第22話 誘いとダンスレッスン

「お、王太子殿下! その……そ、創立祭、一曲私と踊っていただけませんでしょうか!?」


 ある日の放課後。放課後になってすぐ来たのは他クラスの令嬢でロイスの元へ駆け寄ると、上記のような発言をロイスにした。

 言った令嬢は恥ずかしそうに頬を赤く染め、緊張した面持ちだと感じた。

 そんな令嬢の様子を感じ取ったのか、ロイスの方はというと、ニコッと令嬢に微笑みかけて優しい声で告げる。


「構わないよ。他の令嬢とも踊る予定だけどそれでもいいのなら構わないかな」

「も、勿論です。あ、ありがとうございます、王太子殿下!!」


 ぱぁぁっと喜びの気持ちを現す令嬢にロイスは変わらず優しい面持ちを浮かべる。

 

「ううん、いいよ」

「本当にありがとうございます。さようなら、王太子殿下……!」

「うん、さようなら」


 にこやかに挨拶をすると令嬢は少し恥ずかしそうに教室から出ていき──その次にがロイスに声をかける。


「あの、殿下。創立祭の件なんですが」

「うん。なんだい?」


 そしてその問答を今少し眺めながら先に教室を出たのだった。




 ***




「あれ、アロラとステファンはまだなの?」

「ええ。アロラ、日直だしまだ時間かかるのかも」

「そっか」


 そう答えるとロイスは特に気にする素振りも見せることなく向かいのソファーに腰がける。


「もうすぐ創立祭だね」

「そうね。皆に楽しそうにしてるわね」

「一年生は初めての創立祭だからね」


 確かに創立祭は学園の中でも人気の行事だ。普段、ドレスを着れない令嬢がその日はとびっきりのドレスを着て学園を歩けるのだから。


「メルディアナも最近楽しそうだね。何かあった?」


 優しい笑みのままロイスが尋ねてくる。私が? 特に思い当たらないが。

 ないけど、最近変わったのはオーレリアのレッスンくらいだ。もしかしてそれかもしれない。


「特にないけどね。強いて言えばオーレリアにダンスレッスンしてるくらいかしら」

「ダンスレッスン? マーセナス嬢に?」

「ええ。彼女、王都のパーティー初めてだからダンス緊張していてね。だから私が男性パートでダンスレッスンしてるの」

「へぇ。そうなんだ」


 納得したかのようにロイスが頷く。私が男性パートを踊れるのを知っているからだ。

 

「メルディアナが教えたら大丈夫だろうね。メルディアナ、なぜか男性パートも出来るから」

「ロイスが相手したかった?」

「それは出来ないだろう? 練習する場所もなければ練習相手が僕だときっと困惑するよ」


 尋ねると苦笑しながらそう返す。それはそうだろうなと思う。

 でも、本当はロイスがしたかったんだろうなと考える。

 しかし、ロイスの言うとおり、練習相手がロイスだと緊張してオーレリアが大変だろう。

 あまりこの話はするべきではないと判断し、ダンスレッスンの話はやめて二人の進展具合を聞く。


「オーレリアとはどう? 私が剣術の練習している時に少しは進展した?」

「どうだろう……。僕の中では少しは進展したんじゃないかなとは思うけど」

「どんなどんな?」

「ん? 音楽の話で盛り上がったり、学園の木の上で昼寝をしていた学園長の飼い猫を学園長のところまで連れて行ったりとか。あ、猫の方はアロラもいたけどね。彼女、猫が好きなのかかわいいってよく撫でてたな」


 その時の光景を思い出したのか目を細めて笑う。

 本当は猫よりオーレリアの方がかわいかったと思っているのだろう。

 それにしても何気に私がいない間によくなってない? ナイス、学園長の猫。今度見つけたら猫じゃらしで私も遊びたい。


「順調そうで何よりだわ。それで、創立祭はどうするの? たくさんの女の子に誘われるけど」


 そして次の話題へと移動する。今、生徒たちは学園一のイベントを前に一年生を筆頭に期待感を募らせている。

 そしてその熱気に乗って下級貴族の令嬢や未だ婚約者がいない令嬢たちがロイスに「創立祭では一曲踊ってほしい」と詰めかけているのは学内でも有名だ。


「まぁ、大変だけど学園外そとだと自分から誘うことは出来ないからね。応えようと思ってるよ」

「大丈夫? 無理はダメよ」

「休憩を挟みながら踊るつもりだよ。それに、僕以外の男子も大変そうだからね。せっかくだからいい思い出づくりしてもらいたいから出来るだけ応じるつもりだよ」


 再び苦笑しながら呟くロイス。本人がいいのならいいが。

 ちなみにロイスの言うとおり、名門貴族の貴公子かつ、婚約者がいない男子生徒は大勢の女子生徒たちにダンスを申し込まれているのが今の学園の現状だ。創立祭を通じて婚約者がいない貴公子の目に留まりたいと言うことだ。

 なので婚約者がいない従兄のアルビーにライリーを始め、男子生徒が苦労している。

 ユーグリフトも婚約者がいない兼名門貴族の跡取りで美形なので大変モテている。が、よく女子生徒たちがユーグリフトを探しているので逃げているのだろう。逃げ足が速いなと思う。


「メルディアナこそ大丈夫? あの剣術大会以降、帯剣貴族の騎士家の子によく声かけられたりダンスの申し込みされているけど」

「普段の夜会でも言われてるから慣れてるわ。婚約しないうちは宿命でしょうね」


 はぁ、と溜め息をつきながらぼそりと呟く。婚約したら少なくともアプローチする人はいなくなるだろう。

 しかし、好きな人がいなければ両親は今は私の気持ちを尊重しているので無理に婚約を結ぼうとしないためこの状況はなくならないだろう。

 むしろ、ロイスとオーレリアの恋が成功したらもっとアプローチする人が増えそう。そう思うと憂鬱だ。私は騎士になりたいので婚約はまだしも、すぐに結婚する気はない。


「そっちも大変だね。……なら、最初のダンスは僕と踊る?」

「ロイスと?」


 ロイスの提案に思わず反芻する。ロイスと最初のダンスを踊る? 今まで、一緒にダンスをしても出来るだけ一番最初に踊らないようにお互い配慮してたのに?


「うん。二曲目、一緒に踊る?」

「でもいいの? 今まで一番最初に踊らないようにしていたじゃない」


 それを今回するなんて。本当にいいのだろうか。


「今回は学園のイベントだから別にいいよ。婚約者じゃないから一曲目のダンスは無理だけど二曲目を僕と踊ったら周囲は“筆頭婚約者候補”って思って勝手に抑制出来るだろう?」

「それはそうだけど……。本当にいいの?」

「幼馴染を助けるためさ。それくらいいくらでもやるよ」


 優しい笑みのままロイスが甘い提案する。確かに、その方が勝手に周りが解釈してくれるだろう。


「じゃあロイスの案に乗ろうかな」

「了解」


 そしてロイスと創立祭の口約束をしたのだった。




 ***




「それじゃあ今日もちょっと動きが速い曲にしましょうか」

「頑張ります!」


 元気な返事を聞いてオーレリアの手を取って踊り始める。

 同じ女子でも身長差が十センチ以上あるため、スムーズに踊ることが出来る。

 初めは易しいダンスから始め、その後、順番に難易度を挙げて練習しているが、オーレリアも淑女教育を受けているので基本が出来ているので特別指導する必要はない。


「顔をあげて。下ばっかり見ちゃダメ。足は大丈夫だから」

「あ、す、すみません」


 ただ一つ指摘するとしたらやや下向きであること。そこだけ指摘して顔をあげるように促すと顔をあげる。うん、これだけはよく言い聞かせないと。

 そして一曲踊って、休憩へ入る。


「じゃあここで少し休憩しましょうか」

「は。はいぃっ……」


 休憩に入るとアイスティーが運ばれる。さっぱりした味わいで運動の後にはぴったりだ。


「ううっ……、メルディアナ様が羨ましいです……」

「? どこが?」

「だって体力があるじゃないですか! ぴんぴんしていて羨ましいです」

「もう十年以上鍛練してるからね。体力ない方が問題だわ」

「十年以上も……!! すごい努力ですね」

「オーレリアもピアノを十三年してるのはすごいと思うわ。年数だけなら負けるわ」

「ピアノと剣術は全く違いますよ!」


 いや、私からしたらピアノも剣術も同じだ。長年練習するのは大変だ。

 そう伝えると恥ずかしそうに「ありがとうございます」と述べる。本当のこと言っただけなのに。

 それからは休憩がてら色々な話をした。


「オーレリアは誰かと踊る予定は?」

「私は特にありません。一応、誘われたら応じようと思いますが、難しい曲は断るつもりです」

「なら超高速の曲を教えるわ。中には喧嘩売ってるのかって言いたいすごい速い曲があるからね」

「ぜひ教えてください! 踊れる自信がありません! 百パーセント、いえ百五十パーセント足を踏む自信あります!」

「お嬢様ぁ……?」


 その堂々とした発言に先に反応したのは控えている三十代半ばの辺境伯家の侍女だった。低い声でオーレリアを呼ぶ。


「あ、ち、違うの! 今のは言い過ぎただけ! 八十パーセントだから!」

「お嬢様!」

「ふ、あはははっ!」


 否定するも侍女に怒られるオーレリア。そのやり取りに我慢出来ずに笑ってしまう。

 どうやらその侍女は物心がついたころから一緒にいるようだ。つまり、私とケイティみたいな関係か。まぁ、ケイティの実年齢は分からないけど。


「ふ、ふふふっ……」

「メルディアナ様……! 笑わないでくださいぃぃ……!」

「ご、ごめんなさい……。……でもまぁ、大分慣れてきたからこれなら創立祭のダンスの七割ぐらいは大丈夫なはずよ」


 オーレリアの嘆願の声にどうにか笑いを止める。お腹が痛い。

 お詫びに安心させるためにそう教える。多分、そんな高難易度のダンスはしないはずだ。だって学園だもの。

 これがダンス発表会ならまだしも今回は学園のイベントだ。大丈夫なはずだ。


「ドレスはもう決めた?」

「ドレスですか? はい! お気に入りのドレスで行こうかと」

「そう。じゃあ私もドレスの色決めないと」

 

 創立祭まで一週間。ドレスは新しく作るつもりないので屋敷にあるドレスにしようと思う。

 近々屋敷に戻って髪型やアクセサリーも決めないといけない。よし、授業がない休日にでも一度帰ろう。 

 手紙に一言告げておこうと考える。


 それにしてもオーレリアのドレス姿は見たことないがどんな感じだろう。

 制服姿で化粧していない今の状態でも普通にかわいくて整っている。創立祭はドレスにアクセサリーに化粧もするんだ、より一層かわいくて美しくなっていることだろう。

 じっ、とオーレリアを見つめる。


「? どうかしましたか、メルディアナ様?」


 こてん、とかわいらしく首を傾げる。うん。きっと、ううん、確実に魅力的になって男子たちに言い寄られるだろう。ここは一つあしらう方法も伝授しよう。


「オーレリア、創立祭は他クラスや他学年と交流出来るいい機会よ。でも言い寄られる可能性もあるのよね」

「え。私、領地周辺の夜会ではありませんでしたよ? あ、でも参加者たちは昔から交流のある知り合いばかりだったような……」

「だからかもね。いい? ここは王都。そして王侯貴族が通う学園での創立祭。特に婚約者がいないと分かると言い寄られる可能性があるわ」

「そんな……」


 呆然とするオーレリア。だが事実なのだよ。特に貴女は同性から見てもかわいいから。


「恐ろしいですね……。都会のパーティー……」

「…………」


 私はオーレリアの心を読めない。だけど、なんか微妙に斜め上の方向に飛んでる気がする。これは修正しないと。


「そんな、殺伐とはしてないから安心して。オーレリアは辺境出身で王都の夜会に参加したことなかったわよね?」

「はい。メルディアナ様、詳しいんですね」


 ええ、はい。ケイティの調べた資料に書いていたので。とは言えないので微笑んで誤魔化す。


「学園入学前に王都に来たことないって言ってたでしょう? だから参加したことないんだろうなぁって思って」

「あ、なるほど」


 誤魔化しが成功したようで納得してくれる。前も言ったけど、この子、私の言葉すぐ信じる気がする。


「だから珍しく見えるかもと思ってね。だからダンスに誘われてもいやなら上手く断る方法教えるわね」

「断る方法まで……! 本当にありがとうございます!」


 そして上手に断る方法を教えると、熱心にメモしたのだった。

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