賢王と呼ばれた男

「それで……今の状況はどうなっている?」

「はい。オスカー殿下はマントサウザンの街にある塔に、幽閉が決定いたしました」


 ようやく落ち着きを取り戻したハンナに確認すると、彼女が淡々と答えてくれた、

 だが、その瞳はまだ私を許してくれてはいないようだ。


「なら、目的は無事達成ということだな」


 そう言うと、私はゆっくりと頷いた。


「あと、コレット令嬢についてですが、秘密裏にカロリング帝国に送還されました」

「そうか……」


 ……結局、彼女は死を受け入れることにした、か。

 残念ではあるが、これ以上はどうすることもできない。


「ですが、その後のロクサーヌ殿下の表情から察するに、受け入れ・・・・られた・・・模様です」

「……彼女も強いな」


 幼い頃からの友達を失うのだ。その心中、察するに余りある。


「では、マルグリット様をお呼びしてまいります。ですが、を受けることはお覚悟ください」

「わ、分かった……」


 そう言うと、ハンナは恭しく一礼した後、部屋を出て行った。

 確かにハンナの言うとおり、私はこれ以上ないを受けることになるだろうな……。


 そして。


「ディー様!」

「リズ……」


 勢いよく部屋に飛び込んでくると、私を見た瞬間、その琥珀色の瞳から涙があふれ出した。


「ディー様……ディー様あ……!」

「リズ……ただいま……」


 リズは私の胸に飛び込むと、何度も私の名前を呼んで泣きじゃくる。

 私も、そんな彼女の背中を優しく撫でた。


「よかった……よかった……!」

「ああ……」


 元々が自分で画策したことであるため、リズへの罪悪感が半端ない。

 ……このことは、棺桶の中まで持っていかねばな。


 すると。


「ディー様……ん……ちゅ……ちゅく……」


 リズは、むさぼるように私の唇を求めてきた。

 ハンナが見ていることなど、お構いなしに。


「ぷは……もう、絶対にどこにも行かないでください……! 絶対に、私のそばにいてください……!」

「ああ……約束する」


 もう、二度とこんな真似はしないでおこう。

 そう心に誓い、私はリズの白銀の髪を撫でた。


 ◇


 ――それから、三か月後。


「ディートリヒよ、前へ」

「はっ!」


 私は、大勢の者に見守られる中、立太子の儀を受けている。

 いよいよ、正式に王太子となるために。


 そんな中。


「…………………………」

「…………………………」


 第二王妃はともかく、第一王妃までもが、無言でこの私を睨みつけていた。

 それもそのはず。私は母である第一王妃と第二王妃にこう言い放ったのだ。


『私がいつか王位に就いたあかつきには、第一王妃殿下と第二王妃殿下には隠居していただき、表舞台に立っていただくことはない』


 と。


 私はともかく、リズにまで危害を及ぼすような者を、彼女に一切近づけさせる気はない。

 当然、この話を第一王妃から聞いたヴァレンシュタイン公爵が猛抗議をしてきたが、そんなもの知ったことか。


 私にとって大切なのはリズであり、仲間であり、この国の民なのだ。

 たかが一握りの貴族の既得権益のために、この私が遠慮するつもりはない。


 そして。


「ディートリヒ=トゥ=エストライン。そなたをエストライン王国の王太子として認める。民を愛し、国を愛し、王となるに相応しい者として、尽くしてまいれ。さすれば、今こうしてそなたを見守る者達が、支えてくれるであろう」

「はっ、このディートリヒ、謹んで拝命いたします。そして必ずや、エストライン王国を平和で、皆が幸せに暮らしてゆける国とすることを、ここに宣言いたします」


 国王陛下の言葉に、私は膝をつき、こうべを垂れながら口上を返す。


「今ここに、次の王となる王太子が誕生した! 皆の者、王太子ディートリヒに祝福を!」

「「「「「わああああああああああああ!」」」」」

「ディートリヒ王太子、万歳!」

「国王陛下、万歳!」

「エストライン王国、万歳!」


 大勢の者達による万歳の大合唱が巻き起こり、それがうねりとなって私の眼前に広がっている。

 その中には、ハンナも、ノーラも、イエニーも、グスタフも、メッツェルダー辺境伯も、義父上も、病をおして来てくださった義母上も。


 何より。


「ディー様、万歳!」


 この私のことを誰よりも信じてくれて、支えてくれて、受け入れてくれて、求めてくれる……そんな、何よりもかけがえのない最愛の女性ひと


 あの日・・・祈りを捧げてくれた、マルグリット=フリーデンライヒが確かにいる。


 第一王妃や第二王妃、妹のヨゼフィーネ、カロリング帝国のシャルル皇子……まだまだ油断ならない者達がいる。


 だが、私は誓おう。


 これより先、どんな苦難が待ち受けようとも。


 ――リズと共に、幸せになってみせると。


 ◇


 これから三百年にわたるエストライン王国の長い歴史において、その類まれなる人望により善政を敷いた“賢王”と呼ばれた一人の王の、始まりの物語。

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弟の策略により命を落とした不器用な冷害王子は、最後まで祈りを捧げてくれた、婚約破棄した不器用な侯爵令嬢のために二度目の人生で奮闘した結果、賢王になりました サンボン @sammbon

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