第27話 日常へ

 創立祭から数日。

 二学期の一大イベントである創立祭が終わったこともあり、学園はいつもの日常へ戻っていた。


「はぁ~、もう嫌になっちゃう! なんで再テストがあるのー!」

「赤点を取るアロラが悪いんでしょう?」

「分かってるよ。だけど創立祭の直後に不意打ちの天文学のテストって……。うううっ、おじいちゃん先生の悪魔ー!!」

「アロラ、これはアロラのために言うけど、もしハーバー先生に聞こえたら追加課題の刑よ」

「うわーん!!」

「あ、アロラ様……」


 食堂の外にある屋外テラスで嘆くのはアロラ。その隣で、オーレリアがどうどうと宥めている。


「オーレリアは? 全クラス内容を変えてテストしたしたって聞いたけど、大丈夫だった?」

「私は大丈夫でしたよ。平均より少し上を取れました。メルディアナ様はどうでした?」

「いつもどおりかしら。……まぁ今回は少し下がって八十七点だったけど」

「いいじゃん。赤点の私と違って高得点なんだから」


 点数を言うと文句を言ってくるアロラ。しかし、アロラさん、文句を言うのならそれはロイスでは?

 ロイスはというと、突然のテストにも関わらず今回も見事百点を取った。やっぱり頭の次元、構造が違うんだと思う。


「だからテスト範囲見て教えてるんでしょう? ステファンは生徒会で忙しいもの」


 アロラの婚約者で勉強を見ているステファンは現在生徒会の仕事で忙しい。当分、見るのが難しいということで、私にアロラのテストを頼んできた。

 なので今こうしてオーレリアとともにアロラの勉強を見ているというわけだ。


「あー、創立祭が遠く昔に感じる」

「連日、勉強続きですからね」

「そういえば、メルディったら創立祭の後半どこにいたの? いなくなってて驚いたんだからね」

「ああ……」


 アロラの解いた問題を採点していると急にそんなことを言い出す。採点していた右手が止まる。

 そしてユーグリフトと話した内容、そしてそのあとのことを思い出して小さく首を振る。


「? え、何。今の」

「何もないわ」

「絶対嘘じゃん! え、何かあった!? はっ、もしかしてラブ!?」

「アロラ、ここ間違ってる」


 そして力強く間違いであるとオレンジのペンでチェックする。うるさい、こっちは採点しているんだ。

 創立祭でいつもと違うユーグリフトを見たけど、それからはいつものユーグリフトに戻ってしまった。

 いつものと言うと、私を揶揄うユーグリフトだ。

 毎回ではないけど、廊下などで会うとあっちが仕掛けてきて相変わらず口喧嘩を展開している。


 ちなみに不本意なことに私とユーグリフトの口喧嘩は半ば恒例となっているため、周囲は「ああ、またか」という反応だ。解せぬ。

 まぁ、高位貴族同士の私たちの口喧嘩に割って入れるような人間は錚々いない。先生たちも所詮、未成年の子ども同士の言い合いだと解釈してスルーしている。ただ面倒だから逃げているだけかもしれないけど。

 結果、私たちを諫めることが出来る立場はロイスくらいで、その当のロイスからは「程々にね」と言われた。しかも私だけ。なぜ。言うのならユーグリフトもでしょう!?と言いたい。


 色々と思うところはあるものの考えないようにして、採点を終えてアロラに返却する。


「はい、まだまだ勉強が必要ね」

「うへぇ~」

「そんな声出さないの」


 令嬢の欠片もなくテーブルに突っ伏すアロラを嗜める。天文学の再テストは三日後なのに。まったく。


「メルディアナ様。少し休憩しませんか? アロラ様も一生懸命頑張っていますし」

「……仕方ないわね」

「オーレリアちゃん……!! ありがとう、私の天使!」

「大袈裟ですよ。少し休憩した方がまた勉強が捗りますから」


 おずおずと手を挙げて休憩を提案したきたオーレリアをアロラがキラキラと天使を見るように見つめる。

 ちなみに頷いたのはオーレリアが言ったからだ。これがアロラなら容赦なく却下している。


「メルディもオーレリアちゃんを見習いなよー。私みたいな子には適度に休憩を与える方が効率いいんだぞー」

「アロラ、世の中天使がいるのなら悪魔もいるのよ」


アロラの抗議の声にもさらりと切り返す。そもそも、赤点を取るアロラが悪いのになぜ私が注意されるんだ。


「まぁまぁ……。そういえば、創立祭、すごく楽しかったです。同じ辺境伯の先輩が夢のような場所だと言ってましたが、先日ようやく解明出来ました!」


 場の空気を変えようとオーレリアが先日の創立祭のことを話してくる。あの時も思ったけど、楽しめたようで何より。


「楽しめたのならよかったわ。殿下とはどうだった? 私、途中で会場離れちゃったんだけど」

「一曲だけ踊ったのですがすごくお上手でした。リードしてくれるので足を踏むことなくて踊り終わったら時は一安心しました」

「そう」


 オーレリアのその返答に微笑む。どうやら無事踊り終えたらしい。……まぁ、この様子からロイスへの感情は変化していないと思われるが。

 それでも一曲踊ることが出来たのはよかった。あのあと、意味を理解したロイスにも感謝されたし。


「メルディは? なんかいいことあったー?」

「ありません」

「えー」


 すかさずアロラが聞いてくるものの否定する。

 実際、いいことなんてないのだから。

 否定すると不満そうに口を尖らせる。尖らせても何も出ないぞ。

 

 そんなアロラを無視して内容や問題をチェックし、トントンとプリントの角を整える。

 その音に、ひっ、とアロラが言う。

 だがそんなアロラを無視してニッコリと微笑む。

 私はステファンに頼まれた。ならばしっかりと役割を果たさないといけない。そう、しっかり、と。


「大丈夫よ、アロラ。三日、勉強したら七十点取れるようにするわ。安心して?」

「ひぃぃぃっ!」


 そして暫しの休憩後、アロラにみっちりと天文学の出題範囲を叩き込んだのだった。悲鳴? なんのことやら。




 ***




 キンコーンとチャイムが鳴り、一度足を止める。

 今日は天文学の再テストだ。一応、八割がた出題するであろうと思われる問題を集中的に教えたので大丈夫なはずだ。


 そして学園と外──王都を繋ぐ門にいる守衛に声をかけて外出する旨を伝え、日付と名前を記入して守衛に確認してもらう。


「はい、いいですよ」

「ありがとうございます」

「気を付けてね」

「はい」


 守衛に礼をして、学園の制服を着ながら歩いていく。

 少し先には私同様、手続きを取って王都を歩いている人たちを見つける。


「外出手続きをするのは久しぶりね」


 一人ぼそりと呟く。

 本日、外出手続きをしたのは買い物をするためだ。

 買うのは普段愛用しているペンで、先日愛用しているペンがダメになり、買うことになった。


 本当は公爵家の使用人に手紙で頼めばすぐに愛用の新品のペンが届くだろうけど、ここ最近外出していなかったため、直接自分の足で買いに行こうと思い、手続きをしたということだ。


「今日は定休日じゃないけど、先にペンを買いに行こっと」


 そのあとはのんびりと歩いて何か買ってもいい。お金はある程度持ってきたので大丈夫だろう。

 予定を大まかに決め、まずはペンを取り扱う文具店に向かう。


 行きつけの文具店は外観は焦げ茶色で、こじんまりとしているけど、店内はきれいに整っていて、清潔感が感じられる空間だ。


「おや、お嬢様。いらっしゃいませ。本日はどのような件で?」

「こんにちは。ペンを買いに来てね。今は大丈夫?」

「勿論です。ごゆっくりとお過ごしください」

「ありがとう」


 返事をしてペンが並んでいるエリアに足を進め、ペンを見る。


「あ、あった」


 そして箱に入った愛用のペンを見つけて一つ手に取る。よかった、人気なので少し不安だったけど置いてあった。

 他の文具も見ようと思い、そのまま店内をゆっくりと回っていく。


 大きくない店内だけど、ペンや紙の匂いがするこの空間は何気に好きだ。小さいこともあり、落ち着ける場所だ。

 そんなこと思いながら歩いていると、万年筆のところで足が止まった。


 万年筆のエリアには新発売と宣伝された万年筆が置かれていて、じっと見てしまう。


「おや、お嬢様。お目が高い。そちらは新しく発売した万年筆ですよ」

「そうみたいね」


 店主の言葉に頷く。

 そして考える。もうすぐ、父の誕生日だ、と。

 日々忙しく大臣の仕事をしている父に何かプレゼントをしたい、そう思い、店主に尋ねてみる。


「サンプル品少し使っても?」

「どうぞ」


 了承を得てサンプル品の万年筆を手に取る。うん、重くない。

 次に実際に文字を書いてペン先の太さ、書きやすさを確認する。うん、これならいいかも。

 デザインの色合いも黒と青でいいと思う。よし、購入だ。

 

「これも買うわ。万年筆はプレゼント用で包装してもらえるかしら」

「かしこまりました」


 店主に自分のペンと万年筆を渡し、万年筆はプレゼント用に包装してもらい、ペンと万年筆のお金を払う。

 父には誕生日の前日に公爵家宛に届けようと思い、鞄に入れて店を出る。


「あとはお菓子でも見ようかな」


 アロラも三日間頑張ったし、何かプレゼントしようと思い、洋菓子が並ぶ方向へ足を進める。

 そしてそこで長持ちする焼き菓子を買って、そろそろ帰ろうかと思った時、トンっと後ろに衝撃を感じる。


「……?」


 痛みは感じず、なんだろうと振り返るとそこには誰もいなく、目線を下げるとふんわりと揺れるアッシュグレーの髪が視界に入った。

 震えた手でこちらを見上げたのはアッシュグレーの髪に琥珀色の瞳を持つ小さな女の子で、なぜか、大きな琥珀色の瞳には涙を溜めていた。えっ。


「う、ううっ……マリンっ……。……兄さまの、兄さまのバカー!! うわーん!!」

「……ええっと?」

 

 突然の知らない名前、知らない女の子に抱きつかれて大号泣され、私、メルディアナはただただ固まるしかなかった。

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