第11話 日傘の下の安息
「みんな、大丈夫か⁉」
視界が晴れたハルトシの目に映ったのは、倒れるキヨラとウタカ、そして半壊した日傘を持ってそれでも立つクシズだった。
「キヨラ、ウタカ!」
「私は大丈夫、です……」
「ウタカたちより、クシズちゃんをお願い」
二人とも意識はあるが動けないようだった。ハルトシは頷いてクシズへと駆け寄る。
「クシズ、無事か?」
「うー、死ぬー……」
「まだ生きているよ」
涙目で必死に耐えているクシズにそう言って、ハルトシは日傘の柄を掴んだ。
「俺にはキヨラみたいに攻撃を受け流すことはできないけど、一緒に日傘を支えるくらいはできるさ」
「は、はいー」
「もう俺の〈ハナビラ〉も尽きるから、これが最後だ。ちょっと、ごめん」
クシズは手を伸ばして日傘を手にしているため、ハルトシの姿勢で届くのはその頬だけだ。ハルトシの唇が頬に触れたとき、クシズの両肩が跳ね上がった。
クシズの肉体を通して〈ハナビラ〉が日傘へと注がれ、一気に修復された日傘は大輪の花のように咲き誇る。
その様は、〈守護者よ臆することなかれ〉の加護に恥じない勇壮さだった。
「さ、メネラオスにまだ言いたいことがあるんだろ?」
「はいっ、わたしと一緒に戦って下さい」
驚いたハルトシがクシズに目を向けると、そこには毅然した美しさを湛える横顔があった。気圧されるようにハルトシは視線をメネラオスへと移す。
「メネラオスさんが戦うのは、わたしたちではありませんー!」
「お前の戯言は聞き飽きた」
メネラオスが再び指先の狙いをクシズに定める。だが、その指が震えているのはどうしたことか。まるで、人間を傷つけている自分を恐れているようだった。
メネラオスの指先から光弾が連射されるが、それは日傘を捉えることなく、その付近の地面を穿つだけだ。
「私は、私は……!」
メネラオスが掌から発した光条を地面に叩きつけた。
大地が爆発し、鮮烈な爆発がクシズとハルトシを押し包む。四方へ吹いた爆風が木の葉を揺らし、慄きのざわめきを上げさせた。
日傘の表面に無数の亀裂が走っているが、クシズとハルトシが無事な姿を現す。二人が立つ周囲の地面が抉れ、その一部分だけ高くなっていた。
「メネラオスさんは、こんなことをする人じゃないはずですー」
「まだ減らず口を叩けるのか⁉」
燃え上がる苛立ちの炎を具現化するように、メネラオスが再び掌をクシズに向けた。
「弱い人類が、この私に……!」
激昂して思わず口走った言葉に、メネラオスが動きを止める。
「やっと気付いてくれましたかー? メネラオスさんがわたしたちにしていることは、あなたが仲間からされていたことなんですー」
「私が、彼らと同じだと……?」
「メネラオスさんが一緒に戦うのはー、サカキさんではなくてわたしたちのはずですー」
クシズが日傘を傾けて顔を見せる。その面に浮かぶ微笑を見やり、メネラオスが恐れるように上体を逸らした。
「私は負けるわけにはいかないんだ!」
その叫びとともに、メネラオスの右手に激烈な光が宿った。地を揺るがしてメネラオスが肉薄し、日傘へとその拳を振り下ろす。
拳は地面を容易く陥没させ、土塊を天へと突き立てた。すぐにその噴煙を青い閃光が突き破り、地面を抉りながら突き進むと硬い岩肌に当たって爆発を上げる。
轟音と爆光が収まってからクシズが横に視線を映し、破壊された地面を呆然と眺めた。
メネラオスはよろめきながら後退すると膝を屈した。そのまま上体を曲げて蹲るように両手で頭を抱える。
「私は、どうしてこんなにも……弱い⁉」
慟哭するようにメネラオスが身震いしている。その頭部へ淡い影が差した。
「弱くなんかありませんー」
「ク、シズ……?」
メネラオスが顔を上げる。身を伏せていると言っても、巨体であるため真正面からクシズと向き合う高さだった。
「本当に強い人は弱い人にその力を使いませんー。メネラオスさんは弱いのではなくて、優しいのですー」
日傘を差し出すクシズの姿を凝視し、メネラオスは再び頭を伏せる。
少なくとも敵意が消失したことを知ると、クシズはメネラオスに背を見せて仲間に向き直る。
「メネラオスさんは分かってくれたみたいー」
平然と笑うクシズを目にしてハルトシとウタカは声も無いようだった。半ば呆れるようにしてクシズを見ている。
ふと、キヨラがクシズに詰め寄った。
その剣幕に恐れをなしたクシズが身を竦めていると、キヨラがその両肩をガシッと掴む。
「ひー、キヨラさん、ごめんなさいー……」
「クシズさん、お見それしました」
「へ?」
「クシズさんは無責任で気が弱くて他力本願で、時間を守らないし仮病も使いますし、面倒なことはウタカさんに押しつけてケロッとしている、ダメな人だと思っていました」
言い過ぎだろ、とハルトシは内心で冷や汗を流す。
「ですが、クシズさんは私が辿り着けない境地に達しています。斬るなら簡単なのです」
キヨラはきつく目を閉じた後、羨望と尊敬を混淆させた瞳をクシズに向ける。
「……相手を斬らずに物事を解決する力、私の命題の解答をクシズさんは知っていたのですね。あなたは凄い人です」
「えへへ、キヨラさんに褒められちゃったー」
頬を紅く染め、はにかむクシズを横目にしてウタカが眉をひそめる。
「クシズちゃん的にはそれでいいのか?」
とにかく強敵を退けて弛緩した空気のなかで、クシズが身を起こしたマリカに駆け寄る。
「マリカちゃん、大丈夫ー?」
「うん。平気。メネラオスさんは手加減していたから」
蹲るメネラオスへと、マリカは憐憫を込めた目線を投げた。
「やっぱりクシズは凄いね。メネラオスさんを説得するなんて」
「ううんー。メネラオスさんが優しい人なのは、すぐに分かったものー」
何事でもないように笑うクシズを目にして、マリカもつられるように微笑んだ。
「みんな無事でよかったな」
ハルトシたちもマリカの元に集まってくる。
「さて、これからどうするかだ」
「サカキを追うべきでしょう。今からなら、サカキを捕まえることもできるかもしれませんから」
「ウタカも同意かな。向こうで戦えるのはカンパネルラだけだし、もしかしたら勝てるかもしれないよ」
キヨラとウタカはサカキを追うことに積極的なようだ。だが、ガルガンチュアが蘇った場合に備え、〈花の戦団〉に現状を報告する必要もある。
ハルトシが迷っていると、その内心を察したのかマリカが声を上げる。
「みんなはサカキさんを追って。〈花の戦団〉へは私が報告しに行くから」
「無理するな。マリカの傷だって軽くないだろう」
「私は大丈夫。少しでも償いをしないと」
そう言ったマリカの姿は、これまでの陰を落とす風情とは見違えるようだった。仲間を死なせた自身の罪を認め、懊悩を振り払ったのだろう。
「任せて。行ってくるから」
そう言うとマリカはメネラオスの元に走り寄る。
「メネラオスさん。私は間違っていました。これからは自分が思う正しいことをしようと思います。……どうか、あなたも自分が正しいと思えることをしてください」
頭を抱えたまま蹲るメネラオスの反応はない。マリカは言いたいことは伝えたのか、身を翻して森のなかへと走り去っていった。
マリカの背を見送った四人はその反対、サカキが消えた方向へとその爪先を向けていた。
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