第34話 スタメン


 兄さんの調子が悪くなり、三か月がたち夏になった。

 チームはどんどん強くなり、全国大会に出場した。

 結果は二回戦敗退だった。

 全国大会が終わり私が一番恐れていることが現実になってしまった。

 全国大会が終わって初めての大会のことだった。

 その大会で兄さんはスタメンを外されたのだ。

 今まではまだよかった。

 いや、よくはないけどまだスタメンで試合に出ていた。

 それで兄さんはスタメンを外されてしまったのっだった。





    

 それからの兄さんは本当に本当に見ていられなかった。

 大会は結構あるんだけど兄さんのチームは強いからまず負けないということは総じて試合が多くなる。

 でも、その全部の試合でスタメンで出ることはなくなっていて、兄さんの代わりには一つ下の私と同い年の子がスタメンに入った。

 そして、試合があるごとに兄さんから笑顔がなくなって、しあいにでれなくて悔しいはずなのにそのことを態度に一切出さずほかのチームメイトの前ではいつも道理の兄さんを演じているように見えた。

 何よりかわいそうだったのは兄さんの学年は九人いて野球は九人でやるスポーツだ。

 ということはベンチにいる六年生は兄さんだけでほかのチームメイトはみんな下級生だった。

 しかも兄さんは昨日今日に野球を始めた初心者ではもちろんない。

 以前まではチームでクリーンナップを張っているような選手だった

 それなのにスタメンを外されて今はベンチだ。

 そのつらさがどれだけのものだったかはわからない。

 でも、そのつらさは相当のものだったと思う。

 それに、私は見てしまったのだ。

 それは兄さんがスタメンを外された頃のことだ。

 試合が終わり、兄さんと一緒に帰っていると毎回


 「深雪、先に家に帰っといてくれないか?」

 「お兄ちゃん、どうしたの?」

 「え? あーえっと、ちょっと公園に用事があってなだから先帰っといてもらってもいいか?」

 「う、うん。 わかった」

 

 と、毎回兄さんは試合帰りに言うのだ。

 兄さんは土日は練習はチームでしかしていなかったはずだから、練習しているはずはなかった………はずだった。

 でも、それが毎回だとさすがの私も何をしているのか気になった。

 だから兄さんには内緒で公園に見に行った。

 そこで私の目に入った光景は


 涙を流しながら素振りをする兄さんの姿だった。



 私はとっさに身を隠した。

 すると兄さんが何かを言っているのが耳に入った。


 「くそっ、なんで試合に出れないんだ! 俺は六年生なのに!」


 兄さんは涙を流しながらがむしゃらにバットを振る。


 「試合に出て活躍しないといけないのに、なんで試合に出れないのが高島じゃなくて俺なんだ!」


 高島とは私から見て圧倒的に兄さんより野球が下手なのに兄さんを差し置いてスタメンで試合に出ている兄さんの同級生のチームメイトだ。

 「くそっ! つらい、ベンチで俺だけ六年なんだ。 でも、試合に出るにはもっと努力しないと!」


 兄さんはがむしゃらにバットを振る。


 「つらい。 もう野球がするのがつらい………でも」


 兄さんはバットを振る。


 「でも、深雪が今までずっと練習に付き合ってくれたんだ。 だから逃げたらだめだ、もし逃げたら深雪に合わせる顔がないし、時間の無駄だったことになるんだ。 だからもっと努力して何とかしてスタメンに戻らないと………」


 兄さんは辛そうにバットを振る。


 「違うよ、お兄ちゃん! 私は、好きでお兄ちゃんの練習を手伝っていたの。 だから兄さん! そんなにつらそうな顔をしてバットを振らないで………」


 と、飛びして兄さんに言ってあげられたらどれだけ楽だったか。

 兄さんは私に内緒で努力をしているのを無駄にすることはできなかった。

 それに、私も苦しかった。

 兄さんがこんなにも努力をしていることを私しか知らない!

 だから監督はスタメンを外すんだ!

 もう、いいと思う。

 私は、そんなにも辛そうに野球をしてほしくなかった。

 前みたいに楽しそうに笑顔で野球をする兄さんのことが私は大好きだった。

 でも今はどうだ? 

 こんなにもつらそうじゃないか。

 

「もう、いいよ。 よく頑張ったね」


 と言ってあげたかった。

 でも、言うことは許されないと思ったんだ。

 それは兄さんの努力をすべて無駄にする言葉なのだから。

 だから私は兄さんのサポートをすることしかできない自分を呪った。

 私には兄さんの何かが壊れてしまうことがないようにサポートをすることしかできなかった。

 でも、私の努力もむなしく兄さんの何かはあっけなく壊れてしまう。



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