第45話『メインヒロインからの相談 その2』
「あの、私、実は、好きな人がいるんです」
「…………ほう?」
「その人とは深い愛を誓い合った仲なんです。でも、紆余曲折あってお互い離れ離れになってしまって。もう一度会えたのはいいんですが、何分環境が変わってしまったのもあり、向こうはあのとき愛を誓った私だと気づいていないんです」
蒼の動揺を他所に、スイッチの入った琴音は小さい声ながらハッキリと喋り続ける。
「しかも、彼ったら、沢山の女性に囲まれて、皆に想いを寄せられているんです。もちろん、彼はとても優れた人ですし、優しいですし、男気のある人ですが、あろうことか周りの魅力的な女性たちに囲まれて、ヘラヘラと……!! それはもう、ムカついてムカついて……!!」
拳を握り締め歯噛みする琴音。それでも上品なのがすごい。
主人公に対する読者の評価と主人公に対するヒロインの評価にズレがあるのはこの際置いておこう。
それより、まさかの恋愛相談をされているという事態に、蒼は眉を掻いた。
彼女の相談は一見普通の恋愛相談に聞こえる。子どもの頃に結婚をしようと誓ったが向こうはそんなことを忘れて大人になってしまった、とか。
しかし実際は、そういう次元ではない。
白峰 琴音。彼女がメインヒロインであることには理由がある。
彼女は名を二つ持つ。もう一つの名はシーシャ=エルグ=オグル=ラステリア。
ハヤトが元いた世界で、彼と恋仲にあったラステリア大帝国の第三王女、その人である。
彼女もまた、死に別れたと思ったハヤトを追い求めて魔法を研究し続け、鏡合わせのこの異世界に転生してきたのだ。
ハヤトと違うのは、違う人間の魂に宿る形の転生であるため、魔法も使えず見た目も変わってしまったことである。どちらかというと蒼のそれに近い。
これは、とんだ恋愛相談に巻き込まれたものだ。
「それって、自分が昔のあの人ですって説明すれば分かってもらえるんじゃないかな?」
「ええ。私もそうしようと思いました。土砂降りの高架橋の下、夕暮れどきの公園、夜景を見渡せる展望台の上、様々なシチュエーションで、今だと思ったタイミングで打ち明けようと思ったんです……! なのに、何故かいいところでいつも邪魔が……!!」
「あぁ~……」
蒼は同情の声を上げる。
セカゲンという物語は、琴音とハヤトのすれ違いも物語の趣向として存在する。
ハヤトがシーシャであることを認識するのはまだまだ先であり、それまではあれやこれやと妨害イベントが発生しまくるのだ。
事実は小説よりも奇なりですね、などと言う琴音が少し可笑しい。
「私、そんなこともあって、素直になれないし……嫌われたらどうしようって。他の子たちに負けないように、私ももっと好かれるようなことをしたい、そう思うのに、彼を前にすると、どうしても上手く出来ず……」
清楚で上品、誰にでも優しく接する完璧な美少女である琴音が、ハヤトの前では素直になれず、抜けた面も見せる。
このギャップが、彼女が読者に好かれる理由だ。
蒼からしてみれば、ストレートなツンデレ枠のルイと立ち位置がやや被るので複雑である。
「小波くんは、いつも早乙女さんに真っ向から愛を伝えていますよね。本当に尊敬します。私、どうして小波くんがそんなに自分の気持ちに素直になれるか、知りたいんです」
琴音はまっすぐ蒼を見つめる。
やはり元々王女をしていただけあって、その目に宿る力は強い。蒼は、王女に謁見する使者の如く恭しく、慎重に言葉を選ぶ。
「そうだね……俺は、ただ、後悔したくないんだ」
「後悔?」
「ルイに話しかけ続けるのは、楽なことばかりじゃない。恥ずかしい気持ちとか、嫌われる恐怖とか、断られる不安とか、今だってなくなったわけじゃない。でも昔、何もしなかったことで味わった後悔に比べたら、何も怖いことじゃないって思うよ。それは、凄く恐ろしいことなんだ。死ぬ間際に、二度と帰れない場所に何か大きなものを置いてきたら、もう触れることは出来ない。永遠のように長い死の一瞬前で、無限に後悔することになる」
濁った蒼穹と、見向きもされず、孤独に潰えた最期は、今でも写真のようにはっきりと浮かぶ。
前世に思いを馳せることが未だにあるが、もう手の出せないあの場所は、苦い記憶として、そして今も漲る原動力として、脳裏にこびりついている。
「この人生に、絶対に後悔は残したくない。俺はルイが好きだから、体が粉になろうと、この愛を諦めない。………………て、ご、ごめんッ、変なこと言ってたよね?」
「いいえ……とても、とっても、素晴らしいです」
琴音は指同士を軽くくっつけて笑う。その視線に確かな尊敬の念を見出し、蒼は照れ臭さを隠すべくコーヒーを流し込んだ。
苦い。しかし、苦みが新しい言葉を喉の奥から引っ張り上げる。
「でも、これは俺の話だよ」
「?」
「白峰さんは、そのままでいい」
琴音は首を傾げる。
髪がふわりと揺らぎ、きらりと白銀の光を反射する。
「白峰さんはそのままで大丈夫。白峰さんの気持ちは必ず届く。あなたはとても素敵な人だ。皆がそれを分かってる。あなたの好きな人は、今もあなたのことを愛しているはずだよ。無理に変わろうとしなくても、必ず白峰さんはまた愛される。俺の占いじみた言葉は当たるって、よく言われる」
最後の言葉は方便だったが、琴音は蒼の目を見て微笑む。
まるで天使のようだと思いながら、残酷だ、そんな言葉もまた過る。
蒼が言ったことは事実だ。
琴音は、物語のレールにいる以上、必ず報われる。
彼女はメインヒロインであり、ハヤトの愛を受けるのもまた彼女一人なのだ。
反面、物語のレールにいる以上、他のヒロインたちは他の男に靡くことなく最後まで報われぬ片思いを続けることが確定している。
未来を知っているからこそ、何とも言えない気持ちになる。そして蒼は、その不動の恋に挑まなければいけない。
「じゃあ。俺はそろそろ行くよ」
「もう行かれるんですか? もう少しお話を聞きたかったです」
「ああ。白峰さんみたいな美しい人と噂になったらたまらないからね」
気取った台詞を言いながら蒼は立ち上がる。本当のところ、もう待ち合わせの時間だ。
レジに向かう気配を察して、店員がスタンバイする。
レシートを手渡した。
「お支払いはどうなさいますか?」
「一緒で」
「別々で」
隣を見ると、いつの間にか隣にいる琴音が水色のカードを提示しようとしている。
「噂になりたくないなら、割り勘の方がいいですね」
「抜け目ないね、白峰さん」
「でも、友達として噂になるなら大歓迎です。またお話聞かせてください」
顔を合わせ、笑う。
別々に会計を済ませ、蒼はカフェを後にするのだった。
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