04-04:「お前はのんびりしていていいのか?」

 そして数日後、帝国学園宇宙船ヴィクトリー校はウィルハム宇宙港へ到着した。


 ウィルハム宇宙港は巨大なビルディング街がそのまま宇宙空間に浮いているような構造をしている。


 宇宙港というだけあって、その周囲には無数の宇宙船が停泊中だ。その中でも一際目立つ巨大な独楽型の宇宙船。それが帝国学園宇宙船ヴィクトリー校である。


          ◆ ◆ ◆


『はい、あちらのリムジンに乗っているのがギルフォード皇子殿下かと思われます。すでに周辺には、皇子を一目見ようと沢山の見物人が押し寄せています!』


 自治会会長室の中空に浮かぶ立体映像では、制服姿の生徒がそうまくし立てていた。その背後に見えるのは生徒、学生たちの人垣。

 場所は帝国学園宇宙船ヴィクトリー校とウィルハム宇宙港の桟橋を繋ぐ搭乗口の辺りだ。


 なにしろ宇宙船そのものが巨大なので、搭乗口といっても高速道路の一角にしか見えない。


『現場のエイプリルさん。そちらかリムジンに乗っていらっしゃるギル皇子のお姿は確認出来ますか?』


『リムジンのウィンドウにはカーテンが掛けられていて、中の様子は分かりませんね。先程、乗り込んだ時にはセキュリティガードSGの男性と皇子らしき人影が……』


 カスガは珍しく不機嫌そうな顔で校内放送のチャンネルを変えた。


『ギル皇子は先月二十歳のお誕生日を迎えたばかりです。このお歳での帝国学園入学はかなり珍しいかと思われますがゲストのチャン先生。いかがでしょう?』


『珍しいのは事実ですが、過去の例を紐解きますと間々あるようですね。ご存じのように帝国学園への入学資格は二十歳まで。そして枢密院は皇位継承者の帝国学園への就学を推奨しております。その為つじつま合わせの為に入学するのは、以前にも……』


 またカスガは手を振る。校内放送を映していたテレビモニターのモーションセンサーは、それに応じてまたチャンネルを変えた。


『ギル皇子が入寮するのは、こちらの第一区画が有力視されておりますが……』


『冗談じゃねえよ。皇位継承者が入学すると警備が大変に……』


『でもさ、うまくいけば将来は王妃でしょ。すごいじゃん』


『その前にそのギル皇子って人が皇帝にならなきゃ。シド皇子が第一候補なんでしょ』


『ギル皇子が乗っていると思われるリムジンは、管理棟区画に向かって移動中……』


 カスガは嘆息して自治会室に備え付けのテレビモニターに命じた。


「宇宙港からの番組に変えて」


 今までテレビモニターに映っていたのは帝国学園宇宙船ヴィクトリー校の生徒、学生たちが制作した番組だ。学園の公的なチャンネルもあれば、生徒たちが自主的に作っている番組もある。


 そのほとんどがギル皇子がヴィクトリー校入学に色めき立っていた。


 カスガの指示に従いテレビモニターは入港中のウィルハム宇宙港で放送されてる番組に変わる。


 普段でもウィルハム宇宙港はちょっとした小都市ほどの人口を抱えている。当然そうなるとウィルハム宇宙港独自のローカル局とそこが放送する番組もある。


『……しかしジョンソンさん。ギルフォード皇子殿下は、これまでにも何度か暴力事件を起こしているとの事ですよね』


『はい。いずれも示談となっていますが、皇位継承者としては相応しくない不名誉な事です。特に女性への暴行はいただけません。その他にも浪費家という事もあり正直な所、貴族社会では鼻つまみ者とも言われております』


 番組の話題はやはりギル皇子のようだが、素人が興味本位に作ってる物とはちがい、その立場を的確に解説していた。


『皇帝陛下は次期皇位は実力で競わせると仰ってますが、その場合はどうなるでしょうか』


『無理でしょうね。ロンバルディ家以外、支援してくれる所が無いでしょう。早々に継承争いから撤退して、誰か有力な候補に与するのが一番かと……』


 キャスターの質問に解説者は肩をすくめて見せた。


「消して」


 カスガがそう言うとテレビモニターは消えた。


「皇子さまって言うから、どんな素敵な人かと思ったら……。なかなか大変な人みたいですね」


 少し引きつった笑みでアマンダが言った。


「皇位継承者は何十人もいる。こういう問題児も出てくるだろう」


 アーシュラも呆れているようだが、それにしてはいつもよりいささか手ぬるい批判だ。


「みんな浮かれてるわねえ。皇子といっても素行にかなり問題があるようだから、私はそっちが心配だわ」


 カスガは憮然とした面持ちだ。そんなカスガにキースが言った。


「余り評判は良くないようですね。ギル皇子という人は」


「余りというか、むしろいい評判の方を聞かないわね。鼻つまみ者で通ってるわ。浮ついた連中が、ギルともめ事を起こさなきゃいいんだけど……。と、授業の時間ね。それじゃ学生の本分に戻ってくるとしますか。後はよろしくお願いね」


 時間を確認するとカスガは自治会室から出て行ってしまった。


 あとに残ったのはキースとアーシュラ、アマンダ。そしていつもと同じように経理用端末で計算に没頭しているグレタだけだ。


 カスガが出て行った後、室内には妙な緊張感が漂っていた。それに耐えきれなくなったようにアーシュラが口を開いた。


「キース、お前はのんびりしていていいのか?」


「のんびりしている? 別に用事は無いが」


 惚けてみせるがアーシュラが何を聞いたのか分かる。


 ミロのせいで次期自治会長の座が危なくなっている。そこにまた皇位継承者であるギルがやってきたのだ。キースとしては心中穏やかならざる得ないところだろう。


「そうか、特に問題がないのなら別に構わんが……」


 そう答えたアーシュラも何か歯切れが悪い。さすがのグレタも何事かと顔を上げたほどだ。そんなグレタに驚いたわけでもないだろうが、アマンダが思い出したように言った。


「あ、あの。私もまとめてない資料があるので……」


 そしてぺこんと頭を下げて自治会室を出て行ってしまった。


「そうだな。特に用事も無いので、僕もこの辺で下がらせてもらうよ」


「そうか。では私も一度部屋に戻るとしよう。グレタ。後は頼んだ」


 キースとアーシュラにそう言われたが、特に他に仕事は無い。グレタは無言で肯き返すと、二人が出て行くのを見送り、また経理の作業へ戻った。


          ◆ ◆ ◆


「これがロンバルディ家の私用客船だ。名前は『ジャックポット』だ。先程港湾当局に確認した。すでに昨日のうちに入港手続きは終えている。さっき来たリムジンに乗っていたのが、大方ギルだろう」


 通路を歩きながらスカーレットは携帯端末の立体ディスプレイに映し出された宇宙船をしめしながらそう説明した。


大当たりジャックポットか。縁起がいいのか悪いのか、宇宙船としては分からない名前だな」


「ロンバルディ侯爵は大層なギャンブル好きだからな。もっとも下手の横好きと聞いているが……。それよりもミロ!」


 スカーレットは携帯端末をしまうと、足を速めてミロの前に回り込んだ。


「本当にギルへ会いに行くつもりか? もしも……」


 足を止めず自分の横を通り過ぎるミロに、スカーレットは再び前に回り込みながら、声を潜めて言った。


「……もしも正体がばれたらどうする?」


 校舎の通路には他に人影はない。それでも用心に越した事は無い。


「どうするも何も……。いずれそうなる。だから先んじて行動するまでだ」


「でも……」


 足を止めて逡巡するスカーレットをおいて、ミロはまた先に行ってしまった。


 まったく、お前はいつもそうだ……! どうしていつも私を置いて行ってしまうのだ!!


 スカーレットは胸中でミロに、いやアルヴィンにそうぼやいていた。


「いいか、スカーレット」


 ようやくミロは足を止め、スカーレットが追いついてくるのを待って言った。


「戦術というのはごくシンプルだ。相手が戦う体勢を整える前に攻める。心理的にも物理的にもだ。向こうは俺の方から顔を出すとは思っていないだろう。そこが付け目だ。逆に言うと、思わぬ場で出くわす方が困る。こちらが守勢に回ってしまう」


「それもそうか……」


 ミロが足を止めて待ってくれた事にスカーレットはホッとしたようだ。小走りに追いつくとそう答えた。


 確かに受け答えを準備してこちらから出向いた方がボロは出さないだろう。そう考えるとミロの言う事にも一理ある。


「ところでスカーレット。一つ教えて欲しいんだが」


「なんだ、突然改まって」


 ミロは首を傾げると尋ねた。


「ギルは俺の腹違いの兄という事になる。その場合、兄上と呼んだ方がいいのか?」


「今さらそんな事を聞くのか!」


「まあな。一応、確認して置いた方がいいと思って」


 そう答えながらもミロの泰然自若とした態度とは対照的に、スカーレットは何やら不安になってきていた。


 そして二人は通路の奥にあるドアを開けて校舎を出た。


 向こう側のブロックにあるのが学園長室のある事務棟だ。その前にはギルが乗ってきたと思われるリムジンが停まっていた。

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