11話 棺には砂を(チェリオ・チェッラ視点)

 ~ご注意ください!~

 ※残酷な表現があります。

 不快に感じる可能性がある方は読むのをお控えください。









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 新世界暦5649年7月3日。

 あの子の棄民命令が執行された20日から、ちょうど二週間が経った。

 処刑場所の塩害島は常に濃い霧がかかって、この十四日間何も見えないまま。

 もう、あの子は生きてはいないだろう。

 フィニー港湾警備隊の誰もが、そして父親だった私もそう推定した。


 小舟であの子を運んだ賭博狂いの青年は無事にフィニー港へ戻って来た。

 血に濡れた石を処刑人のマイク・ヒルに渡して、残りの報酬を受け取って、すぐ強盗に金を奪われ、道端で亡くなっていた。


 強盗はまだ未成年で、魔物のせいで船も家も失った漁師の息子だった。


 選ばれた処刑人マイク・ヒルは嬉しそうに、その石を抱えたまま、王都へ向かった。

 あれから、二週間、マイクは王都への出張のまま、依願いがん退職になっていた。

 我が家の五軒先のヒル家から出て行ったルチアとルル親子も、もう住んでいない。

 ルルは灯台近くの祖母の家で暮らしており、フィニー学校灯台分校に転校してしまった。

 ルチアは町の外へ出て行ったという噂を聞いたくらいだ。


 ようやく、私は元マルチェラ・チェッラの暫定死ざんていしの報告書を作成して、港湾警備隊員として小国王陛下に書状を送った。

 これで王命の処刑は完遂かんすいされたことになる。




 7月4日。

 書状を送った翌日には王宮から返信があって、「九歳の子どもとしてなら、マルチェラ・チェッラの葬儀をしても良い」と埋葬まいそう許可が下りた。

 遺体も、何も、無いのに……。




 7月10日。

 棄民命令執行から三週間。

 我が子のマルチェラの葬儀当日。

 長男のアメッレと二男のエリオは五日間のが明けて、復職した。

 未だにあの子の姉のフィニッタだけが商会に休職を届け出て、憔悴しょうすいした妻のマリーナに付き添い、コニースの世話も買って出てくれた。

 今日の埋葬に立ち会うのは私、マリーナ、フィニッタ、コニースの四人だけ。

 家には明朝、子ども用のひつぎが届けられた。

 空っぽの棺を見て、いてもたってもいられず荷馬車を借りに走った。


 子どもたちは夏休み中。

 若手の港湾警備隊員はフィニー港から少し離れた、ビーチで子どもだけで海水浴をしているグループを叱りに来ていた。

「チェッラさん!」

「どうしたんです?荷馬車なんか待たせて。

 今日は葬儀じゃ?」

「我が子の棺に、あの子の好きだった浜辺の砂を納めようと思ってね」

「手伝います!」

「すまない。父親の役目だからね、遠慮させてもらうよ」

 八つの袋に砂をつめていく。

 蟹や微生物が入らないように注意しながら、砂をすくっていく。

「そういえば、浜辺も何か変だな……」

「そうなんですよ。港も、魚市場も、浜辺も、海鳥のたまり場だったんですが、三週間前から一羽も見かけないんです。烏や鳩、他の野鳥なんかは飛んでいるんですけど」

「まあ、今のところ、実害じつがいはないので、調査の予定はありませんが。

 自主的に、非番の日も、こうして浜辺や子どもたちの遊び場になりそうな海岸沿いを見守ってます」


 家に戻って、小さな棺にマルチェラの体重と同じくらいの浜辺の砂を入れていく。

 次に、ワンピースとくつおさめられていく。

 マルチェラに棄民命令を出した処刑人のマイク・ヒルが町役場の職員に対して、あの子の部屋の私物を全て家の前で燃やすよう命じた。

 枕やパジャマも、学校用鞄も、炎の中に投げこまれた、

 残ったものは無い。

 ワンピースは洗濯ものを貯めるバスケットの中から一着だけ見つけた。

 靴は広場近くの靴屋の店主が埋葬の話を聞きつけて、ぜひ棺に納めて欲しいと持参して来た。


 霊園の奥。

 真新しく、そして簡単な刻印こくいん墓標ぼひょう



 5639年6月19日-5649年6月18日

 マルチェラ・チェッラ


 九歳の小王国民が亡くなった。

 国は、そういうことにしたいらしい。

 その手前には棺を埋めるための、深い深い穴。

 霊園の外が騒がしい。

「霊園の正門に、マルチェラの同級生と保護者が中に入れて欲しいと申し出がありました」

「この子の両親と弟のみで見送りたい。他は帰ってくれ」

 ヒルが現れた。

 王都で、豪遊したのだろう。

 酒臭く、香水臭く、若干太ったようだ。

「全て終わったんだ。

 水に流そうじゃないか?

 だから、私も九歳の子のための葬儀に同行させてくれ」

「良い加減にしてくれ!

 ヒル家にだって、マルチェラを汚されたくない!」

「小舟が港を離れたとき、狩人がマルチェラを追いかけたんだ。

 御前の家には魔物の遺骸から取り出された、魔石も目玉も無かった。

 塩害島を監視していて、何か視なかったか?」

「御前はもう霊園職員じゃ無い。

 ここから退去しろ!」と霊園職員がヒルを追い出し、待ち構えていたコールディー警察に引き渡す。

 どうやら、王都で豪遊し過ぎて、金に困って無銭飲食や恐喝などトラブルを起こしたらしい。


 マリーナは棺に土が被せられ始めると、耐えられずに後ずさりする。

「コニースとわたしは先に帰ってるわ」

 妻と入れ違いで、港湾警備隊員が駆けつけたようだ。

「緊急だ!すまない!通してくれ!霊園の正門を開けてくれ!」

 遠くで、職場の同僚の声がする。

「どうした?」

「塩害島近くの海域で、大型船が五隻、中型船二隻が座礁・転覆てんぷくした。

 積み荷は駄目だが、かなりの船員は生きているらしい。

 すぐに、港に集合している他の港湾警備隊と合流してくれ」


 現場近くのフィニー港へ駆けつけると、コニースを抱いた妻

 とフィニッタも家に戻らず、救助された船乗りの様子を看始みはじめていた。

「全員救助して、海から引きげた!」

「良かった。ケガ人は?」

「手足の骨が全て折れて、魚のヒレのようにヒラヒラしているそうだ。

 マリーナ、癒しの風を頼む!」

「わかったわ」

「母さん、わたしがコニースを抱っこしてるわ」

「ありがとう、フィニッタ」

 マリーナの光晶こうしょうが浮かび上がり、キラキラときらめいている。

「『癒しの風』!」

 周囲一帯に治癒ちゆの祝福で満たされていく。

「……?」

 しかし、うめき声が消えない。


「マリーナなら、祝福で治せるでしょ?」

「祝福を最大限使ったわ!どうして……普通のケガじゃ無いわ……」

「マリーナの祝福が一番良いのに、どういうこと?」

 港に集まった町民は何度も祝福を使うマリーナを不思議そうにじっと見てはヒソヒソ話している。


 誰かがぽつりと言った。



「マルチェラ・チェッラの呪いだ」



「……何なのよ」

「どうして……死んだのに!」

「死んでまで、わたしたち親を苦しめるの!どうしてよ!」

 マリーナは港で絶叫する。

 塩害島のほうを見つめても、濃霧のうむが邪魔をする。

 海鳥も一羽も飛んでいない。

 あの子が亡くなってから、この港町フィニーで何かが起き始めている。

 天災てんさい前触まえぶれとは違う。

 何かが……何かが起きている!

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