第23話 創立祭1

 そして迎えた創立祭当日。

 創立祭は夕方から始まるため、もうすぐ始まるパーティーに参加するために続々と馬車が集まり始めている。


「ごきげんよう、マーサ様」

「ごきげんよう、フィネット様。まぁ、素敵な赤いドレスですね」

「ふふ、マダムミリアーヌの新作ですの」

「まぁ、私はマダムマリノのドレスですわ」


「やぁ、ブライアン。良く似合うな」

「マーク。お前もな」


 友人やクラスメイトを見つけた令嬢や子息たちが馬車から下りると集まって談笑を始める。

 

「お嬢様、下りますか?」

「ええ。下りるわ。だってもうすぐ始まるもの」


 入場時刻ギリギリに来たものの、やはり多くの人がいる。仕方ないかと割り切る。

 そして同行していたケイティが先に下りて手を差し伸べるので手を重ねて下りる。


「メルディアナ様だ」

「まぁ、本当にお美しい……」

「さすがカーロイン公爵家の姫君だ」


 ひそひそと声が聞こえるも淑女の微笑みを貼り付けたままケイティと公爵家の御者に礼を述べて会場であるホールへ背筋を伸ばして向かう。

 そしてホールの入り口で待つ担任に名前を告げて会場に入る。


「ここは新入生歓迎会以来ね……」


 入学して間もない頃を思い出す。あの時は新入生と生徒会が参加して、生徒は皆制服で歓迎会をした。

 だけど今日は違う。子息は燕尾服に令嬢はどこかのデザイナーが作ったドレスや中にはオーダーメイドのドレスを身に纏っている。

 

「あ! メルディー、こっちこっちー!」


 会場を見渡しているとアロラが大きな声で自分たちの居場所を示す。なのでそこに向かって歩いていく。


「遅いから心配したよ」

「早く来たら挨拶とかで大変だもの」


 遅いと告げるアロラに簡略に説明する。実際、今までの夜会やパーティーで何度も味わっているので出来るだけ遅くに入場するようにしている。


「あ! そうそう、見てよ見てよオーレリアちゃんを!」

「きゃ、アロラ様」


 アロラの後ろにいるオーレリアを押し出して私の前に出す。

 そして一瞬、息が止まる。

 目の前には珊瑚色の髪をした天使がいた。


「もう、アロラ様。……メルディアナ様、こんばんは」


 そう言ってニコッと微笑むのは愛らしい天使──もとい、オーレリアがいた。


「オーレリア……。ドレス、よく似合ってるわ」

「ありがとうございます。お気に入りなので嬉しいです」


 褒めるとふわりと笑う。

 オーレリアのドレスは彼女の魅力をよく発揮するレモンイエロー系のドレスでよく似合う。

 彼女を象徴する珊瑚色の髪はシニヨンにして、髪にはドレスと同じレモンイエローの花の髪飾りをしている。

 オーレリアのドレス姿は初めて見るけど、ドレスアップした彼女は愛らしくて正に守ってあげたくなる庇護欲を持つ美少女となっていた。

 現にオーレリアに視線を向けている男子生徒が複数いる。同性の私から見てもかわいく見えるから異性なら当然か。


「メルディアナ様もよく似合ってます。深紫のドレス素敵です」

「ありがとう」


 一方の私はかわいいが似合う顔立ちでなければ高身長なので必然と大人びたドレスになってしまう。

 深紫のドレスは上品な色合いをしていて最高級のシルクを使用している。髪はまっすぐに下し、アクセサリーは控えめにルビーのイヤリングだけしている。


「オーレリアちゃん大変だったんだよ。来た瞬間、あっちこっちのご子息から声かけられてて子羊状態だったんだよ。で、固まっているから助けたってわけ」

「あ、あ、アロラ様!」


 アロラの発言に恥ずかしかったのか狼狽える。だが事実だろう。今日のオーレリアは格別にきれいでかわいい。これは、ダンス地獄になりそうだ。


「大変だったのね。誰かと踊る約束はしたの?」

「いえ。約束はしていませんが、一応お時間があればとお答えしました」

「そう。無理ならはっきりと断った方がいいわよ」

「はい、お気遣いありがとうございます」


 無理はしないように告げて、ちらりと時計を見る。

 創立祭開始まであと三十分ある。それまで三人で談笑しておこう。

 そして創立祭の挨拶が始まるまで三人で談笑したのだった。




 ***




 三十分後、学園長による創立祭の挨拶が行われ、ダンスの時間となる。


「じゃあ私はステファンと踊ってくるね。メルディは二曲目は殿下とだっけ?」

「ええ。ダンス楽しんで」

「うん! 行ってくるねー!」

「いってらっしゃい」

「ここで見ていますね!」

「ありがとー!」


 こちらに近付いてくるステファンに気付いて手を振ってアロラが私たちの元を離れる。

 ホールの中央には主に婚約者が出てきて皆楽しそうだ。

 ロイスの方を見ると、ステファンが離れたことで色々な生徒に声をかけられている。やっぱり王太子って大変そう。


 一曲目の音楽が流れると、オーレリアが隣で曲名を当てて楽しそうに聴いている。本当に音楽が大好きだなと感じられる。

 ホールの中央で踊るアロラはいつもの面白いことが大好きという表情がなり潜め、幸せそうに踊っている。明るいアロラと静かで知性的なステファンは何だかんだ気が合っている。


「お似合いですね、アロラ様とステファン様」

「ああ見えて気が合うから、あの二人」

「そうですね。次の曲ではメルディアナ様は殿下と?」

「そうね。オーレリアは? 誰かと踊るつもり?」

「いえ、こんな華やかできらびやかなパーティーは初めてなのでもう少しゆっくり過ごしてから踊るつもりです」

「そう。くれぐれも困ったら私やアロラ、近くの先生に頼るのよ」

「もう、メルディアナ様。大丈夫ですよ」


 忠告するとオーレリアが笑う。うん、やっぱりかわいいから心配だ。時折、様子を見るようにしよう。


「私、飲み物取りに行ってきますね」

「ええ、分かったわ」


 給仕係の元へ向かうオーレリアを見送ると一曲目が終了し、二曲目の準備へと入る。

 そして少しすると、ロイスが私の方へやって来た。


「メルディアナ、

「殿下。いいえ、


 一流のカーテシーをしてニコッと愛想笑いを浮かべる。

 同時に互いに強調して如何にも最初から踊る約束をしていた様子を見せてロイスに手を重ねる。これでダンスを申し込んでくる人数が減ればいいんだけど。

 二曲目が始まるとロイスとともに踊っていく。


「まぁ、殿下とメルディアナ様よ」

「二人とも優雅でお美しい……」

「やっぱりお似合いだなぁ」

「並んでいて絵になるんだよな」

「ダンスもお上手で完璧よね」


 うっとりと眺めている人にひそひそと私たちのダンスを見て感心している様子が感じられる。


「作戦成功かしら」

「だといいな。うん、やっぱりメルディアナって上手だね。踊りやすい」

「ありがとう。そういうロイスも上手だわ」

「メルディアナには及ばないけどね」


 音楽の音色で周囲に声が聞こえないのを理解して小声でいつもどおり話していく。


「このあとは女の子たちと連続で踊るの?」

「そうだね」

「ふぅん。ねぇ、一番最後は誰?」

「最後? えっと──」


 そして一番最後に踊る令嬢の名前を告げ、頭の中でその令嬢の顔を思い出す。よし、覚えた。


「どうかした?」

「お願いがあるの。最後の子、踊り終わったら私のところに来てくれる?」

「メルディアナのところに?」

「ええ。時間ある?」

「時間は大丈夫だと思うけど……」

「ならお願い出来る?」


 連続で内容を告げずにロイスにそう頼み込む。

 内容はまだ言えない。だって、必ずしも成功するとは限らないから。

 その計画を立てたのはロイスと踊る約束をしてからで、学業の合間にどうしようかと考えていた。

 そして先日考えついたけど、それはタイミングを図る必要があるのでよく観察する必要がある。


「どう? 無理そう?」

「……分かったよ。踊り終わったらメルディアナのところに行けばいいんだね?」

「ええ。適度に休憩してると思うから声かけて」

「うん、分かったよ」

「さすがロイス! ありがとう!」

「どういたしまして」


 ロイスは苦笑気味に、一方の私は対照的に明るく笑いながら軽やかに二曲目のダンスを踊る。

 それからも時折小声で話をして笑いながら踊っていき、二曲目が終了する。

 同時にパチパチと拍手が鳴る。え、なんで?


「なんで?」

「さぁ? なんでだろう。まぁ、いいじゃないかな」

「まぁ、そうね」


 拍手はよく分からないが別にいいやと納得する。

 そして手を離して一歩下がり、ロイスにカーテシーをして友人・メルディアナではなく、“公爵令嬢・メルディアナ”として振る舞う。


「踊ってくださり、ありがとうございます。殿下」

「いいや、こちらこそ踊れてよかったよ」


 私の振る舞いにロイスも合わせて王子として落ち着いた声で返事をする。

 そして二曲目を踊り終えると案の定、ロイスには令嬢が、私には子息たちが集まってきた。


「殿下、次はわたくしと踊って頂けますでしょうか?」

「ではわたくしはその次で」

「次は私ですわ!」

「落ち着いて、皆と踊るから」


 争う令嬢たちを宥めるロイス。いつも怒る私を宥めているからか、慣れているなと思う。


「カーロイン公爵令嬢、先ほどのダンスはとても美しかったです。次は私がお相手をしても?」

「勿論ですわ」

「では、次は私が」


 一方の私にも次々と誘われにこやかに答える。

 ロイスの読み通り、いつもより少なく感じる。やっぱりロイスの提案に乗ってよかった。


 踊りながら愛想よく会話を交わし、厄介な内容は軽やかに躱しながら色んな子息たちと踊っていく。


「ありがとうございます、カーロイン嬢。とてもいい時間を過ごすことが出来ました」

「いいえ、こちらこそ。ありがとうございます」


 三曲目の相手の言葉に淑女の微笑みとカーテシーをして別れる。

 同時にさっとホールを見渡す。アロラは昔から王都のパーティーに参加しているので社交慣れしているから特に心配はないけど、オーレリアは初めてだ。子羊状態だったと聞くが大丈夫だろうか。


 さっと目を走らせていると彼女を象徴する珊瑚色の髪を見つける。

 誘われたのか、婚約者がいない伯爵家の次男にダンスを申し込まれて手を重ねていたところだった。どうやら踊るようだ。

 オーレリアには事前に控えた方が曲を伝えている。なので大丈夫だろうと思うけど、やっぱり時折見るようにしようと決意する。


「カーロイン嬢、お次は私と踊って頂けませんか?」

「はい、喜んで」


 そしてオーレリアの様子を見ながら誘ってきた子息にニコッと微笑んで四曲目のステップを踏んだ。

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