第47話『唯一無二』

 女の子をしっかりと抱きしめ屈んだルイの頭上を、車の車体が舞い、目の前を塞ぐように落下する。


 ガラスの破片が体にぶつかり、痛いほどの風が荒ぶ。ルイは背後を振り返った。



「『騎士型ナイト』……大方、Cランクってところね……」



 人の見た目を模し、頑強な純白の鎧に身を包んだ全長3メートルほどの怪物。


 鎧すら、その不気味な怪物の生命の一部。兜から浮き出た乱杭歯だらけの巨大な口が、ルイを認識してカチカチと音を鳴らす。

 目も鼻もない、口だけのまさに異形らしい相貌。


 腕の先は手ではなく剣の如く尖り、ギザギザの刃の周りを可視の風が渦巻いている。

 怪物とルイの間の地面には亀裂が走り、亀裂の通り道にあった車はもれなく真っ二つになるか爆発して消し飛んでいる。


 マズい。シェルターまではまだ距離がある。


 怪物が剣と癒着した腕を振り上げる。ルイが身構えた瞬間、巨大な体躯に似合わない速度で、怪物が肉薄を終えていた。



「嘘」



 ルイは反射的に、本能的に横合いに向かって飛び出した。

 叩きつけられた刃から、暴力的な風が膨れ上がる。地面を亀裂が縫い、そこから噴き出した緑の風が車を吹き飛ばし、切り刻み、叩きつけられた風圧がビルの窓を吹き飛ばす。

 少女の悲鳴がガンガンと鼓膜を揺らす。


 少女を庇うように背中から地面に落ちる。

 揺らぐ視界に、怪物の陰。


 突き。


 ルイの顔面目掛けて放たれたそれをルイは寸でのところで飛び出してかわした。


 しかし、今度は風圧をもろに背中に喰らい、彼女の体は宙を舞う。


 この子だけは守らなければ、その一心で背中を地面に向ける。先の惨劇を生き延びた車のボンネットに叩きつけられるが、少女に怪我はなさそうだ。


 今の一撃は都合がいい。 吹き飛ばされたが、結果的に距離は取れた。

 


 ルイは抱いた少女を下ろし、頭を撫でた。



「いい? あそこまで全速力で走って逃げるの。大丈夫、あなたは強い子よ。あなたには、指一本も触れさせないから」



 駅の方を指差す。


 ルイの最後の強い言葉に、少女は、嗚咽を漏らしながらも頷いた。


 少女の背中を軽く叩き、先へ促す。少女が走っていくのを見送ると、ルイは深く息を吐き、立ち上がりながら不気味な怪物を明確な敵意を以って睨み付けた。


 少女が逃げるまで、またはFNDが駆け付けるまでは、時間を稼がなければいけない。



「……戦うしか、ないか」



 ルイは懐から青色の鍵を取り出す。握った拳がわずかに震え、汗が滲む。

 それでも、この怪物をこのままには出来ない。



「『共鳴れ』」



 鍵が青く発光し、震える。怪物が腕を横に振るい、可視の鎌鼬が半円を描きながらルイへと飛来した。


 鍵の震えがさらに大きくなり、やがてルイの手を飛び出して自律的に宙を動き、風を迎え撃つ。

 鍵と風がぶつかるが、鍵はその拮抗に難色を示さない。

 風がその場で爆散すると、鍵はルイの元へと舞い戻り、その周囲を遊泳する。



《『唯一無二Like no other』、Caution》



 ルイは手を正面に翳す。その手のひらが、怪物の姿を隠した。鍵が俄かに動き出してルイの起動装置に吸い寄せられ、刺さる。



《接続》



 ルイの翳した掌に、青き球状の雷が現れる。

 雷は棒状に引き伸ばされ、やがて一振りの刀へと物質化する。刀を握り締めた刹那、体へ一気に力が巡る。


 刀を横へ薙ぐと、周囲に幾多の雷が落ちる。地面を砕き、地面と青白い火花を打ち上げる。

 ルイのワンピースが、露出の多い和装へと切り替わっていく。



《Welcome to Fiona server》



 雷が晴れる。


 打ち上がった火花が、さながら桜のようにひらひらと少女の周りを落ちていく。


 短いスカートの下で晒した足に、滾る暴力の兆しがオーバーヒートしないようにと風が吹き込む。

 露出した腹に力を入れ、切っ先を今も肉薄をしようとする怪物へ。



「覚悟しなさい」



 怪物が今一度風を巻き起こし、ルイへ牙を剥ける。


 腰を引き、居合の構えを取る。一閃。


 放たれた龍の如き雷の一撃が拮抗を生むことなく風を喰らいつくし、そのまま怪物へ向かう。

 黒煙が広がるが、中から間髪入れずに殺気。醜悪な鎧がルイへと疾駆する。



「……単調。まぁ、槍から生まれた空気の分際にしては、やるかもね」



 怪物は挑発に乗ることはない。

 ただ明確な殺意を以って、ルイに腕を振るう。


 真上から叩きつけられた腕を防ぐ。青白い稲妻と暴風が渦巻くが、戦意は曇らない。



「ふッ!!」



 ルイは刃を滑らせ、力任せの一撃をいなす。返す刃で、怪物の腹を斬り裂いた。


 怪物が数歩よろめき、倒れる。上半身と下半身が別れを告げた。


 『トウカツ』は外皮も異常に固く、膂力もCランクと言えど人間とは桁違いだ。


 本来人間一人で戦えば待ち受けるのは一切の死のみ。


 ただ、この鎧の化け物は、挑む相手を誤ったのだ。人間にも怪物がいることを、この鎧は知らなかった。



「早乙女家を、いえ――私を、舐めんじゃないわよ」



 ルイは無残な死体に吐き捨てる。

 その背後で、爆発。


 ビルの5階ほどから、大量の炎と共に巨体が飛来する。

 もう一体、今度は炎か。

 ルイは今一度柄を握る手に力を込める。


 ……それと、同時。



「――――!!」



 ルイの心臓が、跳ねた。

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