはまずいですって!!」

「いやいや、いつも通り……はっ!!」


 夏音は、着ている洋服のすそを半分程までたくし上げて、白い柔肌とたわわな胸を支える肌よりも白い下着が顔を覗かせたところで、自身の状況に気が付き表情が固まる。そんな夏音の煽情的な姿を周囲の人(主に男)がチラチラと横目で見ており、極僅かだが彼女に頬をつねられているカップルもいたりいなかったり……


「~~~ッ!うううぅぅぅ!!!!」


 すぐに服を下に引っ張って、下唇を噛み締めながら火が出そうな程頬を朱に染める夏音。


「ち、違うのみっつん!い、いつもはその……薄着の服を着てるから下にキャミソールを着てて……その……」

「キャミソールでも十分刺激的だとは思うのですが……」


 まごまごとした口調で必死な弁解を試みる夏音だが、その釈明はほとんど意味を成しておらず、二人が座っている座席にシンとした沈黙が流れた。


「あの~、えっと……やっぱ先輩ってスタイル良いですよね!」


 あまりの気まずさに耐えられなくなった湊月は、自分が考えられる最適解の言葉で空気を戻そうと試みたが、これまた完全に逆効果。


 大きな瞳を更に見開き、あわあわとしながら口をパクパクとしている夏音は、


「へ……変態!」

「何で!?」


 涙目でそう言い放ち、「やけ食い!!」と言いながら超激辛蒙古タンメンをかきこむ夏音。湊月はその様子に困惑しながら一口目を舌にのせたのであった。


「辛いっ!!痛い!?!?」







「はぁ~美味しかった!お腹いっぱい!んふふ♪満足♪」

「う……げぷ。死ぬ、本当に死ぬ。あぁ……霧の中に河が見える……対岸にいるのは……如月満月きさらぎみつきちゃん……」

「それって確か、去年引退した時みっつんが一か月間くらい落ち込んでたVTuberの子だよね?中の人が死んじゃったわけじゃないし、そこ多分三途の川じゃないね。戻っておいで~」

「中の人とか言わないで!!満月ちゃんは満月ちゃんなんですから!!」

「あはは……ごめんごめん。でもそんなに元気なら大丈夫そうじゃん!お腹いっぱいになったし、そろそろデートの続きしよっか?みっつんお水飲む?」

「もう喉がひりひりして死にそうなので俺も頂きます」

「おっけ~。すみませーん!お水二つ貰ってもいいですか~?」

「てか良くあんな早さで食べて平然としてますね……俺もそこそこ辛い物には耐性あると思ってたんですけど……」

「いや、結構きつかったよ?ほら見て?こことか汗だく」


 言いながら、ツインテールの片方をかき上げ、スラリとした首筋を露にする。新雪のように色白い肌に汗が伝っているその様はあまりにも艶めかしくて、湊月はつい視線を外してしまう。


「あー暑い……凄く脱ぎたい……」

「先輩痴女みたいな発言やめてくださいよ……」


 片手でぱたぱたと仰ぎながら溜息をつく夏音に動揺させられる湊月。


「お待たせいたしました!」


 そんな、食事と夏音の挙動に体温を上昇させられてしまう湊月の元に、忙しなく動き続けている女性の店員がやって来た。そして、そのまま頼んでいた水を置こうとしたその時、


「おみz────っ!?」


 ガシャンという物が割れる破損音と共に、地面で砕けるガラスのコップ。


 「失礼しました!」と申し訳なさそうに頭を下げた店員は、その顔を上げた際に状況を理解し、その表情は一気に青ざめる。


 理由は明白で、その視線の先にいる客──天宮夏音に思いきり水を被せてしまい、着ていた洋服をびちゃびちゃに濡らしてしまったからだ。


「っ!?申し訳ありません!!すみません、すみません……」


 水をかけられてから体や表情をピクリとも動かさない夏音に、ただただ平謝りする店員。その声音は段々と震えて、今にも泣いてしまいそうだ。


「せ、先輩……大丈夫ですか?」

「…………」

「えっと……あの……」


 湊月が話しかけても何の反応も示さない夏音。


──そりゃ怒ってるよな。お気に入りの新しい洋服って言ってたし……


 湊月が初めて見る事になるであろう夏音の憤慨。


 人は怒る時様々な行動パターンがあるというが、どうやら夏音の場合は黙り込むタイプのようだ。


「……あの」


 無性に長く感じた短い間を空けて、店員に声をかけた夏音。女性の肩がビクッと跳ね上がった。


「大丈夫ですか!?ケガとかしてませんか!?」

「…………え?」

「手とか切ってませんか!?」

「は、はい……私は大丈夫なのですが……お客様のお洋服が……」

「あはは、大丈夫ですよ。そんなに頭下げないでください!ウチも何かとやらかしがちなので、気持ちすっっごい分かりますし!」


 今にも泣きだしてしまいそうな店員は、夏音のあまりにも温厚な対応に唖然としながら、無意識に堪えていた涙が数滴頬を伝った。


「先輩あの……怒ってないんですか?」

「怒る?失敗なんて誰でもあるじゃん!そりゃちょっとビックリはしたけどね?でもそんなんより、お姉さんがケガしてなくて良かったって思う!」


 夏音は、純粋な瞳でそう言いきった。


──あーそうだ。先輩は、こういう人だ。人の痛みを良く知っているからこそ、人に優しくできる。当たり前のようで、実は凄く難しい事。


 尚もひたすらに謝り続けている店員と優しい対応を見せる夏音の元に、大慌てでやって来た男性の店員。胸元の名刺には『支店長』と記載されている。


「たいっへん申し訳ありません!せっかくのデートの雰囲気を壊してしまった上に、素敵なお召し物を濡らしてしまって……全然足りないかもしれませんが、ここのお代とクリーニング代金は支払わせて頂きます!誠に申し訳ありませんでした!!」

「そんな!本当に大丈夫ですから!!暑かったし、ちょうど良いかな~なんて」

「そんな訳にはいきません!何かしらのお詫びはさせてください!」

「えぇ……どうしようかな……」


 そう言いながら、困惑した表情で湊月に目配せした夏音。


 湊月はしばらく考え込んだ後、ある一つの提案をした。


「でしたら、次回の予約の優先権利とか……どうでしょうか?」

「そんなので良いんですか?」

「はい。ここ凄く美味しかったしまた来たいけど、何せ全然予約が取れないで有名ですから。それにその……もう一回夏音先輩と食べに来れますし……」

「っ!?みっつん!!えとえと、それでお願いします!!」

「お安い御用です!!本当に申し訳ありませんでした!ほら、君ももう一度しっかりと謝罪しなさい!!」

「本当に申し訳ありませんっ!!」

「いえいえ!こちらこそわがまま言って予約優先なんて頼んじゃってごめんなさい!」


 三人がそれぞれ頭を下げているという、傍から見たらあまりにも不可思議すぎるその光景に、店内の人間の視線が一挙集中している。


「先輩、そろそろ行きましょうか」

「う、うん!じゃあえっと、お会計で!」

「先輩は先に外出ておいてください。ここは俺が払うので」

「いやいや!それは申し訳ないし、年上なんだからウチが出すって!」

「いえ、払わせてください。誰かに奢りたいって、初めて思ったんです。俺にもその……かっこつけさせてください」

「みっつん……。うんっ!じゃあ、ここはご馳走になっちゃおうかな!ありがとうっ!!」

「あ、それと……」


 心底嬉しそうな笑顔を浮かべる夏音をまじまじと見つめる湊月。真剣な眼差しを向けながらその口を開いた。


「俺……先輩のこういうところ、大好きです」



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