03-06:「俺はこう見えても、結構、要領がいいですから」

「……お前が首謀者か」


 何とか乱闘を止めた教師たちは、上級生、新入生ともに正座させてから事情を聞き、発端となったと思われる生徒をそう問い詰めた。


「だから違いますって、先生。最初に上級生を蹴り倒したのは俺、俺ですよ。マット・マドロック!」


 中腰になってマットが激しく自己主張してみせた。自分で責任をかぶろうとしたわけでもない。上級生に反抗の先陣を切ったのは自分だと言いたい、要するに自己顕示欲のようだ。


「うるさい、黙れ! 話を聞くと上級生を挑発したのは、お前としか思えん。そうだろう。ミロ・シュライデン」


「否定はしません」


 正座したまま涼しい顔でミロは答えた。その態度もさることながら、教師は別の事に興味を覚えていた。


 上級生、新入生構わず乱闘に参加した人間は、多少なりともどこかに怪我をしている。中には正座すら出来ずに呻いて横たわってる生徒もおり、マットやアフカンも顔や手足に擦り傷を負っている。


 しかしミロは目に見えた怪我はない。乱闘に参加してなかったわけでも無く、実際に教師たちもその様子を見ていた。


「ミロ。お前だけ、なぜ怪我をしていないんだ?」


 そう尋ねられてミロは少し笑った。


「俺はこう見えても、結構、要領がいいですから」


 しれっとしてそう言うミロを、上級生たちが睨み付けた。


「だからといって、あの乱闘の中でどうして怪我の一つも無く切り抜けられたのか。俺は武道の教師としても、興味があるんだがな。こつでもあるのか、ミロ?」


 尋ねる教師にミロは即答した。


「先輩方が手加減してくれたのでしょう。こんな奴が格闘技など出来るわけがないと。それが幸いしただけですよ。それに友人にちょっと心得がある者がいましてね。そいつに教えて貰いました」


 なるほど、それはそうかも知れない。華奢とまではいかないが、長身痩躯のミロはそれほど運動が得意そうに見えない。


 ましてや格闘技、いやケンカなど縁が無さそうだ。


 しかし乱闘の中でミロが的確に相手の急所を突き、えげつない程の攻撃で上級生を倒していくのを、教師たちはその目で見ていた。

 どうやらそれは偶然ではなかったようだ。誰が教えたのかは知らないが、これは格闘技というよりはケンカの技術だ。


「そうか……。だがケンカはケンカだ。放置しておく訳にもいくまい。怪我をしている奴以外はグランド五周だ。……新入生だけじゃないぞ、お前らも同じだ。行け!!」


 話の途中でしたり顔を浮かべた上級生たちだが、教師が付け加えた台詞で不服そうに言葉を返した。


「でもよ、先生。こんなの毎年やってる事じゃねえか! 俺たちも去年やられたし、これじゃやられ損だ!!」


「ふざけるな! 毎年やってるというが、その度に怪我人が出てるのを知らんと思ってるのか。いい機会だ。悪習はこれでおしまいにしておけ。分かったな、分かったらさっさと走れ!!」


 すでにミロたち新入生はグランドへ向かって走り出していた。上級生たちも不承不承それに続いた。同僚が自分では歩けない怪我人を救護室へ連れて行くのを確認してから、その体育教師はつぶやいた。


「ミロか……。面白い生徒だ。しかし一個人としては危険すぎる。本人もそれは分かっているようだが……」


          ◆ ◆ ◆


「危険すぎます!」


 アーシュラ・フロマンは自治会役員室の机をどんと叩いて言った。


「ミロ・シュライデンという生徒は、学園の秩序を乱そうとしてるとしか思えません。新入生らしく大人しく授業を受けていればいいのに、余計な真似をやり過ぎだ」


「そうかしら? 私の周りでは結構、評判がいいんだけど」


 自治会長のカスガ・ミナモトは小首を傾げてそう言った。


「カスガの周囲にいる人たちの見方は偏りすぎです! 私の知人、友人にはミロ・シュライデンをよく言う人間はいません!」


 アーシュラのその言葉には即座に答えず、カスガは無言で副会長のキース・ハリントンへ視線を送った。


「ちゃんとデータを取ったわけではありませんが、評価が分かれているのは事実です。貴族と市民、上級生と新入生の区分を無視した行動が目立ちますからね。帝国が厳格な身分制度を取ってる以上、学園内でもそれは堅持すべきです」


 キースはそう答えた。


 そもそも自治会役員が一新入生について議論する事がまずおかしい。異常とも言える。


 しかしアーシュラのようにミロのやり方に異を唱える生徒たちからのクレームが無視できない数になっているのだ。


「そもそも文句ならミロくん本人に言えばいいのにね」


 カスガのその言葉にアーシュラとキースは顔を見合わせた。


 カスガは二人のその態度に気付いて尋ねた。


「どうかした?」


「その……、なかなか言い出しにくい雰囲気なんですよ」


「例え面と向かっていっても、適当に言いくるめられるそうです。カスガ」


 二人のその返答に、カスガから柔和な笑顔が消え、一瞬、表情が険しくなった。


「あなた達は直接、ミロとお話をした事が有るの?」


 側にいる事が多い二人には分かる。いつもと同じ口調に聞えるが、カスガは明らかに苛立っていた。否、怒っていたのだ。


「それは、その……。今まで機会が無かったもので……」


「向こうは新入生です。こちらから出向く事はありません」


 キースとアーシュラは慌てて弁明する。弁明ついでにアーシュラはさらに付け加えた。


「この前も言ったでしょう、カスガ。私が化けの皮を剥がしてやります。準備は出来ました。見ていてください。ああいう奴は一度痛い目を見せてやれば、あとは大人しくなるものです。私に任せてください」


 そう言うとアーシュラは自治会室を出て行ってしまった。


「なんか、随分やる気ですね。アーシュラさん」


 アーシュラを見送りアマンダは言った。


「やる気というよりは焦っているんだよ」


「焦っている? なにを?」


 黙っているつもりだったのだろうか。うっかり口にした言葉にカスガが聞き返したので、キースは少し罰の悪い顔をしたものの答えざる得なかった。


「この前、一般課程の新入生相手に射撃の戦闘教練をやったんですよ。彼女。でもある生徒に一方的に負けてしまって。それで苛立っているんです」


 キースのその言葉にカスガとアマンダは目を丸くした。


「射撃演習でアーシュラが負けたの?」


 親が趣味としていた事も有り、アーシュラは射撃に関してはかなり腕前だ。士官候補生コースでもトップランクと言っても良い。プロの軍人、ハンター並とさえ称されている。


 校内の模擬戦、実習でも負け無しと言われていた程だ。


「その生徒というのが、ミロの取り巻きフォロワーズなんですよ。確かホークだかイーグルだか、あからさまに偽名みたいな名前で……」


「ホークアイね。ブリット・ホークアイ。確かにうさんくさい名前ね」


 カスガは手元の端末でデータを確認した。ディスプレイに表示されているその顔は、到底、十代には見えない。軽く十歳はさばを読んでいてもおかしくない。


 取り巻きフォロワーズと一緒に入学してくる貴族出身の生徒は珍しくない。事実、カスガにも少なからぬ取り巻きフォロワーズはいる。


 だがミロの取り巻きフォロワーズたちは、どれもこれも一癖二癖はありそうだ。カスガは何気なくミロの取り巻きフォロワーズのデータを見ていた。


「……会長」


「わ、びっくりした」


 出し抜けに声をかけられてカスガは驚きを隠せなかった。それもそもはず。いつも経理の計算に専念していて、周囲にはろくに気を払わないグレタ・ピアースがいつの間にか横に来ていたのだ。


「……こいつ、知ってます。名前だけですけど」


「この生徒?」


 グレタが指さす先には妙な男が映っていた。売れないコメディアンのような派手な服装におちゃらけた表情。到底、学園に提出する身分証明写真とは思えない。場末のショーパブの方がお似合いだ。


「キャッシュマン・バンク。辺境で高利貸しをやってる一族です。代々キャッシュマンを名乗る決まりで、多分こいつは七代目くらいだと思います。一年くらい前にあくどい商売は止めて、まっとうな金融業者になったと聞いてます」


「へえ……」


 カスガは感心するが、よく考えればグレタの親ピアース男爵も金融業で財をなしている。要するに同業者なのだから、娘にも色々と情報は入ってきてるのだろう。


「射撃の名手。高利貸しの息子。やれやれ、ろくな奴がいないな。ミロは学校で戦争でも起こすつもりか」


 キースは嘆くが、カスガは密かに笑った。


「そうかも知れないわね……。ふふふ、楽しみだわ」


 意外なカスガの反応にキースとアマンダは顔を見合わせ、そしてグレタはまた金の計算に戻っていった。

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