恋心を流星に乗せて③

 ようやく涙もかれて、気分が落ち着いてきたころにおそるおそる教室にもどってみると、なにやら人だかりができている。その存在がバレないよう慎重しんちょうに、遠まきにその様子を探れば、なんでも先ほどのことでちょっとしたさわぎになってしまっているようだった。


「どうじよう……。わだじ、絶対きらわれたよう……」


 泣きじゃくる少女とそれをなぐさめる友達。翔太郎本人はというと、まだ教室どころか学校にも来ておらず、この惨状さんじょうを知るよしもなかった。


「ねぇ、何があったの? 泣いてばかりじゃよく分からないよ……」


 友達や周りの野次馬たちは、一切の説明をしようとしないルカに対し、どう接してよいのか分からないといった表情で顔を見合わせるばかりだ。


 その時、窓の外から小さな人影がダッシュでせまりくる様子が見えた。遠くなのでその顔はよく見えないが、汗だくで必死に遅刻を回避しようともがくその姿。なぜだか僕は元気づけられたような気がした。

 そうだ、あきらめるにはまだ早い。あの子のようにもがいて、あらがうことまであきらめてしまったら、それこそ僕は一生役立たずのままだ。

 れかけた心に、小さく勇気の火がともる。指はしぜんとコンパスのボタンに伸びていた。

 僕はもう一度だけ翔太郎のフリをして、人混みをかき分け教室から彼女をさらった。


「あ、しょ、翔太郎、くん……!?」

「え? ちょっと、翔太郎!?」


 周りの声なんかにかまっているヒマはない。野次馬やじうまたちの包囲網ほういもうを次々とすりぬけて、広い空間に出たところで、困惑こんわくするルカの手をはなさないようにしっかりと両手でつかんだ。

 階段のおどり場。本来つれていくつもりだった、二人きりになれる場所。もう、じゃまするものは何もない。


「え!? ちょ、ちょっと!」


 僕は思いっきり彼女をきしめた。ほほに残る彼女の涙が僕のかたをわずかにぬらす。

 言葉でダメなら行動で示す。これが、僕がみちびきだした渾身こんしんの答えであり、最後にして最大のけだ。ちょっと照れくさいけれど、初めてふれた異星人の体はほんのり温かくて、少しだけ甘いふるさとの香りがした。


「ごめんね……。本当に泣かせるつもりも、泣くつもりもなかったんだけど、でも……」


 彼女は僕の背中にそっとしがみつく。


「きらわれたと思ったの……。翔太郎くんにきらいになられたら私、きっと学校どころじゃなくなっちゃう。だって、だって私ね……」


 ルカは、いとおしそうに僕を見つめる。それはまぎれもなく僕ではなく、僕ごしに見える翔太郎に送られた視線だ。そんなことはわかっているのに、なぜだかドキドキが止まらなかった。そしてそれはきっと、僕だけがかかえる気持ちなんかじゃない。

 踊り場に立つその少女は、あふれそうな涙をせいいっぱいぬぐおうと、しきりに目をこすっている。僕は首から下げたコンパスを静かに強くにぎりしめた。


「翔太郎くんが、好きなの。ガサツで遅刻ばっかりだけど、いつも優しくて元気な翔太郎くんが大好き。だから……」


「……オレも」


 そう答えたのは、踊り場のかげでひっそりと息をひそめていた翔太郎本人だった。やっぱり、と僕は思う。あの遅刻ギリギリであわてていた子供はやはり翔太郎だったのだ。なりすましていた自分の姿が彼に見られなかったことと、透明化がギリギリ間に合ったことは本当に幸運だとしか言いようがない。


「オレも、真面目だけどちょっとぬけてるルカが、その……好き」


 ルカはあまりのおどろきに目を見開いたままピクリとも動かない。当然だろう、目の前にいた好きな人がいつの間にか瞬間移動していて、しかもあろうことか告白までされているのだから。


「本当に?」

「うん」

「本当の、本当に!?」

「……しつこいな、何度も言わせるなよ」


 なんだ、二人は最初から両思いだったのだ。それこそ、僕が手伝おうとするまでもなく、きっといつかはこうなっていただろう。僕は自分自身のために、その時期をほんの少し早めただけにすぎない。

 少女の背からゆっくりと淡い光がもれ出し、さんざん追い求めてきた星のカケラがその姿を現す。願いの成就じょうじゅを聞き届けたカケラは満足そうに二、三度かがやき、はしっこで二人を見守る僕の手元にするりと収まった。本当に、ずいぶんと遠回りはしたが、ようやく母星に帰るための第一歩を踏み出せたような気がした。


「……ところでさ、何でオレにきらわれてると思ったの?」

「え? それは、だって、泣かせちゃったし……」

「いつ?」

「え、朝だよ。教室で……」


 キーンコーンカーンコーン——。


 結ばれた二人を祝うかのように、静まりかえった廊下にチャイムの音がひびきわたった。


「……や、やばい! 遅刻!」

「あ、おい、置いていくなよ!」


 ミッションコンプリート。すえながく、お幸せに。




 やっとの思いで手に入れた星のカケラは透明で、だけどほのかに少女のほほを思わせるようなうすい桃色に染まっていて、太陽にも月にも、どんな明かりにも負けないほどの後光をはなっているように感じられた。

 大切な戦利品せんりひんをむねに、僕は宇宙船が落ちた山へと一人向かう。このカケラ一つさえあれば、とりあえず宇宙船の透明化ぐらいは出来るようになるだろう。

 そこまで考えてふと、僕は今までに重大なミスをおかしていたことに気がついてしまった。いうなれば、家のかぎをかけずに遠出とおでしてしまったようなものだ。

 要するに、カケラを持たないガラクタ同然どうぜんの僕の宇宙船は墜落ついらくした瞬間から今この時までずっと、ほぼ丸々一日、人の目にさらされてもおかしくない状況下じょうきょうかにあったということだ。

 足が、気持ちが、しぜんとはやる。いいようのない不安と焦燥しょうそう、それらを打ち消すように僕は一心不乱に山をかけ上がった。

 息を切らし、祈るように木々の間を走りぬける。あれこれ考えるよりも急いだ方がずっとマシだと思えたから、だからとにかく無心でもたつく両足を動かし続けた。たのむから、無事でいてくれよ、相棒……。


 結果的に言えば、この不安は全くの杞憂きゆうだった。宇宙船はバラバラになるでも消えるでもなく、落ちた時と変わらぬどっしりとしたかまえで僕を むかえた。

 ホッと一息ついて、僕はカケラを宇宙船の動力炉どうりょくろに放りこみ、手探りで横のボタンを押す。するとたちまち、そびえたっていた宇宙船は周囲の景色に溶けこみ、その姿を完全に消した。

 もう大丈夫、もう安心だ。そう思い、変身を解いて見なれた宇宙船の中へと入る。見なれたカベ、見なれた転送装置、見なれた書類に操縦席そうじゅうせき、そして……見なれない、地球人。


「ギャー!」

「うわぁー!」


 多分その悲鳴は、ほぼ同時だった。むねでキラキラとおどるコンパスのかがやきに気がついたのはもっと先、このおそるべき非常事態をなんとか処理した後のことだった。

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