第15話 お父さんゆずりなんだね

 一階のエントランスに行くと、代田だいだくんがいた。


「おはよう」


 代田だいだくんが、さわやかに声をかけてくる。制服姿じゃない、私服姿の代田だいだくん。やっぱりカッコいい。


「おはよう、こ、これ、おみやげ。マカロンつくったの。お母さんと一緒に」


 わたしは、何をしゃべっていいかわからなくて、すぐにひざの上に置いていた紙袋を代田だいだくんに手渡した。わざわざ正直に、お母さんと一緒に作ったことも白状してしまった。


「さんきゅ。あとで俺ん家で食べよう。そのまま持っといてくれないか?」


 そう言って。代田だいだくんは私のうしろにまわって車椅子を押しはじめた。

 マンションの自動ドアが開いて、わたしの車椅子は、代田だいだくんに押されて進んでいく。

 代田だいだくんは、マンションの敷地と道路の間にあるちょっとした段差を慎重に降りて、歩道を進んでいく。


「今日、結構暑いな。長袖着たの失敗した」

「うん、わたしも……」

「でも、斑鳩いかるが、そういう服似合っている」

「ありがと、代田だいだくんもストリート系なんだ」


 今は梅雨真っ盛りだけど、やっぱり晴れの日となると暑い。わたしは、パーカーはいらなかったかな? と思いながら、暑くなったのが、陽気のせいだけじゃないことに気がつく。


 緊張している。胸の奥がドキドキしている。


 今更ながら気がついてしまったのだけど、この状況をクラスメイトに見られてしまったら、言い訳ができない。学校でクラブ活動が一緒だから。なんて言い訳は通用しないのだ。


 けっきょく、そんな心配はとりこし苦労に終わって、五分くらいで代田だいだくんの家についた。


 代田だいだくんの家が町工場なのは、金曜日に知っていた。詳しくはわからないけれど、アルミを加工している工場らしい。そしてもうひとつお店をやっている。ペット用の車椅子を作るお店だ。


 これも、金曜日に知った。お母さんの車で、代田だいだくんを家までおくった時に知った。わたしは家に帰ってから、スマホで代田だいだくんのお店のホームページを見た。何百件もペット用の車椅子を作ってきているらしい。


 そして値段の安さにビックリした。チワワやプードルみたいな小型犬用は二万円からで、芝犬やフレンチブルドッグのような中型犬は四万円から、ゴールデンレトリバーみたいな大型犬でも六万円から。ちょっと信じられないくらい安い。人間用の車椅子から比べると、桁がひとつ違っている。


 わたしは、代田だいだくんに車椅子を押してもらって、代田だいだくんの家の工場におじゃました。


 工場どくとくの、鉄と油、そしてほこりが混ざったにおいがする。

 工場のスペースに、作っている途中の車椅子があった。そしてその壁にはコルクボードがたてかけてあって、犬の写真が貼ってあった。フレンチブルドッグだ。そしてその写真の下にはメモがはってある。


 メモには、「さくらちゃん」って名前と、全身のサイズ、そしてヘルニアがきっかけで半身不随になっていることが記されていた。犬の病状によって、車椅子の形状を変える必要があるからだ。


 この車椅子は、完全にフレンチブルドッグのさくらちゃん専用のフルオーダーメイドの車椅子だ。ますます信じられないくらい安い。わたしがもし、フルオーダーメイドの車椅子を作ったら、いくらかかるんだろう。


「まあ、半分は、父さんの趣味だから」


 そう言って代田だいだくんは笑ったけど、わたしは、素敵な趣味だなって思った。そして、代田だいだくんが、障害を持つわたしにやさしいのは、お父さんの性格を引き継いだからなのかなって思った。


 だからわたしは、思ったことをそのまま言った。


代田だいだくんの性格は、お父さんゆずりなんだね」


 代田だいだくんってやさしいんだね。そんなつもりで言った。でも、


「だと思う! 機械好きなのは、ゼッタイ父さんの影響!」


って、ちょっと期待外れの返事があった。そして、家にさそってきてくれたのも、ちょっと期待はずれの理由だった。でも、わたしが今、一番悩んでいることを解決できる、最高にうれしい理由だった。



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