第13話 遺跡探索

 もう夜も更けて窓の外に街の明かりが煌めき始める頃合い。

 正味1時間ちょっと、第三書庫でスマートフォンの性能チェックに時間を使った俺たちは、チェックで分かった情報を手にしながら所長室に戻ってきていた。

 俺のスマートフォンの出来ることをまとめた紙面を手に持ち、そこに視線を落としながらアルフォンスが口を開く。


「ふむ……つまりは、だ」


 アルフォンスの表情は随分と面白そうだ。やはり、普段目にすることのない、異世界由来の機械についての調査。彼としても興味をそそられたのだろう。第三書庫でのアルフォンスの表情は、この所長室での表情とは明らかに違っていた。


「サイキ下級部員のその機械は、古代魔法の解析とはいっても『どんな魔法であるか』の解析および実運用、記録に特化しており、その紋様の歴史学的側面からの解析には劣る、と」

「まぁ……そういうこと、なんっすかね」


 アルフォンスの発言に、俺は首元をかきながら答えた。実際、俺にとっても分からないことだらけだった俺のスマートフォンの機能が、この1時間あまりの間でやっとこ分かってきたのはある。

 俺のスマートフォンのカメラ機能は、地球での二次元コード読み取り機能よろしく、見えたままの画像・・・・・・・・を取り込んで解析することに特化している。解析しようとしている紋様が壊れていようが崩れていようがお構いなしに、見えたままのものを取り込んで解析して、それが魔法として成立するなら魔法として記録し、運用する、というわけだ。

 この魔法研究所の魔法の収集に関するスタンスは、魔法の保存と解析になるから、破損した紋様そのままに魔法を運用するのは想定外かもしれないが、そこは専門家である解析班や修復班の仕事だ。

 レオナールが自分の「魔導書グリモワール」を開きながら言う。


「欠損補完についても得手とはしないようですが、この……読み取りにあたっての鍵となるこの記号、これが適切な位置に存在するならば欠損がどうあれ読み取れるようですね」


 そう言ってレオナールが指さしたのは、記された紋様の右下部分、角からちょっと内側に入ったところにある二重四角だ。これまでの読み取りが行えた紋様には、全てこのマークがあった。どうやらこのマークが基点になって、紋様が魔法として成立するらしい。

 レオナールの言葉にアルフォンスもこくりとうなずく。


「そのようだな。周囲の紋様に埋もれていてこれまで気が付かなかったが、どうやら古代魔法の紋様記法には、ある特定のルールがあるらしい。そのルールの解明が見えただけでも、サイキ下級部員の解析には価値がある」


 所長室の本棚に置かれた魔法の辞典を手にとって、ページをめくりながらアルフォンスが言う。そうした魔法の記法についても、まだまだ分からないことが多いのだとレオナールが前に話してくれていた。

 つまり、俺のスマートフォンの解析機能が、その記法を明らかにする一助となったわけだ。ちょっと誇らしく思う。

 辞書を執務机の上に置いて、俺たちにまっすぐ向き直りながらアルフォンスは口を開いた。


「『砂地の輝石ビジューサブレ』。お前たちにガリ王国魔法研究所所長の名にいて指令を与える」


 指令。その言葉を聞いて俺も、レオナールたち他の4人も背筋を伸ばした。

 つまるところは仕事の話だ。こんな夜遅くに、こんな形で仕事を指示されるとは思っていなかったが、地球の常識に当てはめるのも違うのだろう。

 俺たちが居住まいを正したのを見て、アルフォンスは机の上に置いていた一枚の書類をこちらに渡してきた。見るからにお役所の正式文書らしく、金箔刷りで国の紋章らしき模様が印刷されている。


「ガリ王国南部、ドロン州ブーシャルドン遺跡の調査に向かえ。5人乗りの魔導車まどうしゃは確保してある」


 アルフォンスの言葉に俺は目を見開いた。

 遺跡の調査。いかにも研究所らしい仕事内容だが、しかしこの国の南部のどこにその遺跡があるのか、検討もつかない。そもそもどんな遺跡だ。


「ブーシャルドン遺跡?」

旧帝暦きゅうていれき時代に建造されたという、かつて存在したブーシャルドン王朝の墳墓ふんぼと噂される遺跡だ。先日に発掘が終わったばかりで、入り口部分や建造物内部に古代魔法の紋様が刻まれていると遺跡庁いせきちょうから報告が来ている」


 俺がオウム返しでアルフォンスに問いかけると、彼は椅子から立ち上がって壁にかけられた地図を指し示しながら答えた。指差された場所は、なるほど確かにこのガリ王国の南の端。荒野が広がる領域の真ん中だ。ガリ王国の地図の中で示されたから、間違えようもない。

 そこでレオナールが口を開いた。小さくあごをさすりながら問いかける。


「遺跡庁からの報告が来ているということは、既に内部の調査も行われているのでは?」

「第一層の調査まではな。侵入者阻止のために施されたと見られる古代魔法が多く、遺跡庁の冒険者だけでは難航していると聞いている」


 レオナールの問いかけにアルフォンスもため息交じりに答えた。曰く、国家機関の一つである遺跡庁にも所属の冒険者パーティーがいるのだが、彼らは遺跡の発掘と内部で発生した魔物の討伐が主な仕事。遺跡に仕掛けられた古代魔法の解析と対応は、俺たちの仕事というわけだ。

 つまり、この仕事は遺跡庁の冒険者と共同で対応していく仕事になる。古代魔法の収集とは動き方が違うんだろう。


「重ねて言うが、これは遺跡庁経由で当研究所に入って来た依頼だ。我々が自発的に行っている紋様探索とはおもむきが異なる。サイキ下級部員は初めての仕事がこのようなイレギュラーで申し訳なく思うが、しっかりと励んでくれ」

「りょ、了解っす」


 アルフォンスの念を押すような言葉に、ますます俺の背筋が伸びる。こうも言われたら緊張しない訳にはいかない。

 俺の返事にうなずいたアルフォンスが、レオナールとウラリーに視線を向けつつ言う。


「バルテレミー上級部員、ジルー上級部員。サイキ下級部員の安全確保に努めよ。パレ中級部員、オヴォラ中級部員も仲間と紋様の安全のため、励むように」

「かしこまりました、所長」


 アルフォンスの発言を聞いた4人が一斉にうなずいた。やはり、入所したばかりの俺の存在を失うわけにはいかないらしい。そりゃそうだ。

 ともあれ、仕事の説明はこれで以上らしい。アルフォンスがくいとあごをしゃくりながら言った。


「よろしい。では早速出発してくれたまえ。吉報を期待している」


 そのアルフォンスの言葉にもう一度うなずき返して、俺たちは所長室を後にした。もう夜も遅く、休んでから出発したいところなのだが、どうやらこれから出発となるらしい。

 レオナール曰く、普通の仕事ならば明朝の出発でも問題ないのだが、今回は遺跡庁から回ってきた仕事ということもあって、時間が惜しいらしい。夜通し魔導車を走らせて、明日の朝に問題の遺跡に着きたいそうだ。


「遺跡探索、かー」

「不安かしら?」


 研究所の廊下を歩きながら、俺はぽつりとこぼす。俺の言葉を耳にしたウラリーがこちらの顔を覗き込みながら言ってくると、少々言葉に詰まりながら俺は返した。


「そうっすね、やっぱり……俺の身近にあるもんじゃなかったっすし、やっぱりそういう場所って危ないって相場が決まってるっすし」

「まあ、そうだな」


 俺の発した言葉に、うなずきと返事を返したのはエタンだった。

 正直、地球の現代日本で暮らしてきた俺に、遺跡なんてものは全く縁のないものだった。学校の授業で古墳の見学に行ったことがあるくらいだろうか。

 どんなものが中にあるのか、どんな魔法が仕掛けられているのか、皆目見当もつかないけれど、危険なのは今更論じるまでもない。

 廊下を歩く靴音が響く中、エタンが静かな声で言う。


「発掘されたばかりの遺跡は、ある意味で長い間閉鎖されていた空間だ。当然、その空間の中には魔物が発生している。おまけに先に所長から話があった通り、仕掛けられた罠も数多い。油断すれば命を落とすだろう」


 エタンの発言に俺はごくりとつばを飲み込む。本当に、この世界は魔物がいるし、危険が多い。俺みたいな一般人はどこで命を落とすか分かったものではないだろう。

 だが、そこでエタンがこちらを振り返った。安心させるように微笑んでくる。


「そういうことにならないよう、俺がいて、シルヴィがいる。マコトは恐れず、解析に集中してくれればいい」

「おお……了解っす」


 その言葉と同時に魔法研究所の入り口に到着した。扉が開くと同時に微笑みを消して再び前を向くエタンの背中に、頼もしさを感じて俺は声を上げた。

 そうこうするうちに駐車場に到着する。割り当てられた魔導車は5人乗り、この間彼らが使っていた4人乗り魔導車よりも、一回りサイズが大きい。


「割り当てられた魔導車は、これ?」

「ああ、3番だと聞いている。間違いない」


 シルヴィが魔導車の車体に記された番号を見ながら問いかけると、レオナールが車のドアの取手に身分証明用のタグを触れさせながら返す。

 どうやらこんな感じで、割り当てられた車体に、割り当てられた冒険者のタグを触れさせないと乗り込めないようになっているらしい。ハイテクだ。

 レオナールがドアを開きながら俺の方を振り返る。


「さあマコト、後部座席に乗り込んでくれ。長い道程になるぞ」

「う、うっす……」


 言われて、恐る恐る俺は魔導車の後部座席にシルヴィとエタンと一緒に乗り込んだ。初めての、魔導車に乗っての遠出しての仕事。俺はこれから夜通し車に揺られ続けることになることもあって、緊張で冷や汗が抑えられなかった。

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