第49話・白百合の知らえぬ恋は・1
「なんですってーーーー!?!?」
龍田は思わず叫んだ。普段から落ち着き払った龍田中納言のらしくもない大声に、膝の上の弘徽殿の女御がびくっと肩を震わせる。
「だ、だって! あんなことでそんなに怒るなんて思わなかったんだもの!!」
自分でもまずいことをした自覚があるのか、弘徽殿が明らかに動揺している。取り繕ったような明るさで居直る言葉が、言い訳がましい。
「あ、あんなこと!? え、ちょっと、何を言ったんですかあああああ女御様あああああああ」
姉さん事件です! 重要な証言者として確保していたあの事件の第一発見者が消えてしまいました!
「姉さんって誰よ!?」
思わず弘徽殿がツッコむ。ツッコんでいる場合ではない。
鳥辺野で、殿上に仕える女童と思われる遺体が乞巧奠の人形のように飾られていた。
女童が主に仕えていたのは桐壺、その女主の桐壺の更衣は前夜にたくさんの女童と女官を伴って清涼殿に渡る姿が目撃されている。弘徽殿の知る限り、前夜に後宮七殿五舎を出た者は他にない。
桐壺が犯人かもしれないから第一発見者の
が、今日突然龍田の部屋にやってきた弘徽殿の女御が膝に擦り寄って甘えてくるので驚きつつも喜んで髪を整えるなど丁寧なお世話をしていたところ、世間話の流れで衝撃的なことを告白された龍田である。どう反応したらいいか判らない。
(本当になんなんですかこの状況! 助けてください姉さん!)
ちなみに龍田中納言に姉はいない。どうでもいい情報ではあるが。
犬君本人が看破した通り、噂の百鬼夜行と童の失踪及び遺体遺棄の事件に関して、桐壺への嫌疑を心配する弘徽殿の女御と、弘徽殿の女御への悪しき噂が拡大するのを心配した龍田中納言は、手を組んでこの遺体遺棄事件の第一発見者を内裏に閉じ込めることに成功した。とりあえずその身柄を手許に置いておけば、うかつな発言を防ぎ、新たな情報を独占的に得ることができるとの弘徽殿の発案だ。
犬君が思ったより有能なのでうっかり普通の女房のように重用してしまい、結果として目立たせてしまったが、本来の目的はそうである。むしろなんで目立たせた。
目立たせてしまったならなおさら一時の怒りで弘徽殿から放り出してどうするのだ。あれがどうやって出ていく気か。または出ていかず他の殿舎に引き抜かれてしまうか。いろんな危険がある。今なら梨壺も公卿の一部も面白がって「七夕の面白い女」を欲しがりかねない。その先で犬君の素性がバレてしまったらどうなるか。新たな事件の火種を後宮内に歩かせているようなものではないか。
「どうするんですか女御様! 喧嘩なんかしている場合じゃないでしょう? 桐壺の更衣様に不利な証拠をあの男が握っていたら、どうなさるおつもりなんです!?!?」
思わず大きくなる声に、弘徽殿があわてて唇に指を当てる。
「しーっ! 龍田、だめ! しーっ!!」
そうだった。これは弘徽殿の中でも女御と龍田、二人だけの秘密なのだった。龍田はひとつ深呼吸して声をひそめると、改めて弘徽殿の女御の目を見つめ、真剣な声音で尋ねる。
「……何があったと、いうのです?」
ようやくいつもの落ち着きを取り戻した龍田を見ると、弘徽殿はひとつうなずいて、困惑したように訥々と話し始めた。
「……それが本当によく解らない話なのよ。聞いてくれるかしら龍田……」
ーーいわく、弘徽殿の言い分はこうである。
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