第34話 十二月

 アルビーをライリーに引き渡したあと、私はアロラの勉強を見ながら自分の勉強に勤しんだ。

 オーレリアは真面目ということもあり、時折私に質問をしてきたけど、基本的に自分で解いていたので試験は無事に突破出来るだろう。

 なのでアロラの勉強を集中的に見るようにした。これはステファンと交代だ。


 ロイスは一学期同様、色んな生徒に教えを乞われているのでアロラの勉強は私とステファンの交代制で見ることになった。

 アロラに勉強を教える傍ら、分かりやすく説明するように意識して取り組んだが、これが意外と頭を回すのでおかげで復習することが出来た。

 そのおかげで試験ではスラスラと問題を解くことができ、一学期より範囲が広範囲になったにも関わらず前回と同じように高得点を取ることが出来たのでよかった。


「あああ~、赤点回避出来た~」


 学園と王都を結ぶ道を歩きながら呟くのはアロラ。口をだらしなく開いて口から魂が出てきそうな感じだ。

 今日は学園はお休みになっていて、王都で開催している冬のマーケットに五人で行こうとなって歩いている。


「よかったですね、アロラ様」

「オーレリアちゃん……。うん、ここ二週間はホントに辛かった。最後の一週間は王都の食べ歩きも出来ずに毎日毎日勉強で……。死ぬかと思った」

「大袈裟ね」


 アロラの話す内容に呆れた声が出てしまう。むしろ、試験一週間前は真面目に勉強するべきだろうに。


「でもでも! 赤点回避クリア出来たからこれで冬休みを堪能出来るよ!」

「ふふ、そうですね」

「むしろ、あれだけ教えて赤点だったら困るわよ」

「そうですね。僕とメルディアナ様の二人がかりで見たんですから」

「ふ、二人とも……」


 はしゃいで喜んでいるアロラにはっきりと言う。ともに歩くステファンも同意して頷いている。

 ロイスが庇うも事実は事実だ。アロラの勉強を見たのは私とステファンなのだ。

 苦手な天文学は勿論、神学など危うい科目は全て見たんだ。これでも赤点取るなら私は先生をやめる。


「だって本当のことだもの。危うい科目は全部見たものね」

「そうですね。この二週間、メルディアナ様と協力して見ましたからね」

「オーレリアちゃん、あの二人やっぱり厳しい」

「あ、あの、メルディアナ様、ステファン様。アロラ様は頑張りましたのでその辺で……」

「メルディアナ、どうどう」


 辛辣な私たちにロイスとオーレリアがアロラを庇う。そしてロイスがなぜか私だけ注意する。解せぬ。

 

「何はともあれ、皆これで楽しい冬休みを過ごせそうでよかったですね」

「……それはそうね」


 オーレリアの言葉に同意する。

 アロラは赤点回避出来たことで追加課題は出ることなくステファンと楽しく過ごすだろう。

 私もアロラの追加課題を見ることはなくなったのでよしとしよう。


「そういえば試験結果見ましたが、メルディアナ様また三位ですごいですね。殿下は一位でステファン様は十位で、本当にすごいです」

「本当ー。殿下、どうなってるんですか? どうしたら一位なんて取れるんですか?」

「どうって言われてもなぁ……」


 アロラからの質問にロイスが困ったように苦笑する。

 二学期の試験結果は満点ではないけど前回同様ロイスが学年一位で、私は三位だった。

 二位はユーグリフトだったので悔しかったけど、しかし、一部の科目は奴に勝利したのが前回と大きく異なる点だ。

 掲示板でユーグリフトに会ったので一部の科目で勝ったことを告げると、「ふぅん」と興味なそうに返事されてちょっと腹立ったけど。あ、思い出すとムカついてきた。忘れよう。


「とりあえず、これで思いっきり遊ぶぞー! ほら、ステファン、早く手続きしようよ!」

「分かったから走らないように」


 元気に走るアロラにステファンが注意してその後ろを追いかける。

 その二人のさらに後ろを私たちがゆっくりと歩いていく。


「王都の冬のマーケットはどんな感じですか?」

「賑やかよ。新年を迎える準備のものを販売していて、屋台もいつもより多いわ。あとはキャンドルのイルミネーションもあってきれいよ」

「わぁ……! 素敵ですね」

「マーセナス領はどんなマーケットしているんだい?」

「私の領地はやっぱり辺境ということもあってちょっと隣国風になっているんです。花型や雪の形をしたイルミネーションとかもあって素敵なんですよ」

「へぇ、きれいだね」

「はい! 皆さんに一度見てもらいくらいです」


 楽しそうに故郷の話をするオーレリアをロイスが目を細めて耳を傾けている。

 その光景に一人勝手に温かい目になってしまう。


「でも冬のマーケットということは今年ももう終わるってことですね。なんだか早かったです」

「初めての学園生活で目まぐるしかったからね。あっという間に感じるわよね」

「はい」


 そうだ、もう十二月もあと半月ほどで、今年ももう終わる。

 初めての学園生活一年目は色濃く、色々あったなと思う。


 入学して初めての寮生活に楽しみながら入学直後のイベントである音楽演奏会に出場し、ごく普通の学園生活を送っていた。

 それが変わったのはロイスが好きな子が出来たと言った時からだ。


 好きな子が出来てロイスの恋を叶えたいという思いと、王妃の道から逃れたくて始めたロイスの恋の協力。

 アロラ達にも協力してもらい、ロイスとオーレリアの接点を作って日常や行事を利用して二人が関わる機会を増やしていった。

 成功していると堂々とは言えないけど、二人の距離は出会った当初と比べると近くなっているのは見て取れる。


「メルディアナ様は冬休みは王都のお屋敷ですか?」

「ええ。二週間くらいだもの。領地に戻ったら一週間くらいしかゆっくり出来ないもの。オーレリアも王都の屋敷よね?」

「はい。私の領地は辺境なのでメルディアナ様よりもっと遠いので王都で過ごす予定です」

「そう。なら冬休み中も会えるわね」

「ふふ、そうですね。……あっという間の一年でした」


 独り言のようにオーレリアがポツリ、と言葉をこぼす。


「実は、初めは学園に行くが嫌だったんです」

「そうだったの?」

「はい。あまりお茶会や夜会に参加していなかったので、知り合いは少なくて同じ年の知り合いが誰もいなくて。……だから王都に行くと聞いてもあまり乗り気じゃなかったんです。家族と離れて暮らすのもあんまりで嬉しくなくて、はっきりと言うと嫌でした」


 ポツリ、ポツリ、と過去の思いをこぼしていく。

 私は学園に通う前からアロラやロイス、ステファンたちと知り合いだったから寮生活でも不安などは殆どなかった。

 でも、同じ年の友人も知り合いがいなかったらオーレリアのようにどうだっただろうと思う。


「……だから、メルディアナ様が手を差し伸べてくれてすごく嬉しかったんです。私のピアノを認めてくれて、友人になってくれてすごく嬉しかった。アロラ様も殿下もステファン様もみんなみんな、優しくて……、メルディアナ様、殿下、本当にありがとうございます」


 ふわり、と柔らかい笑みでオーレリアが私とロイスに感謝の言葉を述べる。


「そんな、大袈裟よ」

「でも本当ですから。メルディアナ様たちと過ごすうちに毎日が楽しいと思えるようになって。……遅くなりましたが、感謝の言葉を伝えたくて」

「オーレリア……」


 名前を呼ぶとニコリと微笑んでくれる。

 初めは、ロイスの恋を叶えたい、王妃から逃れたい思いでロイスの恋に協力した。

 だけど、オーレリアと関わるうちに彼女の人間性に好感を持つようになった。

 ピアノに対して真摯な姿勢でいつも一生懸命で、真面目で素直で、お菓子作りが得意で他人のいいところを見つけるのが得意な子だと知った。

 ロイスの恋を叶えたいという思いは今も変わらない。

 だけど、オーレリアにも本当に幸せになってもらいたいと思う。


 ロイスとは十年の付き合いでロイスのことはよく知っているつもりだ。優しくて穏やかで、愛国心を持って王太子として国を支えている。

 どうなるか分からないけど……、オーレリアもロイスを想って二人が国を支えてくれたら嬉しいなと思う。

 そして私は騎士としてこの国を守りたい。


「……なら、僕も感謝しないといけないな」

「えっ?」


 ロイスの静かな呟きにオーレリアが目を丸める。

 一方のロイスは優しい表情を浮かべてオーレリアを見つめる。


「マーセナス嬢といると僕も楽しいよ。何事も一生懸命で、服が汚れても降りられなくなった猫を助けて、素敵だなと思うよ。マーセナス嬢と出会えて友人になれてよかったなって思ってる」

「っ、そ、そんな……」


 ロイスの率直の物言いにオーレリアが恥ずかしそうに顔を赤くする。

 そんなオーレリアに逆にロイスは小さく笑う。


「殿下、笑わないでください!」

「ごめん、赤くなっているの初めて見た気がして」

「い、言わなくていいです!」


 赤くなった頬を隠すように顔を背けるオーレリアとそれをじっと見つめるロイス。目の前でかわいらしいやり取りしている。ねぇ、ここに私いていいの?

 気配消して先にアロラたちの元へ行って合流しようかな、と思っていたら前方から「おーい!」と大声が響いて一同視線を向ける。……この声。


「何してるのー? もう手続き終えたよー!」

「あっ……、め、メルディアナ様、殿下! 早く行きましょう!」

「……そうね」


 アロラの言葉でオーレリアが駆け足でそちらへ向かう。せっかくいい雰囲気だったのに。

 未だ立ち止まっているロイスに声をかけて一緒に歩き出す。


「邪魔されちゃったね」

「別にいいよ。……伝えたかった気持ちを一部伝えること出来たから」

「……そっか」


 まだまだこの二人の恋は時間がかかりそうだなと判断する。

 でも、二人を眺めていたいなと思い、人知れずくすっと笑ったのだった。

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