第14話 古代遺跡
魔導車での移動は、思っていた以上に快適だった。車輪に衝撃を吸収させる魔法が仕組まれているとかで、悪路を走っても車体の揺れは非常に小さい。
途中で何度かトイレ休憩やシャワー休憩を挟み、ウラリーやエタンに運転手を交代したりしていって、翌朝。俺は後部座席の真ん中で揺られながら眠っていた。
「んごご……」
口からいびきが漏れるのが微かに耳に聴こえてくる。そんな音も逆に心地よくて、俺はすっかり夢の中だった。魔導車が停止したことにも気が付かない。
隣りに座っていたシルヴィが、俺の肩をゆさゆさと揺すった。
「マコト、マコト、着いたよ」
「んご……ふがっ」
揺すられ、声をかけられ、ようやく目を覚ました俺が目をこする。窓の外はすっかり朝、荒野の乾いた空気が開いた扉から入ってくる。
どうやら俺は爆睡してしまっていたらしい。車の運転を任せっぱなしだったというのに。免許なんて持っていないからどうしようもないが。
「あれ? 俺……」
「起きた? めっちゃ寝てたよ」
「初めての魔導車で高いびきとはなかなかだな、俺は別に構わんが」
身を起こした俺に、シルヴィとエタンが呆れ顔で俺を見た。エタンの鎧には俺の髪の毛が付着していた。見るに、俺はエタンに寄りかかって寝ていたようだ。
それを見て途端に目が覚めた。慌ててシートベルトに手をかける。
「あっ、や、やべっ。すんませんっ」
「いいのよ、夜通し魔導車を走らせていたのだから、眠ってしまうのは仕方がないわ」
頭を下げる俺に、助手席に座っていたウラリーが苦笑しながら返した。
聞くに、魔導車はなまじ快適に移動できるものだから、同乗者が寝落ちすることがままあるらしい。冒険者は特に肉体労働、疲れて移動中に眠ってしまうのは日常茶飯事なのだとか。だとしても俺みたいにガチ寝してしまうのは稀らしいが。
レオナールもエタンのすぐ隣りにある扉を、外から開けながら言ってくる。
「そうだ。それにマコトは昨夜が初めての、イーウィーヤでの夜だっただろう。本当なら一晩ラングレーで休息を取り、明日朝の出発としたかったのだが、なにぶん時間がなくってね」
「あ……あー」
レオナールの言葉に、俺はようやくこの夜が、イーウィーヤにやってきて初めての夜だったことに思い至った。そう、昨日の朝方に召喚されて、放り出されて、「
あの濃密な一日がまだ初日だったわけである。あまりにも濃密すぎて忘れていた。昨夜の移動途中でシャワーを浴びれたのが幸せなくらいだ。
「そう……っすね、忘れてました」
「ああ。こんな狭苦しい場所で寝させてしまって、こちらこそ申し訳ない」
頭をポリポリとかきながら俺が言うと、レオナールもこちらに頭を下げてくる。謝ってはくるものの、別に寝心地が悪くなかったから問題はない。
改めてシートベルトを外して片付ける俺に、レオナールが微笑んできた。
「さて、外に出よう。もうブーシャルドン遺跡は目の前だよ」
言われて、俺は魔導車の外に出た。既に周辺は荒野、荒れた地面と乾いた空気が広がっている。太陽もまぶしい。
そしてその太陽に照らされるように、石造りの巨大な建造物がそびえ立っていた。砂岩だろうか、明るい色の岩で造られたその遺跡は、思っていた以上に綺麗で整っている。
「おお……」
「すっごーい。
俺が声を上げると同時に、シルヴィも感嘆の声を上げた。どうやら彼らからしても、この遺跡の綺麗さは驚くべきものらしい。
「ウラリーさん、旧帝暦時代ってのは……」
「今のイーウィーヤ
こっそりとウラリーに問いかけると、彼女は丁寧に説明をしてくれた。なるほど、暦がいろいろと変わっていくのは世の中あるある、今のイーウィーヤ神暦がだいたい1,000年くらい続いているそうだから、そこそこに長く続いた暦だと感じる。
曰く、古代魔法が古代魔法として
くすりと笑みを見せながら、ウラリーが言葉を続ける。
「だから、当時に作られ、ブーシャルドン王朝と共に闇に葬られた二次元記法式魔法が、たくさん眠っていると噂されるのが、この遺跡というわけ」
「はぁー……」
彼女の言葉に感心しながら、俺は4人の後をついていった。遺跡の建造物がどんどんと近づいてくる中、見えてきたのは遺跡庁の人々が建てたらしいキャンプだ。
このキャンプで他のスタッフの話を聞いている、年齢が上めの長い耳をした獣人男性の傍に歩み寄りながら、レオナールが声をかける。
「エルミート遺跡庁長官、『
「おお、バルテレミー君。君が来てくれたならとても安心だ」
レオナールが声をかけた、エルミートなる男性がつまり、遺跡庁のトップらしい。トップ自らこんな現場に来ているとは驚きだ。よほどこのブーシャルドン遺跡発掘のプロジェクトはでかいらしい。
彼に声をかけられたレオナールが、俺を手招きして呼んだ。レオナールの隣に立つと、俺の肩に手を置きながらレオナールは言う。
「紹介しましょう。マコト・サイキ下級部員です。先日より我々の研究所に所属となりました」
「は、初めまして」
「ほう……」
レオナールの言葉に合わせて俺が頭を下げると、エルミート長官は小さく目を見開いた。ウサギを思わせる長い耳がピコンと立つ。
俺の下げられたままの頭を見ながら、短く整えられたあごひげを触って長官が言ってくる。
「その髪の色に瞳の色、なるほど。イーウィーヤのお外からいらした方ですか。ようこそガリ王国へ」
「あ、ど、ども」
その言葉に、俺は顔を上げつつ返事をした。どうやら歓迎されているようだ。「素人がこんなところに」なんてことを言われるかもしれないと思っていたから、ちょっと安心する。
そして長官は俺に、手袋をした右手を差し出しながら言った。
「ガリ王国遺跡庁長官を務めております、リシャール・イーヴ・エルミートと申します。なにとぞよろしくお願いいたします。期待していますよ」
「う、うっす……あざまっす……」
そう自己紹介した長官――リシャールの言葉に、恐る恐る手を握り返しながら俺は握手をする。期待されているとはいえ、どこまで出来るか俺には分からない。が、やるしかないんだろう。
自己紹介が済んだところで、レオナールがリシャールに言葉をかける。
「第一層の調査は終わっているとのことでしたね?」
その問いかけに、リシャールが手元に持っていた巻紙を広げながらうなずいた。
曰く、地上部分に見えている大きな建物は全て
「はい。第一層については古代魔法の紋様も多くなく、出現する魔物も遺跡庁の冒険者単体で対応が可能でした。しかし第二層には、
しかし、リシャールの力ない言葉に俺たちは目を見開いた。
第一層の調査がスムーズに終わっているというのに、第二層には立ち入ることすら出来ないとは、どういうことだろう。
「入れない、だと?」
「そこまで古代魔法が?」
エタンとシルヴィが驚きの声を上げると、リシャールが一枚の大きな紙を取り出した。
「こちらをご覧ください」
その紙に描かれていたのは、この遺跡の第一層のどこかで撮影されたらしい風景だった。つまりは紋様の複写と同じ仕組みで、風景を複写したものという感じだ。
岩で造られた床、その床に刻まれた紋様が、光を放っているのが分かる。
写真を目にしたレオナールが、口角を下げつつつぶやく。
「これは……紋様か」
「これはどちらに?」
ウラリーがリシャールの顔を見ながら問いかけると、先程の巻紙に記された概略図を見せてきながらリシャールが言う。
「第一層の中央部、床に刻まれていたものです。こちら、魔力で発光するほどに動作しているのですが、解析に時間がかかっておりまして……」
リシャールの言葉によると、遺跡庁の冒険者によって第一層の内部の魔物は全て退治済み、新たに生まれる魔物にも適宜対応できているそうだが、魔法の解析については専門外だそうで、古代魔法の紋様はほぼほぼ手つかずなのだそうだ。
なるほど、これは俺たちが呼ばれるわけである。
「マコト、解析できそうか?」
「えー……あ」
レオナールに問いかけられて、俺はおもむろにスマートフォンを取り出し、カメラを起動させた。写真越しの紋様、読み取れるか不安だったが、カメラは無事に認識してくれたらしい。画面にちゃんとダイアログが出てくれた。
―― 魔法『
「こんな魔法みたいっすね」
「えっ!?」
俺がスマートフォンの画面をレオナールに見せると、リシャールが素っ頓狂な声を上げる。まぁ、こんな一瞬でどんな魔法か解析してみせるなど、驚き以外の何でもないだろう。
驚きに口を開くリシャールの横で、何でもないことのようにレオナールが言う。
「なるほど、『
「恐らくどこかに魔力の貯蔵器があるはずだわ。それを壊すのが先かしらね」
ウラリーも納得した様子でうなずいた。どうやらこうした常時発動し続けるタイプの古代魔法は、魔法発動のリソースとして魔力の貯蔵器を必要とするらしい。それを壊せば、魔法は止まるとのことだ。
早速動き出そうとする俺たちに、未だ状況が掴めていないらしいリシャールが慌てながら言う。
「えっ、あの、今なにが!?」
「すみません、リシャールさん。後で説明しますから」
そんな彼に俺は頭を下げつつ、さっさと動き始めた4人の後を追いかけながら言った。
果たしてどうやって説明をしようか、今から頭が痛い。そんな事を思いながら、俺はカメラアプリをそっとタスクキルした。
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