第6章:宇宙船迷宮に於ける幾つかの悲喜劇
06-01:「冗談です」
ピネラ中尉の指示で、クック班長を始めとするパーセク警備保障の社員が待機室へ移動してしばらく経った。
最初からこの部屋に通されるのは分かっていた。だからいくらでも細工のしようはあったのだ。
そろそろか……。
アンソニー・クックは時間を確認してそろそろ行動を始める頃合いだと確信した。
部下に目配せして合図する。
部下たちは無言で部屋に持ち込んだバックに隠してあったものを取り出した。
無論、彼等の行動は監視カメラが見張っている。だがそれも最初から分かっていた事だ。
予定していた時間となり、監視カメラには仕込んでおいたコンピュータウィルスにより、今頃は別の映像が記録されているはず。
バックには一見機材や資料しか入っていない。しかし二重底や機材の間に巧妙に隠されたものがあったのだ。
銃器とボディアーマー。現在、学園宇宙船に突入中のAからDチームが装備しているものと比べるとかなり貧弱なものだ。しかし彼等の任務上、重武装で乗り込むわけにはいかない。
「妙な事になっているが、むしろこちらには好都合だ」
装備を調えた部下に
「武器については途中、敵から奪取しても構わん。それでは行くぞ」
簡潔にそう言っただけ。
目的は再確認せずとも皆分かっている。ギルの殺害とルーシアの身柄確保。もちろん現在潜入中のAからDまでのチームがギルを殺害してくれればそれで良し。しかしルーシアの身柄確保は慎重に行わなければならない。
そこでフロッグチームは管制室に潜入して、密かにルーシアの居場所を突き止め、また学園宇宙船に色々と細工を施しておいたのだ。時間がくればこの部屋のロックが解除される事もだ。
作戦通りに行けばルーシアをクライアントに引き渡す事が出来る。その後、彼等は一時的にクライアントの保護下に置かれ、ほとぼりが冷めた頃に娑婆へ出るという段取りだ。
案の定、ドアの外に警備兵はいなかった。この状況だ。どこかに応援に行ってしまったのだろう。
「フロッグ5、ギルと姫殿下がおられる中央区画への直通通路があるのは確かだな」
アンソニー・クックことフロッグリーダーは部下にそう尋ねた。
「はい、班長。先程、気取られぬよう検索していた時に見つけました。作戦立案時に入手したこの艦の設計図通りです。入り口はこの先の広間を挟んだ非常隔壁の向こう側になります」
考えてみれば当たり前だ。管制室と要人の子女が暮らす寮のある中央区画。
いずれも学園宇宙船では重要な施設だ。それらを短時間で直接結ぶ通路があって然るべきであろう。
それら重要区画の配置は、この学園宇宙船が軍艦だった頃からそのままはずだ。外部の装甲や通路、そして警備システムなどはそうそう簡単に移し替える事も出来ず、またそもそもそんな事をするのなら、最初から旧式の軍艦を改装して使う事もあるまい。
「よし、行くぞ」
フロッグリーダーはガス加圧式のヘルメットを被り直すとそう言った。
◆ ◆ ◆
「89区画はどうなってる? 安全なのだろう……。シャトルバスが動くなんて期待してない。何か足を確保してくれればいいんだ」
指揮を任されてる警備兵のリーダー、パトリック軍曹は先程から通信機に向かって怒鳴り散らしている。
学園長と共にギルから自分の所へ来いと言われたのはいいが、学園宇宙船のあちらこちらで戦闘が起きている以上、簡単には移動できない。
ただでさえ広い学園宇宙船だ。歩いて行くといつ着くかも分かったものではない。
「装甲車は回せないのか……。狭くて入れない? それくらい分かってる!! 近くに寄せてくれればいいんだ!! ……そうか、分かった。学生の負傷者を優先するというなら仕方ない」
パトリック軍曹は嘆息すると通信を切った。ギルの命令通りすでにいくつかの部隊は中央区画に向かっているが、学園長を伴った彼等は管制室のある区画から出られない状態だ。
「困った事になりましたね」
脂汗をハンケチでぬぐいながらジマーマン学園長は嘆いた。
「こうなった宇宙に出て外側から回り込みますか」
パトリック軍曹のその言葉に学園長は驚いた。
「それは勘弁して下さいよ。私、学生時代、船外活動はDマイナス判定だったんですよ」
そんな学園長に嘆息してパトリック軍曹は言った。
「冗談です」
ホッとしたの影響もあったのかも知れない。学園長は失念していた事を思い出した。
「そうだ、うっかりしてました。管制室から中央区画へ直行する通路があるんですよ。歩きになりますが、普段は使わない通路です。きっとテロリストも気付いていないでしょう」
テロリストというのはそういう所を狙ってくるのだがな……。パトリック軍曹はまずそう言いたいのを堪えて学園長に尋ねた。
「それは本当ですか? 場所は?」
「すぐ近くです。急ぎましょう」
中央区画に逃げ込めば安全になると思ってるのだろうか。学園長は軽い足取りで、通路に続くドアへと向かった。
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