第7話 マリカに与えられた真実

 ヒカリヨの北門。朝日を浴びて佇むキヨラの孤影があった。


 キヨラの背には茜色の陽光が降り注ぎ、紅茶色の髪が燃えるように輝いている。背後から複数の足音が聞こえ、キヨラが振り向いた。


「みなさん、思ったより早いですね」


「だってー、遅刻するわけにはいきませんからー」


「で、ちゃんと起きられるようにウタカと一緒に寝てたんだよね」


「キヨラ、昨夜言っていた秘策ってのは何だ?」


 キヨラは気合を入れるように、腰の後ろに差した小太刀に両手を置いた。


「今から走っても、サカキたちには追いつけません。かと言って、私は昨日のようにみなさんを置いて、一人で追いかけるという愚かなこともしません」


 キヨラは手の甲をハルトシに差し出した。


「開花させてください」


「ああ……」


 戸惑いながらもハルトシはキヨラの白い手に接吻する。


 眩しい朝日のなかで煌めく〈ハナビラ〉が肉体に収束し、キヨラが開花した。


「さ、みなさん、私に掴まってください」


「キヨラ、何のつもりだ?」


「私の〈高潔なる迅き者加護〉で、みなさんを連れてゆきます!」


 確かに高速移動できるキヨラの加護があれば、先行しているサカキに追いつくことも可能かもしれない。


 ただ、それはキヨラ単独の場合だ。三人の大人を一緒に運ぶなど、無謀に近い。


「それは……、ちょっと無茶じゃないか?」


「四人一緒で追いかけるにはこの手しかありません! お願い、早く!」


 困惑しながら三人がキヨラの身体に掴まる。


「ゆきます!」


 その瞬間、キヨラに掴まっている三人に急激な負荷がかかった。


 一瞬で短距離を転移したキヨラが背後に声をかける。


「みなさん、これでサカキを追いかけます!」


「待って、キヨラちゃん。クシズちゃんが落っこちた」


 ウタカの指差す方向では、クシズ地べたに這いつくばっていた。


 その情けない姿を目にしたキヨラの膝がガクッと折れる。


「キヨラちゃんもズッコケが上手くなったなあ」





「よかった。追いついたかね、マリカ君」


「はい。遅くなってすみません」


 いつもの沈んだ表情のままマリカが返答する。


 夜が明けてから、マリカはサカキとカガミに追いついていた。


「ハルトシ君たちは、首尾よく排除できたかな?」


「はい。メネラオスさんにも手伝ってもらいましたから」


「……そうか。それはご苦労だったね」


 すでにマルカナ丘陵の峠は越えており、道は下り始めている。眼下には、黒く死んだ大地に枯れ木が生える〈不毛の地〉が広がっていた。


「メネラオス君の姿が見えないが、一緒ではないのかね?」


「先に〈不毛の地〉へ行くと言って先行しました」


「ふむ。メネラオス君も、あまり雑用を任されるのは好きではないようだ」


「雑用?」


 マリカが眉根を寄せて問い返す。


「実は、君にまだお願いがあってね」


「はい。私はサカキさんの仰ることなら何でもできます」


「ガルガンチュアの復活には四つの条件がある」


 サカキは語り始めた。


「一つは膨大な〈ハナビラ〉。これは体内に〈ハナビラ〉を宿すメネラオス君が解決してくれる。二つ目は〈喰禍〉を召喚する技術、カンパネルラに任せよう」


 サカキの言葉を遮る者はいない。


「三つめはガルガンチュアの残骸だ。今、カンパネルラとメネラオス君が探してくれている。残りの四つ目、ガルガンチュアの依代となる肉体だ」


「依代、ですか?」


「〈喰禍〉がこの世界に顕現するには、実体となる依代を必要とする。高位の〈喰禍〉には知能の高い生物が必要、例えば人間だ」


「サカキさん……、まさか?」


 マリカが掠れた声を放つと同時、薄ら笑いを浮かべるカガミが進み出てくる。


依代になる小娘マリカを静かにさせる雑用は、あたしの役目ってこと」


「どうして⁉ サカキさん、私にも真実の世界を見せてくれるって……!」


「すまないが、君は初めから〈花の戦団〉の動向を探ることと、依代の役のために仲間に誘ったのだ。悪く思わないでくれ」


「そんな! あなたのために友達クシズまで裏切ったんですよ……!」

「……カガミ」


 サカキの声とともに、〈ハナビラ〉がカガミの身体に収束。


 種子である両手の指輪を起点にして両腕が赤い光に包まれ、それが実体化したときには、籠手状に変形していた。


 深紅の籠手はカガミの肩までを覆い、表面は爬虫類の肌のように鱗状をしていた。


「あんたはガルガンチュアとしてサカキの役に立つんだから、そう落ち込むこともないよ」


「私を騙したんですか……?」


 マリカの双眸から溢れる涙が頬を伝う。


「ねえ、サカキ。こいつも開花させてよ」


「何を言う?」


「あたしだって、こんな無抵抗の小娘を殴るのは気が引けてね。こいつも、少し抵抗できれば諦めがつくだろ?」


「……マリカ君」


 サカキの呼びかけに合わせてマリカが開花。金色の流糸りゅうしがその衣服から伸びて揺らめく。


「来な、小娘マリカ。あたしを倒せれば、憎いサカキを殺せるよ」


 マリカが唇を噛み締めると、その両手を掲げた。それに呼応して金糸が振動を始める。


「ま、無理だろうけどさッ!」


 カガミが地を蹴って肉薄、マリカが高速振動する糸を操って迎え撃った。

 無数の糸がマリカの怒りを具現化するようにカガミを押し包む。カガミは殺到する糸を歯牙にもかけず、両腕を交差させて突撃。


 カガミの籠手は淡く発光し、その深紅の光に金糸は弾かれていく。


「そんなッ!」


 マリカが息を呑んだとき、カガミはその至近距離まで踏み込んでいる。

 動揺しつつも、マリカは糸を格子状に組んで防壁を作った。


「甘いね!」


 カガミが右腕を突き込み、深紅の光が波動となって糸を粉砕。マリカの驚愕する面を背景にして、金色の粒子が舞い散った。


「脆い! 弱い! だから大切なオトモダチを守れないのさ!」


 マリカの両目に新たな涙が膨れ上がる。


 カガミの左手が突き出され、光の奔流がマリカを吹き飛ばした。

 地に叩きつけられて数回転し、仰向けになったマリカが起き上がる様子は無い。


「不甲斐ないね」


 カガミがマリカへと歩み寄ろうとしたとき、両者の間に人影が立ち塞がった。

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