第43話『デートの最後は、ほろ苦く、甘い』
蒼はルイの見る先を追う。
ハヤトだ。隣には、琴音がいた。
二人とも着飾った私服で街を歩き、恋人同士が邂逅を果たしたような親しさが溢れていた。ああいうのを、デートと呼ぶのだろうか。
主人公とメインヒロインが仲よくするのは当然のこと。読者にしてみれば、彼らの恋路は約束されているも同然。
だが、それは実際、他の主人公を好くものにとっては過酷な現実である。
ギャグテイストの嫉妬で描かれることも多かろうが、片思いの相手が別の誰かと楽しそうに街を歩く辛さを、蒼は知っている。
蒼は沈むルイの顔を見る。
揺らぐ瞳は今、何を考えているのだろう。
彼女が考えている間にも、夕日がゆっくりと沈み、街並みは穏やかな藍色を増やしていく。
「…………ごめん」
しばらく俯いて考え込んだ後、ルイは言った。
蒼は首を傾げる。
ルイは頭を下げてから、「ごめんなさい」と蒼の目を見て言った。
「私。……好きな人が、いるの」
本人の前で口にしたことがないだろう言葉を、ルイは紡ぐ。
ルイは罪悪感を目に沁みさせながら蒼を見た。
「私、あなたのこと変な奴だと思うけど、嫌いじゃないわ。むしろ、全く褒められることなく生きてきた私に、あなたの言葉は心地よかったんだと、思うの」
「うん」
彼女の言いたいことは何となく分かったが、素直になれない彼女が珍しく語る本音を前に、自分の意見を挟む真似はしない。
「あなたは私のこと、好きって言ってくれた。でもそれって、私と友達になりたいって意味じゃないでしょう? 私には好きな人がいて、あなたの気持ちには応えられない」
優しく相槌を打って、言葉の続きを待つ。ツインテールがどこか萎れているようだ。
口元が微笑みそうになったのを、今は抑えておく。
「だから、あなたのことを突っぱね続けるべきだったかもしれない。自分でも今気づいたの。どうしてあなたと一緒に帰ろうと思ったのかって。私は、気持ちに応えることも出来ないくせに、私を認めてくれるあなたという存在に、自分を満たすことを求めてしまったのかもしれない。それって、自分勝手で、不誠実だと思うの」
ごめんなさい。彼女はまた頭を下げる。
「私は自分のためにあなたの気持ちを利用して、踏みにじってしまった。あなたにぬか喜びをさせてしまった。最低よ」
「そうかな」
「本当にごめんなさい。何と言ったらいいか」
ルイは俯く。長い沈黙が訪れ、ジャズのメロディが穏やかに流れていった。
蒼は口元の笑みを隠すように、コーヒーの最後の一口を飲み干した。
――まったく、この子は。
――なんて愛おしいんだろう。
「そろそろ帰ろうか」
「…………ええ」
カードを翳して早々と会計を済ませる。中天は藍色と茜色に分かたれている。
二人並んで大通りを歩く。
「困るなぁ」
蒼がおどけた言葉とともに立ち止まり、遅れてルイも立ち止まり、振り返った。
「ルイは本当に俺を好きにさせるのが上手だ」
「な……!」
カッコつけている自覚がある。
夕日はいい照れ隠しの化粧になってくれた。涼風も、頬の熱を逃がしてくれる。
「俺のことを考えてくれて、本当に嬉しいよ。一番じゃない相手のことであってもちゃんと考えられる、それがルイの美徳だ。でも、ルイが申し訳なく思うことは、何もない」
広い通りには、人通りもまばらにある。だが、今の蒼には、ルイと自分、その二人しか存在しないような気がした。
「だって、これまでの日々で、俺のこと、ちょっとは好きになってくれたでしょ?」
ルイは無言で下に視線を向けた。
時が数秒を刻んだ後、「それは、そう……かも、しれないけど」と、遠慮がちにルイは頷いた。
「ルイが自分勝手に俺を使ったんじゃない。俺が、ルイの懐をこじ開けたんだ」
蒼は笑う。
「ルイに好きな人がいるのは知ってるよ。その人をどれだけ一途に愛しているのかも分かってる」
ルイの熱情、それを作者は鮮烈に書き記していた。
幼少期から募らせた揺るがぬ愛情……自分が立ち向かうべきものの大きさを、蒼は理解している。そして、自分の中に滾る、目の前の少女への誰よりも大きな愛も。
「だけど、俺だって負けてない。ルイを世界で一番幸せに出来るのは自分だと思ってる。必ずルイを振り返らせてみせる。今日デートしたのも大きな一歩だ」
「……デートじゃないってば」
ルイは腕を組んでさらに目線を反らす。が、口元には少しの笑みがあった。
「俺のことをちょっとでも好きになってくれたなら、そして俺のことを思ってくれるなら、俺を突き放すんじゃなく、俺と一緒にいてくれ。たとえ、一生ルイが好きな人間を愛し抜くと誓ってても。その気がないのなら、その気にさせる」
ルイは、蒼の目を見つめる。何て、可憐で雅な青の双眸なのだろうか。
蒼は逸る鼓動を抑えながら、力強く言い放った。
「勝負してくれ、早乙女 ルイ。きみの一途な恋と、俺の一途な恋、どっちが勝つかを」
雑踏の音のみが流れる。
車が行き交い、自転車に乗った学生たちの声が近づき、遠のく。ルイの背後から風が流れ、金のツインテールが蒼のほうへと靡いた。
ルイは髪を手で押さえ、蒼の目を見つめ続けた。
「…………私、アンタが思ってるより一途よ?」
「俺だって負ける気はないよ。俺はルイのことが誰よりも好きだ」
蒼とルイは不敵に笑う。
「自信家ね。やれるものなら、やってみせてよ」
「上等、俺は何があっても諦めないよ」
ルイは振り返り、さっさと歩いていく。蒼は大股で歩き、すぐに彼女に追いついた。
「アンタ、すごいわね……超変な奴だけど」
「俺がすごいんじゃない。 俺にそこまでさせる魅力を持ったルイがすごいんだ」
「バカ」
二人は笑う。
夕日は沈みかけているが、それに照らされたルイの顔は明るく見えた。
「送っていくよ」
「同じところに帰るのに何言ってるのよ」
そんな会話を交わしながら歩いていると、すぐに寮の前へと着いてしまっていた。
空には優しい夜の帳が下りている。いつの間にか、都会の光に負けじと小さな点を浮かべる星がいくつか見えるようになっていた。
「じゃあ、また」
「ええ」
ルイがツインテールを揺らしながら女子寮に歩いていく。何とも言えぬ寂寥感を蒼が胸に抱えていると、ルイが振り返った。
「悪くないデートだったわよ」
「えっ?」
完全に虚を突かれた蒼。
ルイがいたずらっぽく笑い、言った。
「バーカ。嘘よ。そんなんじゃ先が思いやられるわね」
してやられた。だが、転んではただでは起きない。
「愛してるよ!」
「んなッ!?」
蒼は大きな声でそう言った。未だ女子寮に足を向ける学生が多い中でだ。
「公衆の面前で何言ってるのよアンタ!!!!!!!」
鬼の形相のルイに追いかけられながら、蒼は男子寮に逃げ帰るのだった。
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