第1章 75 裏切者だと彼は言う

 扉の前で待つヤコブの元へ行くとすぐに声を掛けられた。


「ユダと話が出来ましたか?」


「ええ…」


「なら、もう行きましょう」


「…分かったわ」


外に出た途端、ヤコブはすぐに扉の錠前に鍵をかけてしまった。


「何もそこまで厳重にする必要があるのかしら…?」


「え?何かおっしゃいましたか?」


私に背を向け、カチャカチャと鍵をかけていたヤコブが振り返った。


「ええ…今でさえ、ユダは足枷をはめられて動けないのに…その上扉に鍵まで掛けるなんて。ユダは貴方たちの仲間なのでしょう?」


「仲間…ですか」


ヤコブは立ち上がると、笑みを浮かべた。


「戻りながら話でもしますか?」


「ええ、そうね…」


「では参りましょう」



**


 並んで歩き始めるとすぐにヤコブが声を掛けてきた。


「クラウディア様。先ほどユダは我々の仲間では無いのかと尋ねられましたが…確かに仲間でしたよ。『クリーク』を出るまでは」


その声は…妙に冷たく聞こえた。


「『クリーク』を出るまではって…それでは今は違うというの?」


「ええ、そうです。ユダは……我々を裏切ったのです。仲間を…そしてクラウディア様を」


「ちょっと待って。どうしてそんな言い方をするの?それに私のことまで裏切っただなんて」


「当然ではありませんか?我々はクラウディア様を陛下の元へ安全にお連れする重大任務を任されて集められたのですよ?それなのにあいつはわざと危険生物が引き寄せられる匂い袋を持たせたのです。そのせいで我々だけではなく、クラウディア様まで…2度も危機に陥れようとしたのです。たまたま運が良く、両方回避することが出来ましたが、もうユダを野放しには出来ない。だから拘束しているのです」


「けれど、ユダは匂い袋は事前に用意されていたと言ってるのよ?それにあの銀の剣だって今回の戦争で手柄を立てた報酬として与えられた剣だと言ってるのよ?」


「それこそ、我々に対する当てつけなのですよ」


突然ヤコブの口調が変わった。


「あ、当てつけ…?」


「ええ、そうです。ユダは…俺たちを見下す為にわざとあの銀の剣を装備していたのです」


その声には嫉妬が混じっているように聞こえた。


「だけど、ユダがあの剣を装備していたお陰でアンデッドを倒すことが出来たのでしょう?」


「ええ、ですがそれも俺たちに恩を着せる為だったのでしょう?自分のお陰で俺たちを助けることが出来たのだと言いたかったのでしょう。だが…アンデッドの半分はスヴェンが倒してくれた」


そしてヤコブはチラリと私を見おろした。


「どうしてそんな言い方をするの?貴方たちは友人同士なのでしょう?」


「友人…ユダがそう言ったのですか?」


「ええ、そうよ」


「そうですか…ユダが俺のことをそんな風に…」


どこか遠い目つきでヤコブはため息をついた。


「違うの?友人同士では無いの?」



その時―。


「おーい!姫さんっ!」


そこへ前方からスヴェンがこちらへ向かって掛けてきた。


「スヴェン…」


するとヤコブは笑いながら言った。


「ハハハハ…本当に彼はクラウディア様の専属護衛兵の様だ。それでは俺はこれで失礼します」


ヤコブが頭を下げた時、スヴェンが駆け寄って来た。


「遅いから心配になって様子を見に来たんだよ。でも大丈夫そうだったな」


チラリとスヴェンはヤコブを見た。


「…?」


今スヴェンが一瞬取った行動が何故か引っかかった。


「じゃあな、クラウディア様を頼む」


ヤコブはそれだけ言うと、足早に去って行った。


その後姿を真剣な目でじっと見つめるスヴェン。


「スヴェン…どうかしたの?」


「あ…何でもない」


私の方を振り向いた時にはいつものスヴェンだった。


「姫さん、後4時間で出発するらしいから早めに休ん方がいい。戻ろう」


スヴェンが手を伸ばしてきた。


「ええ、そうね」


自然にその手を握りしめていた。


「……」


するとスヴェンは何故か驚いた様子で私を見つめている。


「何?どうかしたの?」


「い、いや。何でもない、行こうぜ」


私から視線をそらせるとスヴェンは歩き始める。

そんな彼に手を引かれながら、私は皆の元へ戻った。


ユダのことを気に掛けながら――。




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