第5話 王宮にて

馬車置き場まで行くとゆっくりと降ろしてくれて、侍従に連絡をして呼び出していた。

本来は授業中のはずだから、侍従は控室にでもいるのだろう。

すぐに二人の侍従が出てくると、一人に指示を出していた。


「レミアスから留学で来ているリアージュ公爵令嬢を王宮に連れて行く。

 侍女が控室で待機しているだろうから、それを伝えて一緒に王宮まで来い。

 俺とリアージュ嬢は先に行くから。わかったな?」


「ええ?…ジルアーク様…何してるんですか?本当に?」


「いいから。」


「…わかりました。」


茶色の髪を一つに束ねた侍従は校舎に戻って行った。

もう一人の黒髪の侍従が御者を兼ねているらしく、馬車の前に乗って待っていた。

馬車の扉を開けると、また私を抱き上げて乗せようとするジルアークを止め、

普通に手を貸してもらって中に入った。

さすがに人前で抱き上げるのはやめてほしい。


広めの馬車の席に座ると、カラコロと馬車は走り出した。

馬車の中は私とジルアークだけで、二人きりで馬車に乗ってしまっていることはもうあきらめた。

これから婚約する相手ならば、かろうじて大丈夫だと自分に言い聞かせる。


「もう理由を聞かせてもらっていい?どうしてすぐに王宮に行くの?」


「王宮で陛下と父上に報告して、婚約の許可をもらう。

 そのまま書簡を作ってレミアスに転移して送る。」


「今すぐ?」


「そう。じゃないと、夕方に王宮に帰ったシャハルが婚約を言い出しかねないぞ。

 早く手を打っておかないと、揉めると面倒だ。

 あいつが学園にいる間に全部終わらせてしまおう。」


「…それ本当に大丈夫なの?」


揉めるのを回避したいのはわかるけれど、留学初日に婚約を結ぶなんて大丈夫なんだろうか。


「大丈夫。陛下も父上も喜ぶはずだから、話すのは任せて。

 リアージュ嬢は話に合わせてくれればいいから。

 ああ、呼び方はなんて呼べばいい?」


「そうね…好きに呼んでもらっていいのだけど、家族はリアって呼ぶわ。」


「じゃあ、俺もリアって呼ばせてもらっていいか?

 俺のことはジルと呼んでくれ。」


「ええ、わかったわ。ジルって呼ばせてもらう。」



王宮につくと、王族用の入り口に着いたようだ。

少し離れたところに近衛兵がいるのが見えるが、こちらには近寄ってこない。

王宮に入るのに、調べもせずに通してしまっていいのだろうか?


「ねぇ?ここは王族用の入り口じゃない?いいの?」


「ああ、大丈夫。俺は使っていいことになってるから。」


「そうなの?」


エスコートされて執務室まで連れて行かれると、ノックもせずに中に入っていく。

え?陛下がいる部屋にノックもせずに入っていくの?

中には数名の文官が働いていたが、

ジルの顔を見ると何事も無かったように仕事に戻っていく。

あぁ、いつもそうなのね。驚いているのは私だけみたいだ。


奥の部屋に入ると、男性が二人それぞれ大きな机に向かって座っている。

おそらく陛下と宰相だろう。銀髪紫目でそっくりな顔立ちの大柄な男性だ。

そういえば陛下と宰相は兄弟だった。似ていても不思議じゃない。


「陛下、父上。仕事中にすみません。

 緊急なので、話を聞いてください。」


「ジル、どうした。今日は来る日じゃなかっただろう?

 それに、その令嬢はどうしたんだ?」


「レミアスから留学で来たリアージュ・イルーレイド公爵令嬢です。」


「ああ、レミアスの宰相殿の。留学の話は聞いている。それで?」


「婚約することにしました。」


「「は?」」


「今すぐ許可して、レミアスに申込みの書簡を送ってください。」


「ちょ、ちょっと待て?」


「そうだぞ、ちょっと待て。お前が婚約だと?本気で?」


「本気です。彼女を逃したら、俺は結婚できないと思ってください。」


「…え?本気で?」


よほど意外な申し出だったのか、陛下と宰相が目に見えて慌てている。

一国の代表二人がこんなに慌てることはめったにないだろう。

戦争はここ百年は起きていないし、陛下と宰相の仲の良さは有名で、

この国は陛下が二人いるとも言われているくらいだ。

その二人が同時に慌てるような事態なのだと思うと不安が募ってくる。



「陛下、俺が婚約したいと思った令嬢がいたら、

 どんな手を使ってでも婚約させてやるって言ってましたよね?」


「言った。」


「父上、レミアスの宰相殿は信用できる方ですよね?

 血筋も石榴姫の孫だし、問題ありませんよね?」


「ああ。問題ないどころか、これ以上ない相手だ。」


「じゃあ、今すぐ許可してください。」


「…ジル、どうして今すぐなんだ?」


陛下と呼ばれた大きな男性がため息をつきそうな顔で聞いてくる。

宰相の息子が急に婚約を言い出したら、何かあるのかと疑いたくなるだろう。


「リアは今日留学してきたばかりなんだ。

 それなのに、シャハルがリアを王族の控室に無理やり連れ込もうとした。」


「なんだと!」


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