第44話 新しい学園生活

「では先日行った抜き打ちテストを返却する」


 静かに、しかし厳かに発するのはアロラが大の苦手とする天文学の教師であるハーバー先生だ。

 ハーバー先生はアロラが「ハーバーのおじいちゃん」ということから分かるとおり、六十代の高齢ながらも天文学分野では高名な人だ。


「次、リーパー」

「はい」


 次々と生徒の家名を呼んでテスト返却する。返却する際に一言小声で何かを発し、皆バラバラな反応を返す。

 主に多いのはこの三種類。特に変化のない生徒もいればほっとした表情を浮かべる生徒、そして青白くなる生徒の三つだ。


「スターツ」

「はい」


 ユーグリフトが呼ばれる。私の席より後ろにいるユーグリフトが立ち上がってハーバー先生の元へ向かうので意識して耳を傾ける。


「抜き打ちで満点とはよくやった。最近は居眠りも減ってきているのもいい傾向だ」

「最近は手を抜けること出来ないんで」

「そうか。何はともあれ、これからはきちんとノートに書いて勉強するように。お前はノートの量が少なすぎる」

「頭に入っているんで」


 聞く人が聞けば天才で腹立つ物言いだけど、女子生徒はユーグリフトが満点だと知ってきゃーきゃーと騒いでいる。顔か、顔なのか?


「次、カーロイン」

「はい」


 そう考えていると次に私の名前が呼ばれて前へ進んでテストを受け取る。


「カーロインも抜き打ちなのに満点でよく頑張ったな」

「ありがとうございます」

「君はきちんとノートに書いているし真面目に授業を聞いていて実に模範生だ。これからも続けるように」

「はい」

「それと、オルステリヤの勉強を見るように。以上」

「……はい」


 ついでとばかりにハーバー先生が私にアロラの勉強を見るように命じる。なぜ。ライリーはアルビーと双子だから分かるけど、私はアロラの教師でもなければ親でも姉妹でもないのに。

 どうやらハーバー先生の中では私がアロラの勉強を見るのは決定事項のようだ。


 自分の席に戻ってしばらくするとアロラが呼ばれる。


「オルステリヤ、まずお前に言うことは寝るな」

「それは難しいです。だって眠くなるから!」

「耐えろ!」


 ハーバー先生の注意を真っ正面から難しいと言い切るアロラは一周回って清々しいとさえ思う。


「では授業を始める。きちんと板書するように」


 きちんと、の部分を少し強調して黒板に文字を書いていく。

 なのでノートを取って授業を受ける。いくら既に習っているところでも居眠りなんて論外だ。


 ハーバー先生の説明に耳を傾けながら既に理解している内容をノートに書き込む。復習には丁度いいし、どこがややこしいのか分かるのでアロラの勉強を見る時に役立つ。


 そんな風に考えながら授業を受けているとチャイムが鳴る。授業の終了を告げる合図であり、休み時間を告げる合図だ。


「今日はここまでだ。また抜き打ちテストをするのでしっかりと復習するように」


 最後にそれだけ告げるとハーバー先生が教室から出ていく。

 授業が終わったのでペンやノートを片付けていると、後ろの席から甲高い女子生徒たちの声が響いてきた。


「ユーグリフト様、天文学のテスト百点だったのですね。さすがですわ!」

「本当ですわ。わたくし、教えてもらいたいですわ」

「あらズルい。なら私も教えてほしいです!」

「ユーグリフト様、放課後勉強会でもしませんか?」


 きゃっきゃっと女子生徒たちが取り囲む相手はユーグリフトで、当の本人は興味なさそうに頬杖をしながら窓に目を向ける。

 その仕打ちにも慣れているのか、女子生徒たちはその横顔をうっとりと浮かべていてじっーと見つめている。

 

 一方の今回同じクラスになった男子生徒たちはユーグリフトに嫉妬の光線を放っている。本当に目から光線を放てたらユーグリフトが燃え尽きていそうな視線。何この男女の温度差。


「モッテモテだねぇ~、ユーグリフト様」

「あれのどこがいいのかしら」


 他人事のような話し方でアロラがユーグリフトの周辺を呟く。ちなみにアロラの席は私の前だ。

 ちらりと後ろの方を見てユーグリフトを見る。あんなに無視されて冷たくされているのにきゃーきゃー騒げるのは感心する。


「ユーグリフト様、とても人気ですね」

「ねー。殿下と同じクラスの時はあんな感じじゃなくて静かだったからびっくりしてるー」

「そうなんですか? てっきり、殿下の時も同じようだったのかと……」


 びっくりしたようにオーレリアが返す。確かに、一見ロイスの方も同じ感じだっただろうと想像するだろう。公爵夫人より王妃の方がいいと思う子はいるし。


「あはははー、殿下は騒がしいの好きじゃないからねぇ。それに、メルディと同じクラスだったから皆遠慮してね」

「ただ単に殿下のファンは比較的静かに騒ぐ子が多かっただけよ」


 勿論ルーヘン伯爵令嬢のように感情的で騒ぐ子もいるけど、このクラスを見ると静かに騒ぐ子が少ないのは見て取れる。


 ロイスのファンは純粋に王太子であるロイスを敬愛して尊敬している子か王妃狙いの子のどちらかが多い。

 だけどユーグリフトの方を見ると、公爵夫人の座を狙っている子が多い様子が見て取れる。遠くから見つめるのではなく近くで騒いで意識してもらいたいという気持ちが強い様子が感じられる。


 王妃は荷が重いと考えている子たちが公爵夫人の座を狙っていると考えるのが妥当だろう。

 彼女たちの目的が公爵夫人と分かっているからか、ユーグリフトは無視しているけど、ユーグリフトのクラスはこれが普通だったのだろうか。近々ステファンに聞いてみよう。


 そんな風に考えながらぼぉっとユーグリフトの方向を見ていると目が合う。あ、合っちゃった。

 すると何を思ったのかユーグリフトが立ち上がって私の方へ来る。……はっ?


「カーロイン、テストどうだった?」

「……何? 百点だけど」

「やっぱりそう。残念、また何かで勝たないといけないな」


 カチーンと来る。何、それを言うためだけにわざわざ来たっていうの?

 ならこっちも猫被りの微笑みで応酬するのみだ。


「それは私のセリフよ。打ち負かしてやるわ」

「はっ、そっくりそのまま返してやるよ」


 バチバチと私とユーグリフトの間に火花が飛び散っているように見える。火花なんてないはずなのに不思議だ。

 そしてやはりユーグリフトから仕掛けてくる。この一年でどれだけ仕掛けて勝負することになるのだろうと思いながら早速次の授業でどちらが早く問いを解けるか勝負することになったのだった。




 ***




「ほーら、アントン。猫じゃらしだよー」

「ニャア」


 ゆらゆら、と猫じゃらしを揺らすと学園長の猫であるアントンが楽しそうに目を動かして手を伸ばしてくる。ああ、かわいいな。


 学園敷地内には学園長の猫であるアントンが好きに活動していて、今日のような温かくて気持ちのいい日は中庭などでよく昼寝をしてのんびりと過ごしている。


「ふふ、かわいいですね」

「ね」


 猫じゃらしに手を伸ばす猫を見てオーレリアが目を細める。確かオーレリアは実家で猫を飼っている。


「オーレリアは猫飼っているのよね」

「はい。でも犬も好きですよ。どっちも好きなんです」

「私も。どっちもかわいいわよね」


 話しながら猫じゃらしを揺らす。ああ、かわいい。癒しの時間だ。


「メルディアナ様は何かペット飼っていますか?」

「んー、ペットって言える大きさじゃないけど馬飼ってるわ」

「馬!?」


 目を見開いて驚いたような声を出す。やはり馬はペットの枠組みに入るか微妙だよね。


「名前はヴァージルって言って十歳から育てているの。飼い主バカの発言だけど賢い子なのよ」

「そうなんですね。じゃあ乗れるんですよね……?」

「ええ。春休みは領地に戻って遠乗りしてきたわ」

「すごいですね。怖くないですか?」


 国によっては貴族令嬢でも乗馬は必須という国はあるけど、アルフェルド王国の貴族令嬢は馬に乗る教育は受けない。なので驚くのも無理はない。


「初めは緊張したけど、慣れたら楽しいわよ。目線も高くなって景色が変わるのは新鮮だし、移動には便利だし」

「メルディアナ様が乗馬……。うーん、意外だけどどこか納得している自分がいる……」

「ふふ、やっぱりイメージと違う? だから友人や家族とかごく親しい人以外には秘密にしてるの」


 しっーと口許に人差し指を立てて内緒だと告げるとオーレリアが了承したように微笑む。


「確かに皆知ったらびっくりすると思います。内緒にしときますね」

「よろしくね」

「はい。でもメルディアナ様って知れば知るほど世間のイメージと離れていますね」


 そう言いながらアントンの頭を撫でる。ニャアとアントンが目を細めて気持ちよさそうに鳴く。


「オーレリアも私のこと非の打ちどころのない令嬢だって思ってた?」

「勿論。だってメルディアナ様は入学した時から有名でしたから。入学後の音楽演奏会の演奏も上手で、きれいで勉強もヴァイオリンも出来てすごいなーと憧れてたんですよ?」

「ふふ。そうなの?」


 オーレリアの言葉に笑ってしまう。どうやら昔の私は中々取り繕うことは出来ていたようだ。


「でも話していくとメルディアナ様の色んな面が見れてメルディアナ様も人間なんだなって思いました」

「ちょっと、なんだと思ってたの?」

「あははは。だって先生も皆褒めていて完璧で私とは違う存在に見えたんです」


 当時を思い出したのかオーレリアがあははは、と楽しそう笑う。思えばクラスも違ったし全然接点なかったなと思い出す。

 ロイスがオーレリアが好きだと言わなかったら一年で友人になれていなかったと思う。そう考えるとロイスに感謝しないといけない。


「友だちになってからもメルディアナ様は何でも出来てすごいなと思っていたけど、ユーグリフト様と関わるようになってからは怒るところとかも見れてなんだか親しみやすくなりました。多分、他の人たちもそう感じていたと思いますよ?」

「えー……」


 ユーグリフトと関わってから親しみやすくなった? 会えば互いに憎まれ口を吐いて最終的に口喧嘩をしているのに? 訳が分からない。


「でも馬かぁ。一度見てみたいです」

「! なら領地に来てよ! 領地で飼っているから招待するから!」

「いいんですか? じゃあ楽しみにしてますね!」


 ふわり、と笑いながら楽しみだと言ってくれてこっちも嬉しくなる。夏休みにでもオーレリアを招待して会わせたいなと思った。

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