第19話『遂に来たる、主人公の御前』

 CJCベスト4、岩槻 厳が一回戦で敗北。

 倒したのは亜種の適性を持たないSクラスの少年。この話題は、瞬く間に学校を駆け巡った。


 だが、その話題は長くは持たないだろう、と蒼は思う。

 これから、Fクラスの少年が更なるどんでん返しを起こすのだから。





 如月 ハヤトは蒼の一回戦よりも先に試合を終えているので、賭けの相手が負けた時点では既に二回戦への出場を終えている形だった。

 その勝因と言えば、対戦相手三人の『煌神具』の制御不能による暴走。


 亜種の『煌神具』は制御が難しいとはいえ、こんな偶然あるのだろうか。明らかに物語の見せ場を残す形に、蒼は苦笑いを浮かべた。


 あれから蒼が戦った闘技場は迅速に整備され、蒼は再び同じ闘技場に立つことになった。

 このだだっ広い闘技場が岩槻を一撃で沈めた蒼への配慮だと思うと、嬉しいものがある。



(観客がさっきより多いな……)



 中天に昇った陽射しに目を細めながら蒼は観客席を見渡した。朱莉、刹那、霧矢の三人が蒼に手を振っていたので、照れる気持ちと嬉しい気持ちに顔が赤くなるのを感じながら、蒼は応える。



「こらハヤトー!! しっかりやりなさいよ!! 手を抜いたらはっ倒すわよ!!」

「そーだそーだ!! このまま優勝まで一直線だよー!! 負けたら全身ガムテープ脱毛だよ!!」



 ハヤトに脅迫じみた声援を送っているルイとセナ。やはり彼女たちは応援するだけでも存在感がある。


 他の二人の対戦相手はCクラスとAクラスの少女だ。二人とも蒼に警戒の視線を向けているが、その視線を向ける相手を完全に間違えている、と思う。


 蒼は深呼吸し、瞼を開いて正面で欠伸を噛み殺しているハヤトを見た。



「……何だか、感慨深いな」



 モブに始まり、主要キャラとの繋がりが皆無だった蒼。そんな彼が、今世界の中心にいる少年と相まみえようとしている。

 今でも蒼の位置づけは生徒Aなどであろうが、これまで辿ってきた道を思えば、遥かに近づいてきたはずだ。


 ハヤトと視線がぶつかる。彼はかつて、蒼自身であり、憧れでもあった。

 飄々として出しゃばらず、それでいて仲間の危機には颯爽と駆け付け、壮絶な過去を持ち、強く、人望もあり、周囲には魅力的な女性が多くいる。


 少年のときの理想を前に、蒼は自分があのときよりも荒みながら大人になったことを実感する。



「俺はお前にはもう縋らない。自分の夢は、死ぬ気で努力して自分でつかみ取る」



 蒼は懐から青の鍵を取り出した。教師が号令をかけ、全員が超常への鍵を構える。


 ハヤトは一応『煌神具』を取り出しているが、それを使う気がない。

 岩槻という倒さなければいけない相手がいない今、ハヤトがとる行動は、降参一択だろう。


 元より『煌神具』が使えないハヤトは、怪しまれないためのカモフラージュとして『煌炎』の『煌神具』を身に着けているだけだが、見れば分かる。彼は戦う気がない。



「……そうはさせない。俺に付き合ってもらうぞ。『共鳴れ』」

《『煌炎』、Caution》

『さぁ!! 聖雪高等学校学年別トーナメント二回戦が始まろうとしています!! 今回は今朝の一回戦から話題沸騰のダークホース、小波 蒼くんがリングに立っています!』



 何と、二回戦からは実況付きのようだ。これもハヤトの活躍を盛り上げる舞台装置なのだろう。



『彼はなんと、白峰 琴音さんに次いで二番目の注目株、岩槻 厳くんを一撃で沈めるという驚きの力を見せつけています!! 調べによると、彼は去年のCJCでベスト8!!  しかも! しかも亜種の『煌神具』を使わずのベスト8ですよ!! すごい!』



 何だか照れ臭いなぁと思っている間にも実況は次の選手の説明に移る。対戦相手の少女たちは、いずれも両親がFNDに所属している名家であった。



『さて最後は!! Fクラスの如月 ハヤトくん! とくに説明することはありません!! この強者ぞろいの中で、大きな怪我だけはしないでいただきたい!!』

「何よその実況!!」

「そうだよ! せめて月に一回は女風呂の覗きしてるって説明はしてよ!!」

「やってねぇよ!」



 幼馴染三人がやんやと言い合っているが、無名という評価にハヤトは満足そうだった。


 その間にも、蒼の体は炎に覆われていく。



《Welcome to Fiona Server》



 体に力が灯る。 後は開始の合図を待つのみ。



『それでは――』

「……悪いな。お前のスローライフは、ここで終わりだ。俺が何もしなくてもそうなってたんだ、恨むなよ」



 目を閉じて集中を体の内側に落とし込む。

 歓声が遠のき、対戦相手の息遣いや足先が立てるわずかな擦れる音だけが耳に入ってくる。


 そんな涼とした静けさを打ち破るように、教師の声がマイク越しに弾けた。



『はじめッ!!』

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