第23話
清洲城はもう大混乱に陥っていた。織田信長が敗れたという噂、そしてそれを補完するかのように北畠勢が押し寄せてきた。もはや守備方は戦意はなくなっている。
そんな大混乱の最中、ようやく鷹にやられた猿顔の小男が目を覚ました。そしてチョロチョロと周りを窺う。
「……うぅぅなんだ、どうなってるんだ」
目の前に広がる光景はまさに騒乱状態であった。逃げ惑う織田家の人々。そしてその小男があまり見覚えが無い旗印の侍達が暴れまくっている。
「……あれはたしか北畠家中の木造家の家紋。とにかく一旦隠れなくては」
すぐさまに物陰に隠れる。幸い兵士達には見つからなかったらしい。みんなこんな猿みたいな男に興味は無いみたいである。とりあえず安堵する。
「ふぅー助かった。しかしどうするか……もうこれは負け戦だな……」
その小男……木下藤吉郎はようやく必死の就職活動の末、織田家に潜り込むことに成功していた。そもそも彼は新卒で入った今川家の子会社の飯尾家の関連会社の松下家を、早々にバックた。
その後の就職活動は苦戦続き。やれ前職の退家理由をネチネチと面接官に聞かれたり、そもそもエントリシートを出したが返答無くて不合格など世間の厳しい現実を噛み締めながら、ようやくオラオラ拡大路線を取る織田家に入ったのに、このままだと倒産の末に整理解雇だ。いかんいかんまたおかしな表現になった……もとに戻そう。
(このままでは俺の人生はご破算だ。なにか、なにか策はないか……)
木下藤吉郎は必死に考える。そしてある打算に塗れた考えを思いつく。
(どうせ俺には剣の腕は無い。無いなら違う手で切り抜けるのみ。どんな手段でも……)
そして彼は立ち上がり、喧騒を巧みに切り抜けながら織田信長夫人帰蝶のもとに向かうのであった。
「者ども、イケイケ!!!天守まで一気に攻めるぞ!!!」
一方そのころ木造具政は檄を飛ばしていた。彼の配下の侍たちは城内を暴れまくっている。もはや完全に織田方は浮き足立っており、抵抗のそぶりすら見せていない。それも鷹の工作があったためである。
そんな木造具政に配下の者が注進をおこなう。
「木造具政様!!ここは一旦我らの体勢を整えるべきかと」
「何を言っておる!!戦は完全にこちらが勝っておる。何故止まらなくてはならん!!」
「そっそれが……此方側の兵は城内の財宝、そして女どもに手を出し、その様はまさに落花狼藉の如し!!」
「なっなんだと!!」
「ヒィッハァァァ金目の物を掻き集めるぞ。そして女どもを攫え!!」
木造具政の兵たちは、北○の拳に出てくるような狼のような瞳を浮かべながらあちこちを荒らしまわる。それを止める者も抵抗する者もいない。まさに好き勝手だ。
木造具政方の男達の歓喜の咆哮と女達の悲鳴が彼方此方から上がる。清洲城はもう戦いどころではなかった……
「何てことだ。嘆かわしい」
兜の上から頭を抱える木造具政。将として兵士の統制を取れないなど恥を晒しているかのようなものだ。これでは家中でなにを言われるか……
「まあ、我が木造隊は下衆揃いと評判ですからしょうがないですよ。このまま何も手にする事無く帰れないし……」
木造具政はそんないい加減な発言する配下の家臣の胸倉を掴み、怒鳴りつける。どうして俺の家臣はこんなのばかりなんだ。
「五月蝿い!!!!ハァハァ……とにかく少数でもいい。ここにいる者だけでもいいから行くぞ!!」
「きっ帰蝶様……大変でございます!!」
一人の侍が、薙刀を手にしている美しい婦人に頭を垂れている。この女性こそ織田信長夫人、帰蝶である。
美しい黒髪と整えられた顔をまたまだ若々しく、まさに大名の奥方に相応しい気品を兼ね備えていた。
「うろたえるでない!!」
帰蝶はあえて強い言葉で応えた。今まさに戦の最中であり、頼るべき信長は出陣中である。ここは自分がしっかりしていなくては城内の者は浮き足立ってしまう。帰蝶はそのあたりの事をしっかりとわきまえていた。
「城内に北畠軍が押し寄せております。お味方はこれを防ぎきれません!!」
「なんと……野戦に討って出た者達はどうしたのか」
「お沙汰がまだありません。ここは城から脱出を」
帰蝶はしばし黙り込んだ。彼女は今決断を下さなくてはならない立場である。主要な武将達は残らず出陣しており頼る者はほとんど残っていない。
(……殿が帰ってくる前に敵兵が……これはもう……)
「私はここに残ります!!」
「何をおっしゃいます!!このままではお命が!!」
「私は殿からこの城を任されました。殿が帰るまでどんなことがあろうとここを動きません!!」
「うっ、なんとなんとお強いご決意でありましょうか。分かりました」
「ただ、織田家の血筋を残さなくてはなりません。奇妙丸はじめ三人の息子、そして殿の妹である犬姫と市姫をただちに城外に」
その時、なんとか木造具政隊から切り抜けてきた木下藤吉郎が、帰蝶の元に現れた。
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