第27話 王都出立
アルフォンスに旅の話を持ち込んでから、おおよそ一週間。その間はいつものようにガリ王国の中で魔法の紋様を探したり集めたりしていたわけで、いつ来るか、いつ来るかとそわそわしながら仕事をしていたものだ。
そしていつものように朝起きて、朝食を取るために食堂に向かう俺だ。
「ふわ……」
あくびを噛み殺しながら食堂の扉を開けると、朝食を選ぶ人の列から俺に声がかかる。俺もすぐに誰か分かった。シルヴィとエタンだ。
「あ、おはようマコト」
「起きたか」
「あ、おはようござまっす」
挨拶を返しながら、俺も列の最後尾に並ぶ。魔法研究所の所員食堂はバイキング形式だ。いくらかのメニューがテーブルに並び、そこから好きなものを取って席で食べる。まさか異世界でもバイキングが出来るとは、正直思っていなかった。
丸パンを二つとオムレツ、ボイルしたソーセージと豆のサラダを皿に取り、大麦茶を貰ってシルヴィとエタンが座る席に向かう。俺が席に着くと、既に食事を始めていたシルヴィがパンをちぎりながら俺に言ってきた。
「そうそう、聞いた? 復元班の人員の調整、やっと出来たんだって」
「えっ、マジっすか?」
シルヴィの言葉に俺は目を見開いた。一週間もかかって、ようやく誰が同行するのか決まったのか。
朝食のパンを手に持ったまま、俺は視線をエタンに向ける。
「ってことは、つまり……」
「そう、
エタンもスープにパンを浸しながら、こくりとうなずいた。
いよいよ、世界を巡って眠ったままの魔法の紋様を探す旅が始まるというのだ。ついに、この日が来たというのか。
ごくりと唾を飲み込む俺に、エタンがパンを口に入れながら言葉を続ける。
「レオナールから準備は早めにしておけと言われていたはずだ。おそらく今晩にでも発つことになる。準備はできているな?」
「そりゃあ、まあ……って言っても、そんなに荷物ないから、準備も何もって感じっすけど」
問いかけられて、ようやくパンをちぎって口に入れながら俺は返した。
荷物の準備と言っても、そんなにいろいろな荷物を持っていくわけではない。服と下着、靴下、キャンプで使うカップやら皿やら、そんなくらいだ。
シルヴィもテーブルにひじを突いて、フォークでソーセージをつつきながら笑う。
「ま、そうだよねぇ。小型洗濯機と乾燥機は魔導車に搭載されてるし、水生成はスキルで出来るし、資金は潤沢だから町や村に寄ればご飯は食べれるし。必要な荷物って言ったらお財布と
「だな。身軽でいいのはありがたい話だ。一般の冒険者だとこうはいかん」
シルヴィの言葉に、エタンもため息交じりに口を開いた。
いわく、王国の魔法研究所には冒険者パーティー全部に割り当てられるくらいに魔導車が充実しているが、そもそも高級品。一般の冒険者ギルドには一台用意するのでやっとというくらいなのだそうだ。
本当に、そういうところを考えると恵まれた環境で仕事をしているものである。
パンを口に放り込んでむっしむっしと噛みながら、俺は二人に視線を投げかける。
「ちなみに、復元班の人は、誰が来るんっすか?」
「えーとね」
何気なく問いかけた俺に対して、シルヴィが
「ガエルさん、知ってる? ガエル・ポール・ロートレック、上級部員の」
「うげっ」
そしてシルヴィが上げた名前を聞いて、思わず俺はうめき声を上げた。声を上げてすぐに周囲を見回す。もしこれでガエル本人が傍にいたら、後で何を言われるか分かったものではない。
ガエル・ポール・ロートレック。魔法研究所復元班の副班長の一人であり、紋様の復元技術はガリ王国でも五指に入ると噂が上がるほどの凄腕だ。そしてその性格は堅物そのもの。四角四面という言葉がぴったり似合う、融通の利かない人物だ。俺への当たりもなんか結構きつい。ちなみに名前から想像もつかないが女性である。
そんな人物と長旅を一緒にしないといけないだなんて、どんな拷問だ。げっそりしながら俺は零す。
「副班長直々にっすかー。やだなー、俺あの人苦手っす」
「気持ちは分かるがな。復元班の人員でも一番の堅物だ。マコトが苦手意識を持つのも無理はない」
俺の言葉に、エタンがため息をつきながら返した。彼としても、俺がガエルにいじめられているのはよくよく見ているわけで、俺が嫌がるのも当然だという風である。
とはいえ、決まったものはしょうがない。オムレツにフォークを入れながらエタンは続けた。
「でも、復元の腕前は確かだから頼りになるぞ。俺達も彼女の技術は大いに頼りにしている」
「そうそう。それに仲良くなったら結構優しくていい人だよ」
続けてシルヴィも、苦笑するように口角を持ち上げつつ言ってきた。
言わんとすることは分かる。別に悪人じゃないのだ。ただ、めちゃくちゃ気難しいというだけの話である。それが問題なのだが。
そもそもからして、俺への印象はとっくにマイナス。そこから仲良くなれるところまで、行けるとは思えない。
「そうっすかー……仲良くなれるところまで行ける気がしないっすけど」
「ははは、まぁ大丈夫だって」
ぼやきながらソーセージをかじる俺に、シルヴィが笑いながら頬をかいた。他人事だと思って気楽なものだが、実際他人事なので何とも言えない。
そのままささっと朝食を済ませ、シルヴィとエタンは席を立った。トレイを片手に、俺に向かって手を振る。
「じゃあ、また後でね。僕達、預けてた武器を受け取りにいかなくちゃ」
「今日は遅刻は許されないぞ、忘れるな」
「も、もちろんっすよ」
二人の言葉に、慌てつつ俺も朝食の残りに手を付けた。残っていた大麦茶をぐいと飲み干し、パンも口の中に放り込む。そして席を立ち、返却口に食器ごとトレイを持っていったら、後は夕方まで自由時間だ。
シルヴィとエタンは彼らが話していたように、メンテナンスに出していた武器の受け取りに街に出る。レオナールとウラリーはいつものように書類仕事だ。対して俺は、集合の時間まで特にすることがない。
「はー……」
ため息を吐きつつ、さてどうやって夕方まで時間を使おうか、と悩みながら廊下を歩いていると、背後から唐突に声がかかった。
「サイキ下級部員」
「はひっ!?」
突然の呼びかけに、びくんとなりながら振り返る。そこに立っているのは狐っぽい動物の耳と尻尾を生やし、メガネをかけた壮年の女性。誰あろう、ガエルである。
嫌な時に出くわしてしまった。呼吸を落ち着けながら俺は返事をする。
「ガ、ガエル、さん。なんっすか」
「ロートレック上級部員と呼ぶように。所内ではそういうルールです」
俺の言葉に、目を細めながらメガネの弦を押し上げるガエル。まぁなんとも、イヤミったらしい所作である。こういうところも俺は苦手だ。
ガエルは俺を見下ろすようにして、まっすぐに言葉をかけてくる。
「此度の紋様探索の旅に、私も同行することになったのは聞いていますね」
「は、はい、聞いてます」
その淡々とした物言いに、もう俺の背筋は伸びっぱなしだ。こくこくとうなずく俺を見て、小さく息を吐きながらガエルは続ける。
「あなたと寝食を共にするのは
「わ、分かってるっすよ。そんな頻繁にでかい声出すわけないじゃないっすか」
彼女の発言を聞いて、思わず手を横に振りながら言い返す俺だ。さすがに一週間前の夜中のことは、イレギュラーだと思いたい。それ以降は別に、レオナールに迷惑もかけていないし。
俺の物言いにふんと鼻を鳴らしたガエルが、くるりとこちらに背を向けた。そうしてからちらりと、俺を見つつ言う。
「そうであることを願っています。では、また夕刻にでも」
「う、うっす」
俺がまたしてもうなずくのを見て、そのままガエルは何も言わずに立ち去っていった。彼女が通路の曲がり角を曲がっていくのを見送って、俺はその場にへなへなと崩れ落ちた。
めちゃくちゃ緊張した。怖いとすら思ったほどだ。
「はー……緊張した……」
なんとか足腰を立たせながら、俺は呼吸を整える。
明日から、というか今夜から、彼女と一緒に行動しないとならないのだ。逃げ場のない車両の中で、あの小言にずっとさらされるのかと思うと、今から非常に気が重い。
「でも、そっか……旅、かー」
ゆっくり歩き出しながら、俺は天井を見上げる。
ガエルの存在が
魔導車の運転は皆がやってくれる。町や村に行けば食事と寝床は簡単に確保できる。資金面は研究所がバックアップしてくれる。道中に出てくる魔物も、まぁどうにかなるだろう。俺も随分魔法が使えるようになったし。
「ま、いいや。金の心配も寝床の心配もしなくていいんだし、気楽に行こう、気楽に」
そう言っていると随分気持ちが楽になってきた。今のうちに持っていく荷物の確認をして、紋様のチェックもしておこう。そう考えて俺は自分の部屋に向かっていった。
そうこうするうちに夕方、午後5時あたり。俺は持っていく荷物を入れたカバンを手に、魔導車の駐車場に立っていた。既にレオナール、ウラリー、シルヴィ、エタン、ガエルも集まっている。
「全員、揃っているな」
「そうね、問題ないわ」
「物品も潤沢に準備できています。不足はないでしょう」
レオナールの呼びかけにウラリーとガエルがうなずきつつ返す。荷物も概ね積み込んだ、車両のチェックも済んでいる。俺やシルヴィの手荷物は座席下の荷物入れにしまうから問題ない。
「いよいよだね」
「長旅になるぞ。しばらく研究所には戻ってこれない、覚悟はできているな?」
「うっす、大丈夫っす」
シルヴィとエタンが俺を見てくる。二人の表情に不安そうな色はない。確認も、答えが分かってのものだろう。俺も既に覚悟は決めた。問題ない。
いよいよだ。これから俺の、俺の生きる意味を見つけるための長い旅が始まる。
「よし。では総員、乗り込め! 出発だ!」
レオナールの号令を受けて、全員が魔導車の扉を開けて中に飛び込む。エンジン点火、静かな音を立ててタイヤが回りだした。
そのままスムーズに走り出した魔導車が魔法研究所の門を抜ける。これからどんな魔法に出逢えるのか、どんな冒険が待っているのか、俺の心は期待と興奮で、まるで沈み始めた夕日の輝きと同じくらいに沸き立っていた。
ドットマトリクス・マジック〜マトリックス式二次元コードで書かれた古代魔法の魔法書を、地球から召喚されてきた俺がスラスラ解読できる件〜 八百十三 @HarutoK
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