第10話 クシズ班とメネラオスの戦い

「逃げられると思っているのですか?」


 立ち止まったサカキが半面だけを振り向かせる。


「私はそう考えている。先ほどの光と爆音ならば彼らも気付いただろう」


「逃がしはしません!」


 キヨラが駆け出し、クシズとウタカがそれに続いた。


「来たようだ」


 サカキがそう言った直後、キヨラの前に大きな影が落ちる。


 キヨラが異変を察知して急停止。瞬間、巨大な人影が地面を砕いて着地した。巻き上がる土煙のなかで佇む巨躯は、〈光の民〉であるメネラオスだった。


 キヨラが息を呑む。立ち止まった二人クシズとウタカもその横で警戒するように身構えていた。


「メネラオス君、彼女らを殺したと聞いた気がしたが?」


「すまない。私が甘かったのだ」


「そのような態度では、今回の計画に破綻を来す恐れがある」


「分かっている。今度こそは……!」


「そうか。頼んだよ」


 キヨラたちのことなど眼中に無いように、サカキが背を見せて歩き出す。


 一同はサカキの姿を視線で追うしかなかった。前方を塞ぐようにメネラオスが進み出る。


「人類よ、見逃してやったのだから、おとなしくしていればいいものを」


「人々の危機を看過するわけにはいきません! クシズさん、ウタカさん!」


「はいー!」


「うん、頑張るよ!」


「詮無いことだ」


 メネラオスが両拳を胸の高さで握りしめると、その全身が発光し始める。


 青い光の塊となったメネラオスを起点として衝撃が弾け、立ち尽くすキヨラたちの総身を推し包んだ。

 突風と砂塵が戦乙女キヨラたちの肌を打ち据え、その衣装をはためかせる。三色の異なる瞳が向く先で、メネラオスの巨体が変貌を遂げていた。


 五メートルはあろうかという巨大な青い人型の宝石。それがメネラオスの本体らしい。

 陽光を反射して輝く肉体を誇示するようにメネラオスがキヨラたちを睥睨する。


「私が人類に負けることなどありえない。静かにしていれば、苦しむことなく死なせてやろう」


「苦しんでも生きるのが、私たちのやり方です!」


 腰から両手で小太刀を抜き放ったキヨラが言い放つ。


 ゆっくりとクシズが歩み出る。仲間を守る〈護療士〉としては当然だったが、次の言葉が一同を腰砕けにさせる。


「メネラオスさんー、ありがとうございましたー」


「クシズさん、何を?」


「ボケかましている場合じゃないでしょ」


 メネラオスに頭部はあるが顔に該当する部分は無く、どこからか当惑した声を発する。


「人類、何のつもりだ?」


「わたしはクシズですー」


「……クシズ、何を言っている?」


「昨日、わたしたちを助けてくれましたからー、そのお礼ですー」


 メネラオスが頭部を曲げる、人間で言えば目線を逸らした動作に当たるかもしれない。


「ただの気紛れだ。それにお前たちは今日死ぬことになる」


「それはー、分かりませんからー」


 宣言したクシズが日傘を傾けて防御の姿勢をとる。それが開戦の無音の幕開けとなった。


「ウタカさん、ゆきますよ!」


「はいよ! キヨラちゃんに合わせまーす」


 キヨラが五体を颶風へと変化させ、加護によってメネラオスへと深紅の風が流れる。疾走の勢いを乗せてキヨラが跳躍、メネラオスへの胸部まで駆け上がった。


「あなたを相手に様子見は無用、全力でゆきます!」


 キヨラの小太刀がメネラオスの胸へと走り、その輝きが鮮烈さを増した。全身の〈ハナビラ〉を小太刀に集中させて放出するキヨラの必殺技。


 深紅の閃光と爆音が炸裂し、メネラオスの上体を白煙が包んだ。


 キヨラが着地しざまに高速移動して退避する。


「昨日と違うウタカの本気は、これだ!」


 ウタカの長髪がハネへと吸収されていく。ウタカの全霊をかけた光撃がハネから放射された。


 十条の光線がメネラオスを直撃、眩い発光が一帯を染め上げる。


 キヨラが二人の横に戻り、メネラオスの様子を見守った。


「これで倒せていないと、正直厳しいですね……!」


 キヨラが呟いた後、メネラオスの上半身が纏っていた白煙が風に流される。


 体表に傷一つ無いメネラオスが現れたとき、三人の乙女たちの口唇から畏怖の溜息が漏れた。


「無傷とは……」


「人類、これが力の差だ」


 メネラオスの指先に光が宿った。


「二人ともー、下がってー!」


 クシズの呼びかけに応じて二人は日傘の陰に避難。


 直後、メネラオスの指から放たれた光弾が日傘に命中して爆発が起こる。


 その衝撃でクシズがよろめき、キヨラとウタカがその身体を支えた。日傘には無数の亀裂が入り、もう一撃でも受け止められるか心許ない。


「ハルトシ、開花させてください!」


 全力の攻撃に〈ハナビラ〉をつぎ込んだキヨラとウタカはすでに開花が解けている。


「分かった! いいか、ここで待っているんだぞ」


 言葉の後半はマリカに言い置いてハルトシが駆け出した。


 メネラオスの指先がハルトシを照準、静かな殺意が具象化して射出される。そのとき、小さな影が光弾とハルトシの間に立ち塞がった。


「早く行って!」


 マリカが金糸を格子状にして防壁を生成。だがマリカの防御ではその破壊力を防ぎ切れず、爆風に小柄な身体が弾き飛ばされた。


「マリカ!」


 ハルトシが叫ぶが、マリカの思いを無駄にすることなく三人の元へと駆けつける。


「まずクシズさんを!」


「あー! しばしお待ちをー」


 クシズが小物入れを片手で漁り、そのせいで日傘が頼りなく揺れる。


「そんなことしている場合じゃないだろ!」


 ハルトシはクシズの手をとって唇を当てた。


 柔らかな楕円形の光がクシズの身体から日傘へと走り、日傘の損傷が修復されていく。


「次はキヨラ!」


 キヨラの開花を妨害するようにメネラオス指先に光を灯す。


 その光弾が放たれる直前、メネラオスの手にウタカの光撃が着弾。わずかに逸れた指先から、あらぬ方角へと光が飛び去った。

 それでも焦ることの無いメネラオスの目前で、ウタカも再び開花している。


「人類が三人いたところで私に勝てるはずはない」


「あ、俺を除外しやがったな!」


 悔しげに歯を噛み締めるハルトシだったが、戦いは少女たちに任せるしかなかった。


「ハルトシ、私たちと離れた場所にいてください」


「でもさ……」


「あなたがやられては戦えません。それに、ハルトシを守る余裕も無いですから」


 ハルトシは自身の無力さを噛み締めるように俯いたが、そのまま身を翻してキヨラたちから離れるように駆け出した。


 その背を見送ると、ハルトシの怒りを肩代わりするようにキヨラがメネラオスを視線で射抜く。両手の小太刀を納刀するとクシズに寄り添い、日傘の柄にその両手を添えた。


「どうしたのー?」


「メネラオスの攻撃を真正面から受けては防ぎ切れません。私が手伝いますから、受け流すようにしましょう」


「よく分からないけどー、やってみるー」


「攻撃はウタカさん、お願いします」


「効くかは保証しないよ?」


 メネラオスが攻撃を再開。光弾が日傘に当たる寸前、キヨラの五体がしなやかに動き、それに促されるようにクシズが日傘を傾ける。


 光は日傘の表面を滑るように流れ、近くの地面で爆発を上げた。続く二つの光弾も見事に受け流され、メネラオスの頭部が驚いたように軽く揺れる。


 日傘の横からウタカが飛び出し、ハネから光撃を連射。メネラオスの上体に眩い光が幾度も炸裂するが、痛痒を感じさせずにその指先は攻撃を止めない。


「うぅ、やっぱし、ダメだ……」


 ウタカが日傘の下に逃げ戻る。


「どうするの? メネラオスに勝つことは不可能だし、このままじゃあサカキがガルガンチュアを蘇らしちゃうよ」


「正直言って、この先は私も……」


 攻撃を受け流すだけで手一杯のキヨラも言葉を濁した。


「ウタカが思うに、メネラオスは人類ウタカたちを殺したくないんだろうね。で、ガルガンチュアを復活させるための時間稼ぎをしているんだと思う」


「サカキへの言い訳は立ちますからね」


 二人が小声で交わしていると、クシズが日傘を傾けて自身の顔をメネラオスに見せる。


「メネラオスさんー、もう止めてくださいー……!」


「人類、いや、クシズ……何のつもりだ」


「メネラオスさんは弱くなんかありませんからー」


「どこでその話を聞いた……!」


 メネラオスが光弾を連射。慌ててキヨラが日傘を掴み、クシズと破壊の光を捌いていく。


「もう。クシズちゃんさ、相手を怒らせてどうするの?」


「ウタカ、うるさいー。メネラオスさんには言わないといけないことがあるのー!」


 滅多に見せないクシズの剣幕にウタカが鼻白んだ。


「ご、ごめんだけどー……。でも、どうするの?」


「それは言いたいことを言ってから考えるー」


 ウタカが呆れ、キヨラが苦笑する。


「クシズさん、こうなったら言ってやってください!」


 クシズが頷き、日傘を動かしながら口を開いた。


「メネラオスさんー、わたしたちには戦う理由なんてありませんー」


「御託はもういい!」


 いったん攻勢の手を止めたメネラオスの掌に新たな光が宿る。その掌が日傘へと向けられ、一際大きい光弾が放たれた。


 着弾とともに、日傘とその下にいた三人の姿が光の奔流に飲み込まれた。離れた位置にいたハルトシは巻き込まれずに済み、両腕で顔を覆って爆発の余波に耐えている。

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