第9話 小鳥は力の限りの咆哮を
「いったー……!」
頭に手をやりながらウタカが上半身を起こす。とりあえずは無事な様子に、ハルトシは安堵の息を吐いた。
「もう終わりだね」
「ウタカが思うに、勝負の趨勢はまだ決していないけど」
「あんたの
ウタカは気力を振り絞って立ち上がるが、その膝は小刻みに震えていた。
「ウタカの本気は、こんなもんじゃないんだなー」
ゆっくりとウタカは歩を進めた。傷つきながらも自ら接近してくるウタカに対し、カガミの眉宇が不審そうにひそめられる。
「ウタカは、あんなことやこんなこともできちゃったりして」
そう言ったウタカが地を蹴ってカガミへと肉薄。身を沈めたウタカの頭上でカガミの拳が空を切り、そのままカガミへと抱きついた。
「小娘、何のつもりだッ?」
ウタカは両腕を使ってカガミの胴体と左腕を封じている。
カガミは気付かなかったが、その背後で十本のハネが再構成されていた。
ウタカは体内に蓄えた〈ハナビラ〉を使用し、ハネを再生することが可能なのだ。その分、ウタカの金色の髪が縮んでいる。
「こんなつもりッ!」
ウタカの声とともに、カガミの後方からハネが光弾を連射。
光の飛礫がカガミの背中を直撃する。
「ぐはッ! クソ、離れな!」
威力を落とした攻撃でも効いたようで、カガミは苦鳴を上げるとウタカを引き離そうと拳を乱打する。
殴りつけられてウタカが地面に手を着いた隙に、カガミが後方へ跳躍する。
ハネは空を走ってウタカの背後に並んだ。
「小娘の分際でやるじゃないか……!」
カガミは、まだ苦痛が残っているらしく息を喘がせている。
「〈
「来やがれ、小娘が!」
ウタカとカガミは互いに最後の一撃の準備へと入った。
カガミは両腕を胸の高さに掲げ、籠手へと全身の〈ハナビラ〉を収束している。
ウタカはハネを並列させると、その向き先をカガミへと集中させた。
ウタカの延長された金色の頭髪が分解されてハネへと吸収されていく。ウタカも〈ハナビラ〉をすべて消費するつもりなのだ。
ウタカとカガミが同時に一撃を放つ。
カガミは両掌を前方に向けて鮮紅の光条を放出。
ウタカがハネから十条の光を照射。その太さはこれまでの比ではない。
激突する光条は数秒間の均衡を保っていたが、次第に黄色の光が鮮紅色を押し始めた。
驚愕と困惑に両目を見開いたカガミは、すぐにその目を引き締めると歯を噛み締める。
「バカな! このあたしが小娘如きに……⁉」
動揺するカガミと対照的に、ウタカは怜悧な表情で相手を追い詰めていく。
戦う二人を離れて眺める幾つかの影にも動きがあった。
砂の混じった突風を受けるハルトシが腕で目元を隠しながらも、視線をウタカに注いでいた。
その横で日傘を支えるクシズも、ウタカの優勢を目にして面に喜色を浮かべている。
「さすがウタカー! 本気になったら強いー」
「ああ。ウタカが本気っていうのもあるけど、作戦勝ちかな」
「作戦、ですかー?」
「ウタカは最初から攻撃は少なめだったし、相手が人間ということもあって威力を抑えていたみたいだ。〈ハナビラ〉を温存していたウタカの勝ちだな」
「〈ハナビラ〉ということはー、サカキさんはー……」
「そうだ。しまった!」
何かに気付いたハルトシがウタカへと駆け出す。
一方、劣勢に陥ったカガミもその理由に気付いていた。
「サカキ、頼むよ!」
「……カガミ!」
サカキが名前を呼ぶと同時、舞い上がった〈ハナビラ〉がカガミへと吸収されていく。
カガミの掌から放出される光が輝きを増した。
「あたしと父さんの信じたカミサマの邪魔をする者は、
叫ぶカガミの瞳が狂的な激情を宿していた。
ぶつかり合う黄色の光が押し戻され始め、ウタカが柳眉をひそめる。
そのとき、ハルトシがウタカの横に辿り着いた。
「こっちも応援に来たぞ」
「お、さすがハル君、気が利くね」
ウタカは正面から目を逸らさずに軽く応じる。
ハルトシは口づけをしようとしたが、ウタカの手はハネを制御しているために触って邪魔をすることはできない。
「何を迷っているの? あるでしょ、ここ、ここ」
ウタカが首を傾けて頬を突き出す仕草をする。
ハルトシは逡巡したが、仕方なくウタカの頬に接吻した。
「あれ、唇じゃないの?」
「そんなことを言っている場合か!」
「ま、いっか。結構やる気、出てきたよ!」
ウタカの身を〈ハナビラ〉が包み、揺れる半透明の花弁がその身に吸収されたとき、ウタカの金色の長髪が蘇る。
ハネから照射される光条の輝きが増し、周囲の景色を明るい黄色に染め上げていった。
「そんな!」
カガミが放つ鮮紅色の力は圧倒され、掌まで押し返されていく。
「あたしの力が、小娘なんかに……!」
ついにカガミの光は粉砕され、両手でウタカの攻撃を受け止めた。
右の籠手に亀裂が入る。そこを起点として損傷が広がり、籠手は瞬く間に砕け散った。
カガミの右人差し指に嵌められた指輪が塵となって空に溶けていく。
「父さん……⁉」
カガミの悲痛な声が響く。
片手のみになった籠手へと負担がかかり、左籠手にも
カガミの瞳に葛藤の色が浮かび、次いで諦念が上書きされる。何を思ったか、カガミが左手を引いた。
光の奔流がカガミに殺到、その肉体を蹂躙する。
「え! 何で?」
ウタカが慌てて光の放出を止める。
光が消えた戦場では佇立するウタカと、彼女に寄り添うハルトシ。そして、満身創痍で倒れ伏すカガミが残された。
「よぉっしゃあー!」
ウタカが人差し指を天に突き上げる。ハルトシが勝利の喜びを共有してその肩を抱いていた。
「やったな、ウタカ!」
「見事でした、ウタカさん」
「本当に見事、って、うわ!」
ハルトシが驚いて見やると、いつの間にか回復したらしいキヨラが近寄って来ていた。 キヨラの視線がそれとなくウタカの肩に回された腕に注がれ、思わずハルトシは手を離す。
「えっと、キヨラ、気がついたのか。身体は大丈夫か?」
「はい。クシズさんのおかげで」
キヨラが振り返り、ハルトシとウタカもつられて目線を向けた。
三者の焦点が結ばれる先では、クシズの日傘の下でマリカが半身を起こしているところだった。クシズが泣きながらマリカに抱きついている。
「マリカちゃんも助かったんだね。よかった」
「はい。後は、サカキを倒すだけです」
キヨラが灰色の瞳でサカキを射抜いた。
「カガミ、生きているようだな」
カガミを見下ろしてサカキが言った。
「生きているだけさ。ごめん」
「いや、安心した」
サカキは跪いてカガミに顔を近づける。
「しかし、なぜ最後に左手を引いたのだ? 無駄に傷つくこともないだろう」
「……あんたには分からない。きっとね」
サカキは眉根を寄せたが、カガミの背中と両膝の下に手を入れて抱き上げた。
「何しているんだ。早く逃げなよ」
「いや、私には君がまだ必要だ」
その言葉を聞いて、カガミが悲しげに笑った。サカキは背を見せて立ち去ろうとする。
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