第2章 47 互いの立場

 あの声は……。


 嫌な予感に振り向くと、やはりそこに立っていたのはリシュリー宰相とカチュアだった。


「今からどちらへ行かれるのですか?クラウディア様」


宰相は両手を後ろ手に組んで、私をじっと見つめている。するとマヌエラが一歩前に進み出て来た。


「宰相、何故貴方にクラウディア様がどちらへ行かれたのか、答えなければならないのですか?」


「何だと?私はこの国の宰相だ。常に陛下やクラウディア様の動向を知っておくのも私の務めだ」


宰相の語気が強まる。

しかし、マヌエラも負けてはいない。


「貴方は御自分の立場を過信しておいででは無いでしょうか?クラウディア様はお妃様になられるお方ですよ?陛下と婚姻を挙げれば、宰相の立場より上になられます。それを承知の上での発言なのでしょうか?」


「な、何だと?!一介の侍女のくせに生意気な……!」


宰相は苛立ちを隠すことなく、マヌエラを睨みつけた。


いけない……!このままではマヌエラの立場が悪いことになってしまう。


「待って、マヌエラ。私は……」


険悪な2人の間に割って入ろうとした時、それまで無言だったカチュアが突然口を開いた。


「リシュリー様、別に良いではありませんか?」


「カ、カチュア……しかし、それでは……」


宰相はどこか狼狽えた様子を見せている。


「クラウディア様は敗戦国の王女様とはいえ、この国のお妃様になられるお方なのですから。いずれ、私達よりも立場が上になるのですから礼は尽くさなければならないと思いませんか?」


カチュアの物言いはまるで、今は自分たちの方が立場が上であるかのような言い方に聞こえる。


「カチュア様、貴女は……」


マヌエラの眉が上がる。

やはり、彼女もカチュアの言葉が気になったのだろう。


「では、私達は参りましょう。リシュリー様」


カチュアはリシュリーを促した。


「あ、ああ。そうだったな。今夜は神殿で『聖なる巫女』の歓迎の儀が開かれることになっているからな。待たせては悪い。すぐに参ろう」


リシュリーはどこか嫌味を込めた目でこちらを見ると、私達の脇を通り抜けた。

そしてその後ろを歩くカチュアが私にだけ聞こえるような囁き声で言った。


「お部屋の移動の話……陛下にうまく伝えて下さいね」


「!」


そして2人は会話をしながら遠ざかって行く。


「全く……感じの悪い人達ですね。ここに来たのは絶対にわざとに違いありません。神殿はこちらの方角ではありませんからね」


マヌエラの口調はいら立ちが混じっていた。


「マヌエラ……」


彼女は本気で2人に対して怒ってくれている。やはりアルベルトの言う通り、彼女は信頼しても良いのかもしれない。


「ありがとう、マヌエラ。私の為に宰相に意見を言ってくれて」


「いいえ、当然のことですから。では気を取り直して……参りましょうか?」


「ええ、そうね」


そして私たちは再びダイニングルームへ向かった。


「そう言えば、先程宰相が神殿で『聖なる巫女』の歓迎の儀が開かれると話していたけれども……陛下は参加しなくても良いのかしら?」


どうにも先程の宰相の話が気になってしまう。


「ええ、私も先程知ったばかりです。気になるようでしたらクラウディア様から直接

陛下にお尋ねしてみてはいかがでしょうか?」


「そうね……」


どうせ、2人きりで食事と言っても、私とアルベルトの間に会話があるとは思えな

い。


無言で食事をするくらいなら、多少不愉快ではあるけれども話題作りには都合が良いかもしれない。


この時の私はそう思っていた――。






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