07-14:「さぁ、掃除の時間だ」

「待て、味方だ。撃つな」


 バッファローリーダーは、銃口を上げかけたバッファロー4たちを止めた。


 ボディアーマーのバイザーに仕込まれたセンサーでは、確かに味方を示す信号が表示されている。

 表示はクレインチームの一員。他にもディンゴチームも近づいてきた。


「クレインチームにディンゴチームか。これで突入した四部隊はすべてだな」


「撤収用の襲撃艇を確保してるイールチームがいますが」


 ひと言余計に付け加えるバッファロー4に、バッファローリーダーは嘆息した。


「突入したと言っただろう。イールチームが持ちこたえている間に作戦目的を達成しなければならない」


「バッファローリーダー。ディンゴリーダーだ。このセレモニーホールの裏から、中央区画の上に出られるようだ」


 ディンゴリーダーがセレモニーホールの奥を銃口で指し示した。


 その名の通りセレモニーホールはちょっとした催し事を行う施設。音響や照明設備の他、中央部にはステージも設えられている。


 ディンゴリーダーが示したのは、そのステージの裏側だ。


「事前にその作戦は検討したが、そもそもセレモニーホールへの到達が難しいと却下されたはずなんだがな……」


 バッファローリーダーは後の言葉を飲み込んだ。そんな二人の元へクレインリーダーも歩み寄ってきた。


「まだ充分な人数はいる。普通に攻撃してきても対処は可能なはずだ。このまま突っ込むか?」


 威勢の良い事を言う割には、クレインリーダーも踏ん切りが付かないようだ。そんな所に空気を読まずにバッファロー4が口を挟んだ。


「なんかここへ誘導されたみたいですからねえ」


 各チームのリーダーは外が直接見えないバイザー付きのヘルメットをかぶっているにも拘わらず、キッとなってバッファロー4へ頭を向けた。


「こ、これは失礼しました! 口が過ぎました」


 慌ててバッファロー4は敬礼した。


「確かにおびき寄せられた気もする。慎重に行動した方が良いだろう。特にここの天井は宇宙に直接、面しているからな」


 ディンゴリーダーはそう言いながら天井を見上げた。セレモニーホールの方が明るいので肉眼では星空までは見えないのだが、ボディアーマーのセンサーがバイザー内に星空を投影してくれていた。


「……ん、なんだ?」


 ディンゴリーダーに釣られて上を見上げたバッファローリーダーはそれに気付いた。


「外に誰かいるぞ!? ホールの天井から少し離れた場所だ」


           ◆ ◆ ◆


「ホークアイ、今だ!」


 管制室からミロの指示が飛んだ。宇宙船外で待機していたブリット・ホークアイは、学園宇宙船のフレームに固定した対物ライフルをセレモニーホールの天井へと向けた。


 その向こう側ではテロリストたちが間抜けな顔でこちらを仰ぎ見ている事も分かっていた。


「さぁ、掃除の時間だ」


 そしてホークアイは目標に対物ライフルの弾丸を撃ち込んだ。


           ◆ ◆ ◆


「総員、衝撃に備えろ!!」


 バッファローリーダーが叫ぶよりも早く、セレモニーホールの天井に対物ライフルの弾丸が命中した。


 衝撃と共に半透明の高分子素材で来た天井は吹き飛んだ。


 もっとも一発だけだったので、完全に吹き飛んだわけではない。五メートル程の穴が空き、金属製の枠組みも何とか持ちこたえた。


 しかし与圧されていたセレモニーホールの天井が吹き飛んだのだ。


 一旦、爆圧がかかったものの、次の瞬間にセレモニーホールの空気は天井に空いた穴から宇宙空間へと吹きだしていく。


「外部からの狙撃か!?」


「天井が吹き飛んだぞ! 減圧する!!」


 テロリストたちは口々に叫んだ。


「落ち着け、たかがマイナス一気圧だ! すぐに隔壁も閉じる!」


 バッファローリーダーもそう叫ぶが、一向にホール天井の隔壁が閉じる気配はない。そればかりか彼等が入ってきたドアも開いたまま。


 セレモニーホールの空気が抜けた分、そこから新たな空気が突風となって押し寄せてくるのだ。


 小型の宇宙船ならばいざ知らず、学園宇宙船は直径十数キロもある巨大船だ。ちょっとやそっとで船内全体に及ぶほど空気が抜けてしまうわけではない。しかしそれが狭い隙間から押し寄せ、抜けていく風圧となれば、人間の十人や二十人、吹き飛ばすには充分だ。


 一気圧で済む話では無い。


「しまった、こういう事か!!」


 バッファローリーダーは歯がみした。その瞬間、今度は体重が無くなった。バイザーの重力センサーも0Gを表示している。


「リーダー、人工重力場が停止しました!!」


 学園宇宙船には1Gの人工重力場がかけられているが、それは全フロア同時というわけでもない。


 その気になれば特定のフロア、特定のブロックのみON、OFFが可能なのだ。


 重力場がなくなった事とも相まって、開け放たれたままのドアから吹き込む突風が、兵士たちを天井の穴へと巻き上げようとしていた。


「分かっている!! 落ち着けと言ってるだろう。ブーツのスパイクを目一杯、床に食い込ませろ!! 何か手近なものへ掴まれ!!」


 バッファローリーダーは狼狽える部下に叫んだ。もともとこのような0Gでの作戦行動は当然は想定済みだ。


 ボディアーマーのブーツには引き込み式のスパイクがあるので、それを床に食い込ませると、何とか歩けるようになる。靴底には電磁石も仕込んであるのだが、生憎と床は鉄やニッケル製では無い為、今回は出番が無さそうだ。


「クレイン2、クレイン3。近くにあるドアを閉めろ!! クレイン4とクレイン5もだ!!」


 クレインリーダーがそう指示を飛ばすと、クレインチームの兵士たちはスパイクで床をしっかりと踏みしめながらドアへと向かい始めた。


「ドアが閉まれば問題は無い。ボディスーツ内の酸素で一時間程度は行動できるが、脱出用の襲撃艇が一隻しか残ってないから無駄には使うなよ! 状況が落ち着くまで、固定された設備や手すりに、カラビナとケーブルで身体を固定しろ!!」


 0G用の装備は電磁石と可動式スパイクが仕込まれたブーツだけではない。身体を固定するカラビナとケーブルも装備してある。


 テロリストたちは命じられた通り、周囲にある手すりや固定された柱などにケーブルを巻き付けて、ドアから吹き込む突風に飛ばされないようにした。


「もう少しだ」


 ドアを閉めに向かっていたクレインチームの兵士たちは、その向こうにある通路に警備兵や学生たちの姿を見つけた。彼等も飛ばされないように身体をロープで縛って、通路の角からこちらの様子を伺っていた。


 突風の中だがクレインチームの兵士は銃を向けようとした。それを見て警備兵や学生たちは一旦、通路の陰に引っ込み、そして今度は何やら大きなコンテナケースを引きずって来たではないか。


 兵士たちが訝るまもなく、警備兵や学生たちはその蓋を開けた。するとすぐさま中に入っていた物が、突風に巻かれて押し寄せてくるではないか。


「なに!?」


 何かのイベント用なのであろう。長い横断幕。そして旗。続いてゴミ同然の古着。そして文字通りのゴミ。それらが突風と共にテロリストたちへ向かってきたのである。


「うぉ、くそ!!」


 クレイン3は長い横断幕が身体に絡まっていた。横断幕の分、突風を受ける面積が広くなり、風圧により一歩また一歩と後退していく。


 彼等だけでは無い。別のドアからは空っぽのドラム缶や皿やカップといった食器類。折りたたみ式の椅子や机までもが、突風と共になだれ込んできた。


「まったく! 学生共め、ふざけるにも程があるぞ!!」


 クレイン2は手近の手すりに掴まり、何とか身体を支えていた。その目の前に古着やゴミと共に、何かが飛ばされてきた。

 それは彼等のような人間なら見慣れた代物。帝国軍の制式小型手榴弾だ。身を避けようとする間もなく手榴弾は爆発した。


 学園宇宙船の警備兵が装備している小型手榴弾は生徒、学生を巻き込んだり、施設に重大な被害を与えぬよう爆発力は抑えられている。兵士のボディアーマーを破壊して致命傷を与える事は出来なかったが、爆風で手すりを掴んでいた手と、床に食い込んでいたスパイクを外すには充分だった。


「クレイン2!!」


 クレイン3の叫びも空しく、クレイン2は風圧でセレモニーホールの天井まで飛ばされ、そこに空いた穴から宇宙空間へと放り出されてしまった。


「クレインリーダー! クレイン2が放り出されました!! 何か対策を考えないとまずいです」


「分かっている! 全員、手すりや柱に身体を固定するんだ。天井の穴はそのうちゴミで塞がれる」


 クレインリーダーがそう言っている側から、再び天井への攻撃があり、空いていた穴がまた広くなった。

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