第3話 メネラオスの友

「随分と抵抗してくれるね」


 カンパネルラの声音にはまだ余裕が色濃い。


「私の古巣だ。当然だろう」


「向こうの人類だけでなく、他にも邪魔な存在が足元にいるらしい」


 サカキはガルガンチュアの知覚と、自身のそれを繋げて周囲の様子を探る。どうやら付近に四名の人間がいるようだった。


「ハルトシ君たちか」


「まったく、メネラオスはあの程度の雑用もできないとはね」


「そう言うな。メネラオス君は、ガルガンチュア再生に必要な大量の〈ハナビラ〉を提供してくれた。それ以外のことは彼に期待してはいない」


「そろそろ我輩も面倒になってきた。親愛なる人類に、ガルガンチュアの力をご覧に入れるときが来たようだ」


 サカキは少し考えるように顎を引き、数秒後にその面を上げた。指先でヒカリヨの北門を指し示し、ガルガンチュアに下命する。


「破壊するのだ」


 その言葉に呼応してガルガンチュアの口が発光。その穴から破壊を具現化した光弾が吐き出された。


 黒い光弾が戦場の上空を通過し、その下に位置する〈花守〉たちが面に驚愕を浮かべて頭上を見上げる。


 黒き巨光はヒカリヨ北門に着弾。その一撃で石製の外郭を爆砕し、破壊された破片と粉塵が市内へと流れ込んだ。


 ガルガンチュアは矢継ぎ早に光弾を連射し、その回数と同じだけ爆発が閃いて外郭が崩落していった。その攻撃は戦団にも向けられ、夜の闇を凝縮したかにも見える光弾が、布陣する〈花守〉を急襲する。


 爆炎に複数の人影が飲み込まれ、戦場から悲痛な叫びが上がる。数発の光弾を浴び、瞬く間に戦団の隊列が総崩れになった。戦団は後方へと退避していく。


「うむ。さすがだ!」


「次は本気を見せてくれないかね」


「しかし、真実の世界を見せる人間を無闇に減らすのは、私の本意ではないが」


「少なくとも、その障害となる〈花の戦団〉は排除した方がよいのではないかね」


「……分かった。ガルガンチュア、本気を見せてくれ」


 ガルガンチュアが咆哮を上げる。ブオオォォォ、という雄叫びが穴から響き渡り、その振動が一帯の人物の肌を粟立たせた。


 ガルガンチュアの口である深淵に漆黒の光球こうきゅうが形成されていく。それは力の奔流が内部で渦を巻いているように表面を流動させつつ、徐々に肥大していった。


「さあ、ガルガンチュア。解き放つのだ」






「何ということを……!」


 僚友に甚大な被害が出たのを目にしたキヨラが、憤激を言語化して吐き出した。


「反撃どころじゃないよ! みんなやられちゃう!」


「ツラン班の援護射撃も無くなりましたー。まさか、さっきの攻撃に巻き込まれてー……?」


 援護射撃が途絶えたことで、喰禍たちは再び態勢を整えてキヨラたちを包囲しようと動き始めている。もはや猶予は無かった。


「クッソ―、どうすればいいんだ⁉ 戦団は後退して分断されちまっているし、仮に合流できたとしても……」


 その先をハルトシは口にすることはできなかった。ガルガンチュアの圧倒的な力の前に、全滅するしかないだろうとは。


「また何か始めたよ?」


 ウタカの指摘を聞いた三人は、ガルガンチュアへと視線を向ける。


 ガルガンチュアの口らしき空洞に特大の光弾が収束しているのだ。あの攻撃が放たれれば、その惨状は想像に難くない。


「くッ、もう我慢できません! 私がサカキを止めにゆきます!」


「キヨラ、無茶するな!」


 キヨラは制止を振り切って加護を発現させ、ガルガンチュアの体表を駆け上る。


 ガルガンチュアの脚部から本体へと飛び移ったキヨラが、その上部に辿り着いた。

その瞬間、爆発がキヨラを襲う。

 小太刀で攻撃を防いだが、その衝撃でキヨラが空中に身を投げ出した。


「キヨラちゃん!」


 落下するキヨラの背中をウタカの操るハネが受け止める。だが、それだけでは勢いを減じられない。


「キヨラさーん!」


 クシズの声とともにキヨラの身体が弾かれる。落下地点に移動したクシズの日傘が、衝撃を相殺したのだ。


 地面に叩きつけられたキヨラの元に三人が駆けつける。


「大丈夫か?」


「はい。何とか、助かりました。ウタカさん、クシズさん、ありがとうございます」


「やっぱり、カンパネルラがサカキを守っていたら打つ手がないね」


「うぅー、よくもキヨラさんをキズモノにぃー!」


「キ、キズモノですか?」


 クシズがガルガンチュアをキッと睨む。クシズにしては珍しい怒気だった。


「これでお嫁に行けなくなったら、どうするつもりなのー!」


「え、私そんなに傷だらけになっています?」


「あ、いや、大丈夫だよ、キヨラちゃん。クシズちゃんがキレてるだけみたいだから」


「ガールガンーチュアー!」


 いきなりクシズが走り出し、慌てて一同がそれを追う。


「クシズさんが激情型だなんて知りませんでした」


「ウタカも、クシズちゃんがキレるとこを見るのは初めてだよ」


 クシズはガルガンチュアの前面に到着すると、その日傘を構えて防御の姿勢を見せる。


「もう、誰も傷つけさせないんだからー」


 クシズに追いついたウタカがその肩に手をかける。


「無理だって、クシズちゃん! あんなの受け止められるわけないでしょ!」


「でもー、見過ごしておけないー!」


 ウタカはその返答を受けて押し黙る。ガルガンチュアの攻撃は、戦団の仲間たちに放たれようとしているのだ。ここで逃げるのは仲間を見捨てることにも等しい。


 このままでは全滅するだけだと迷うウタカの横にキヨラが並び、ハルトシが三人の後ろに立つ。ハルトシは沈痛な表情で口を開いた。


「キヨラ、何か手はあるか?」


「いえ、私にはどうにも……。それに、私はみなさんと一緒なら……」


 目を伏せつつキヨラが応じる。すでにキヨラは覚悟を決めているようだった。


 ハルトシは慚愧の念に歯を噛み締める。仲間を守ることのできない自身の無力さを恨むように、眼前のガルガンチュアを睨み据えた。


「みんな、今までありが……」


 ハルトシが言い終えるのを待たず、ガルガンチュアの口から暗黒色の光条が放たれた。虚空を闇に飲み込みながら迫る一撃を、ハルトシたちは成すすべなく待つだけだった。


 昼に満ちた闇の奔流がハルトシたちを飲み込もうとした寸前、その前に青い閃光が突き立つ。その光は瞬時に巨大な人型を形成した。


「メネラオスさんー⁉」


 両手を広げたメネラオスがガルガンチュアの一撃を受け止める。その巨体を以てしても手に余る大きな光条が、その全身を押し包んだ。


 光条の衝撃によりメネラオスが後退、大地を踏みしめるその足が地面を削りつつ滑走する。青い光輝を帯びる体表に亀裂が走り、右腕は完全に粉砕した。


 ついにその肉体でメネラオスが光撃を相殺し、ガルガンチュアの口から放射されていた光条は虚空に消え去る。


 しかし、それだけメネラオスが身を挺した犠牲は大きかった。

 その全身に瑕疵が入り、細かな破片が零れ落ちる。右腕から胸にかけては完全に消失し、頭部の一部も欠損していた。


 地に膝を着いても倒れることなく、メネラオスは左手を掲げて光弾を連射する。


「おおおぉぉ……!」


 その掌から射出される青い光弾はガルガンチュアに届く前に、見えざる壁に阻まれて〈ハナビラ〉へと還元される。メネラオスの力をガルガンチュアのそれが上回っているようだった。


「メネラオスさん、無理しないでくださいー!」


 その背へとクシズが気遣いを込めた声を投げかけた。その言葉を浴びたメネラオスは、破片を零しながらも背筋を伸ばしてガルガンチュアに向き合う。


「我が強き胸は、友への脅威を受け止めるために在る! 我が穏やかな足は、友とともに平和な道を歩むために在る!」


 メネラオスの叫びに応じ、その体表が目まぐるしく変色していく。緑、紫、赤へと変化したメネラオスの身体は、最後に眩いばかりの銀色の光を発していた。


「我が気高き手は、友を害する敵を打ち砕くために在る!」


 一際、光輝を放つ銀色の光弾がメネラオスの掌から放たれた。

 銀色の光弾は、何の障害も無くガルガンチュアの本体に着弾。陽光を払拭する銀色の爆発光が世界を一瞬だけ席巻する。


 眩い銀光が消えたとき、ガルガンチュア本体の左側には大穴が空いており、脚部との連結部は完全に破損していた。


 左前脚を破壊されて体勢を崩すガルガンチュアを前にし、力尽きたようにメネラオスが手を地に着いて上半身を曲げる。


「大丈夫ですかー⁉」


 クシズが身を折るメネラオスへと駆け寄った。メネラオスの体表は銀から元の青色に戻っている。いや、色を失いつつ黒ずんでいく。


「ク、シズ……。ありがとう。あなたのおかげで誰が、私の本当の友か知ることができた。やはり、私の友は人類あなたたちだった……」


「わたしの友達を助けてくれて、ありがとうございますー! やっぱり、メネラオスさんは優しくて、強い人でしたー!」


 メネラオスの頭部がわずかに揺れる。笑った、のかもしれなかった。


「最後に、友のために戦えてよかった……」


「これからだって一緒にー……」


「ありがとう」


 メネラオスの体表が急速に色褪せ、その色が黒く変色した。

 その全身に亀裂が入ったかと思うと、音を立てて崩壊していく。


「メネラオスさ、ん……」


 黒い岩が積み重なったようなメネラオスの残骸を目にし、クシズが絶句する。その手にウタカが手を置くと、クシズがウタカに抱きついて嗚咽を漏らした。

 涙を流すクシズからガルガンチュアへと視線を映したキヨラの表情は険しい。


 多くの生命を飲み込みながら、ガルガンチュアはヒカリヨを目指していた。

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