第2章 26 カチュアの頼み
「ほ……う。誰かと思えば……『レノスト』国の王女様ではありませんか?」
宰相は私がアルベルトに嫁ぐ為に『エデル』へやってきたのを承知の上で、敢えて私の出身国の名を口にして声を掛けてきた。
「こんにちは、クラウディア様」
カチュアは笑みを浮かべながら私に声を掛けるが……その目は笑っていなかった。
そして彼らの後ろに控えている側近たちは、ただ私に頭を下げるだけだった。
「こんにちは……。リシュリー宰相、そしてカチュアさん」
ドレスの裾をつまみ、2人に挨拶をした。
「これは光栄ですな。クラウディア様にもう私の名前を覚えていただいていたとは。それに『聖なる巫女』カチュアのことも覚えて下さっていたとは」
宰相は自慢の顎髭を撫でながら私を無遠慮に見つめてくる。
「いえ、この国の重鎮となるお方ですから当然のことです。それでは私達はこれで失礼致します」
一礼して宰相達の脇を通り過ぎて立ち去ろうとした時、再び声を掛けてきた。
「お待ち下さい、クラウディア様」
「はい、何でしょうか?」
立ち止まり、振り返った。
「確か、そこにいるメイドはクラウディア様が国から連れてきたメイドでしたな?名は何と申すのです?」
いきなり自分のことを尋ねられたリーシャはピクリと肩を動かした。
「はい、彼女はリーシャと言います。私の大切なメイドです」
リーシャを背中に庇うように前に立つと宰相に紹介した。
「まぁ、リーシャさんと言うのね?可愛らしい方だわ。今おいくつなのかしら?」
するとカチュアが笑みを浮かべてリーシャに声を掛けてきた。
「は、はい……19歳…です……」
「19歳?私と同じ年齢ね?宜しく。お友達になってもらえると嬉しいわ」
カチュアはリーシャを困らせるようなことを言ってきた。
「い、いえ……私はクラウディア様にお使えするただのメイドですから…お友達になるなんて、恐れ多いです……」
リーシャは何とか返事をする。
「あら?でも……」
もうこれ以上黙って見ている事は出来なかった。
「あの、申し訳ございませんが私もリーシャもまだ慣れない場所に来たばかりなのです。どうか少しの間、そっとしておいて頂けないでしょうか?」
私は2人に頭を下げた。
「「……!」」
宰相とカチュアが驚いて息を飲む気配を感じた。
恐らく王女でありながら、頭を下げた私が奇怪な姿に映ったのだろう。
回帰前の私ならプライドが許さず、絶対に2人に頭を下げることなど無かった。
けれど、今は違う。
相手が誰であろうと、頭を下げることくらい何でも無い。
まして、誰かを守るためであれば躊躇うこと無く。
「これは驚きましたな……。我々はクラウディア様は大変傲慢な王女と聞いておりましたが…どうやら単なる噂だったようですな?」
宰相は自分が失礼な事を口にしていることを自覚しているのだろうか?
それでも私は冷静に返事をする。
「はい、そうです。お話はもう終わりで宜しいですね?」
「いえ、まだあります」
宰相はまだ私達を解放しようとしない。
「今度は一体何でしょうか?」
「私ではなく、話があるのはカチュアの方です。そうだろう?カチュア」
「はい、そうです」
カチュアは頷くと、両手を胸の前に組むと私を見つめてきた。
「クラウディア様。どうかお願いです。私も夕食の席に一緒に呼んでいただけるように陛下に頼んで頂けないでしょうか?」
「え……?」
それはとんでも無い願いだった。
まさか私にアルベルトと夕食を供にさせて欲しいと訴えてくるとは。
「何故…それを私に?」
警戒しつつ、カチュアに尋ねる。
「決まっているではありませんか。陛下は何故か私のことを信用しておりません。ですがクラウディア様には心を許しておいでです。私のひととなりを知って頂くには少しでも陛下と接点を持つことが大事なのに……私と宰相の話を耳に入れようとしてくださいません。なのでクラウディア様から陛下に直に頼んで頂けないでしょうか?」
呆れた申し出ではあったが、ここで私が首を縦に振らない限り……恐らく解放してはくれないだろう。
背後では怯えた様子のリーシャがいる。
…仕方ない。
「…分かりました。陛下の方には話をしてはみますが…どうかあまり期待はしないで下さい。それでは失礼致します。行きましょう、リーシャ」
そして私は戸惑うリーシャの右手を掴むと、足早に歩き始めた。
「ありがとうございます、クラウディア様」
嬉しそうなカチュアの声を背中に聞きながら――。
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