08-03:「自棄にはなるな」
「車内の気密性は維持できそうだ。サバイバルキットも積んだ。自動運転装置も解除した。これでマニュアルで操縦できる」
半地下式になってるガレージで、てきぱきとクルマの準備をしているスミスに、アマンダとキースは不安げな視線を送っていた。
クルマはリムジンタイプ。ギルにアマンダ、キースに学園長、そして大男のセキュリティガード三人が乗る余裕は充分にある。
要人専用車でもあり、装甲の他BC兵器対策も施されていた。
「あの、スミスさん。逃げると言ってもどこへ行くんですか?」
キースが恐る恐る尋ねた。スミスも正確な所は聞いていない。しかし長年ギルを警護してきた経験からおおよそは察しが付く。
そしてまだそれを口外する段階ではないのも分かっていた。
「殿下にはお考えがあるのだろう。いずれにせよ我々があれこれ詮索するものではない」
そう言うとスミスは運転席から降り、アマンダとキースを無言で見やった。
学生の中では長身のキースだが、スミスは彼より頭一つ分以上は大きい。
そのスミスから見下ろされているだけで、二人は大層な威圧感を覚えていた。しかしスミスの口から出たのは思わぬ言葉だった。
「君たちはギル皇子とは無関係だ。テロリストは攻撃的だが、警備兵も駆けつけてくる。そこにガスマスクがある。それを着けてどこかに隠れてやり過ごせ。これ以上、ギル皇子に付き合う理由も義務もない。君たちの献身的な努力は殿下も充分に承知しているはずだ」
「それは……」
有り難いと言いかけてキースは言葉を飲み込んだ。隣のアマンダが思い詰めたような顔で黙りこくっているのが視界に入ってきたからだ。
「アマンダ。スミスさんもこう言ってる事だし、これ以上、僕たちに出来る事は無い。ガスと火の危険が無い場所へ逃げて……」
「済みません。私、もう少しギル皇子に従います。キースさんは逃げてください」
キースを一瞥してアマンダはそう言った。思い詰めた表情には変わりなかったが、それでも口調からは毅然としたものが感じられた。
今度はスミスが厳しい顔つきになり、一時の黙考の後に言った。
「ブレア男爵の娘アマンダと言ったな。君はギル皇子に特別な感情があるようだが……」
「有りません!」
アマンダは厳しい口調できっぱりと否定した。
「私はあの人を哀れだと思い、同情はしています。でもそれ以上の感情はありません。好きか嫌いかと言えば、むしろ嫌いな人です」
「ではなぜ……」
事態が飲み込めないキースを間に挟んだまま、スミスはアマンダにそう尋ねた。
「これは……、復讐なんです」
少し言い淀んでアマンダは答えた。
「あの人が生き残る事が私の復讐なんです。私もあの人も、今のこの社会、そこで生き存えようとする家の被害者です。道具として産まれて、いずれ使い捨てられる。だから生き延びて、今のこの世界の有り様に一撃をくれて欲しいだけです」
そしてスミスを見てアマンダは続けた。
「それが私の復讐」
「そうか……」
アマンダの言わんとする事が全て理解できたわけでは無い。しかしスミスは説得が無理だと悟ったようだ。
「自棄にはなるな。それだけだ」
スミスのその言葉にアマンダは何も答えなかった。
「おい、何をしてる! テロリストは裏手にも回り込んでいるぞ!! さっさとクルマを出せ!!」
寮のリビングに繋がる階段から、銃器を抱えたギルが降りて来た。ギルとセキュリティガードのサトウに挟まれる格好で学園長も降りてきた。
「警備兵の部隊がこちらへ来てるのですから、もう少し待った方が……」
「うるせえ、黙れ! ここにいても蒸し焼きか蜂の巣だ!!」
まだそう言う学園長をギルが叱責した。彼等を急かすように階上から爆発と銃撃音が響いて来た。
「皇子、テロリストに侵入されました」
残ったもう一人のセキュリティガードイワノフの声が聞えた。さすがプロフェッショナルというべきだろうか、この状況でも口調は冷静だ。
「急げ、車に乗れ!!」
その言葉にスミスは黙ってドアを開けてギルを待つ。
ギルは銃器を突っ込み先に学園長を乗せた。敬っての行為では無く逃げ出されるのを防ぐ為なのは、まるで荷物を放り込むようなぞんざいなやり方からも察しが付く。
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