03-07:「ミロは敵を作るのが得意なんだ」

 士官候補生コースとなれば、自ずと模擬戦闘実習もある。ミロたちは専用の施設内で、戦闘実習に臨んでいた。


          ◆ ◆ ◆


「う~~、寒ぃ寒ぃ!! おい、ミロ!! こうなったのもお前のせいだ!!」


 防寒具に身を包んだマット・マドロックが、またミロに八つ当たりをした。


「さっきから俺のせい俺のせいとだと言ってるが、一体どうしてそうなるんだ。俺に戦闘実習の環境を指定できるはずが無いだろう」


 ミロも防寒具に身を固め、大樹の根元に出来た雪溜まりに身を隠していた。


「だからお前の取り巻きのせいだって言ってんだよ! あっちのアーシュラがボロ負けしたから、お前を逆恨みしてるんだ」


 隠れていた木の幹から一歩踏み出しかけたマットの目の前を、閃光が奔る。マットが慌てて身を伏せると、その少し先の雪原にペイント弾の赤い染料が広がった。


「ケンカ猿の言葉はミロには分かりにくいようだから、翻訳してあげよう」


 横からカスパーが首を突っ込んできた。


「うるせえ、この万年発情期!」


 マットの文句を無視してカスパーは言った。


「あの拠点で僕たちをねらい打ちにしてるアーシュラ・フロマンだが、彼女は射撃の腕には自信が有ってね。学園に入った時から負けた事が無い。それなのに君の取り巻きに負けたから、この戦闘実習の設定を君にとっては不利な条件に設定したんだ」


「俺の取り巻き……。あぁホークアイの事か」


 ミロは苦笑した。


 ブリット・ホークアイと呼ばれているが、本名は誰も知らない。いつの間にか惑星エレーミアに居着いていた男だ。常にエッジ・ウルフファングと呼ばれる男と行動を共にしていた。二人は双子のようにそっくりだったが、本人たちの口から血縁関係について説明された事は無い。


 ホークアイは射撃、ウルフファングは刃物を使った格闘術に長けており、その腕前から傭兵上がりなのは確実だが、具体的な経歴について二人は一切口を閉ざしていた。


 ウルフファングは偽辺境伯マクラクランとの戦いで命を落とし、ホークアイだけがミロと一緒に学園宇宙船へやってきたのだ。


 アーシュラが射撃の腕に自信が有ろうとも、それは所詮、学生のやる事。戦場で命のやり取りをしながら、生き延びてきたホークアイに敵うはずも無い。


「ホークアイはちょっと変わってるからな。それにしてもどうしてこの環境なら、俺が不利だと思ったんだ?」


 ミロが見回す視線の先は一面の銀世界。雲一つない夜空には月が銀白色に輝いていた。


 ここは学園宇宙船船内の環境調整デッキ。様々な惑星の環境を自由にシミュレートして、模擬戦を行う為の施設だ。ミロたちが隠れている林は学園艦の備品である実物。


 雪も降雪機で降らせたばかりのもの。


 ただし空や月はホログラム投影である。


「今シミュレートしてる環境は極寒の惑星ツェントゥのものだ。君はここに来る前、惑星エレーミアにいたんだろう? あそこは砂漠の惑星だからね。大方、逆の環境を設定したつもりなんだろう」


 カスパーの説明に横で隠れていたスカーレットが呆れた。


「なんだ、それは。料理に砂糖を入れすぎたから、塩を入れて中和しようとするようなものだぞ!」


 スカーレットの言う通りだ。砂漠の惑星に住んでいたからと言って、雪の惑星が苦手になるわけでも無い。


「いずれにせよアーシュラというあの女子生徒も、世間知らずのお嬢さまってわけだ」


 ミロは電子双眼鏡で目標を確認した。


 今回の作戦目的はフィールド中央にある監視施設を攻略する事。小さな建物と監視塔だけの目標だが、すでに多大な被害を出している。


 その原因こそ、監視塔の上でライフルを構えて、周囲を威圧しているアーシュラ・フロマンだ。


 ミロたちの隊も含めて三個小隊で攻略中なのだが、いずれもかなりの被害を蒙っている。


 他二隊同様ミロたちの隊も掩体に潜んで体勢を立て直そうとしてる所だ。


 無論アーシュラ一人だけで三個小隊を圧倒しているわけでもない。


 アーシュラ自身が選んだ射撃に覚えのある数人の生徒たちも監視塔の最上部で警戒していた。


 だが最後にとどめを刺すのは常にアーシュラなのだ。


「自治会役員殿がお前を目の敵にしてるのは、他の隊の連中も察している」


 アフカン・ダイゼンが巨体を無理矢理木の陰に押し込めたまま、他の隊が潜んでいる方向へ顎をしゃくって言った。


「あいつら、俺たちがやられない限りきっと動かないぞ」


「偉そうに言うなよ、デカ物。そもそもなんでお前が一緒にいるんだ?」


 今さらそんな事を尋ねるマットにアフカンは苦笑した。


「ははは、どうやら俺もお前たちの同類だと思われたようだな」


 そう言う割にはアフカンはうれしそうだ。


 アフカンの言うようにこの隊の編成は一方的に決められたもの。別の隊やすでに戦死扱いになって退場した他の生徒たちは、単に頭数を揃えるためのものだったのだろう。


 何者かが意図的に仕組んだのだろうが、ここまで来ればそれを詮索する必要も無い。生徒、学生が教師の決定にあれこれ指図できないのは当たり前だが、そこは貴族社会である帝国の縮図となっている帝国学園。


 貴族の威光を笠に着れば何とでもできる。


「そもそもなんで自治会が、ミロや俺たちをそんな目の敵にするんだ。理由が無いじゃねえか」


「ミロは敵を作るのが得意なんだ」


 憤るマットにスカーレットが説明したものの、それだけでは分かりにくいだろうと、横からカスパーがまた余計な口を挟んだ。


「ま、ケンカが得意なお猿さんにも分かり易く超かみ砕いて説明してやるとね。自治会はミロが学園の秩序を乱そうとしてるように見えてるんだろう。つまりボス猿にとって都合の悪い事をしてるわけだ。分かったかい、お猿さん」


「猿、猿、うるせい。このエロガッパ!」


 罵るマットの身体が掩体から出る。アーシュラはそれを見逃さなかった。


「うぉ!?」


 ケンカ屋の勘が冴えたのか、間一髪マットはまた木の陰に逃げ込んだ。その直後にマットがいた場所へ模擬弾が撃ち込まれる。


「くそ、油断も隙もないな」


 マットは監視塔を睨み付けた。


「しかしどうする、ミロ。このままでは体力の消耗も激しいし、監視所が落とせないのでは、こちらの負けになる」


 アフカンがそう言ってもミロは双眼鏡で監視塔を見つめたまま。厳しい顔で双眼鏡を降ろすとミロは言った。


「余りにも初歩的なミスなので、正直、罠じゃないかと思ったんだが……。アーシュラというあの女。雪上戦闘の経験はあるのか?」


「いや、俺もそこまでは……」


 上級生のアフカンがそう答えかけるが、カスパーがすぐに遮った。


「ないね。去年の雪上実習も降下と移動訓練だけで、戦闘はしなかったはずだ。彼女自身、温暖な惑星の出身でウィンタースポーツの経験も無い」


「寝たのか?」


 好奇心剥き出しでマットが反射的にそう尋ねた。


「いや、処女には興味が無い。ま、直接、聞かなくても知ってる子はたくさんいるよ」


「まったく何者だ。お前……」


 呆れてみせるスカーレットを、マットがまじまじと見つめていた。


「な、なんだ。その目は……?」


 スカーレットの問いにマットは一つ肯きつぶやいた。


「処女か」


「うるさい、黙れ!」


「立ち上がるな、スカーレット。やられるぞ」


 掩体から飛び出そうになったスカーレットを制止してからミロは続けて言った。


「有り難うカスパー。それで合点がいった。攻略法が思いついたぞ。みんな耳を貸せ」


 ミロはスカーレット、カスパー、マット、アフカンを集めて、今しがた考えついた作戦を伝えた。


「ちょっと待てよ。ミロ。それじゃ俺たちは囮みたいなもんじゃねえか!」


「そうだ、私も反対だ。向こうは教師に手を回すような真似をしてまで、お前を追い込もうとしたんだ。正面から打ち破って、痛い目を見せてやらなければならない」


 意外な事にマットとスカーレットが同調して反対した。


「いや、それでいい。向こうは俺を挑発してるつもりなんだろう。それに乗ってはむしろ思うつぼだ」


「俺も賛成だ。今はこのミッションを成功させる。それこそがあいつの面子を潰す事になる」


「僕もアフカン先輩に賛成だね。向こうに合わせてやる事は無い。勝てばいいんだよ、勝てば。昔の人も言ってる。世の中、勝った者の勝ちだってね」


 アフカンとカスパーにそう言われて、スカーレットも落ち着きを取り戻したようだ。


「分かった。それもそうだな」


「はいはい、どうせ俺はケンカしか能がありませんよ。こういう面倒なのはお前に任せるぜ、ミロ」


 マットの答えを確認してミロは肯いた。


「よし、それじゃ他の隊に連絡を取る。了解が取れたら決行だ」

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