12.静かな屋敷

 しばらくして、馬車はメーカム辺境伯の屋敷に着いた。

 外観としては、特に変わった所はない。普通の屋敷だ。

 だが、中に入ってから、私はその屋敷の違和感に気づいた。なんというか、この屋敷には人の気配がないのだ。


「お帰りなさいませ、フレイグ様」

「ああ、ただいま」


 私達を迎えてくれたのは、三十代くらいに見える執事さんと同じく三十代くらいに見えるメイドさんだった。

 一応、主人が婚約者を連れて帰ってきたのだが、出迎えたのは二人だけ。別におかしいことではないのだが、屋敷の静けさも含めて、どうも違和感がある。


「フレイグ様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「もしかして、この屋敷の使用人は二人だけなのですか?」

「ああ、そうだ」


 私の疑問に、フレイグ様はすぐに答えを返してくれた。

 やはり、この屋敷の使用人はこれだけしかいないようだ。たった二人、それは驚くべきことである。

 普通に考えて、使用人というのはもっとたくさんいるはずだ。二人だけでは、色々と手も回らない所もあるだろうし、流石に少なすぎるのではないだろうか。


「たった二人だけなんですか?」

「そうだが……」

「それで、大丈夫なんですか?」


 私は、質問をしながら二人の使用人の方を見た。すると、二人は苦笑いを浮かべている。

 その表情は、あまり大丈夫ではなさそうだ。


「まあ、二人だけというのは大変です」

「ええ、ただ、それでもなんとかなっていますので……」


 私の質問に使用人達は答えてくれた。

 なんとかなっている。それは、大丈夫とは言い難いということだろう。

 それは当たり前である。どうして、こんな無茶な体制なのだろうか。別に、フレイグ様もお金に困っている訳ではないだろうし、二人だけしか雇わない意味がわからない。


『フレイグにとって、信頼できるのがこの二人だけなのさ……おっと、俺の言葉に応える必要はないからな?』


 そんな私の疑問に答えてくれたのは、フレイグ様の隣に今も漂っているラフードだった。

 言われた通り、私はできるだけ反応しないようにする。また変な目で見られても、困るからだ。


『色々とあったんだよ。こいつはさ、両親を早くに亡くしただろう? 辺境伯といっても、まだ子供だったこいつには、悪い大人が寄ってたかってきたのさ』


 ラフードの言葉を聞いて、私はある程度の事情が呑み込めてきた。

 考えてみれば、それはあり得る話だ。両親を急に失ったお金持ちの子供。そんな彼を利用しようとする者がいるというのは、嫌なことだがとても想像できる。

 それによって、フレイグ様は他人を信用できなくなった。そんな彼が信じられるのが、この二人だけ。確かに、それなら使用人の数が限られていても納得することができる。


「……」

「どうした?」

「いえ……」


 フレイグ様は、私の疑問に答えようとはしなかった。

 それはそうだろう。彼本人から、先程の事情を話せるとは思えない。そんな苦い経験を婚約者とはいえ、まだ会ったばかりの私に話すのは躊躇うだろう。

 それをいつか本人の口から聞けるように、私は頑張るべきだ。そんなことを思いながら、私はフレイグ様に屋敷を案内してもらうのだった。

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