帰還

「……ここは」


 私は、何故か王宮の庭園にいた。


 だが……私の身体はあの時・・・のように小さく、着ている服もあの時・・・と同じもの。


 そして、噴水の前には必死で祈りを捧げる一人の少女がいた。

 もちろん、見間違うはずがない。


 彼女は……リズだ。


「……それは一体、何をしているのだ」


 私は、あの日と同じ言葉を投げかける。

 この時の彼女が祈る理由など、一つしかないというのに。


「……大切な御方・・・・・が、臥せっておられるのです……王宮の噴水に金貨を一枚と祈りを捧げれば、女神ダリア様が助けてくださると……」


 その少女は瞳に涙を溜めながら、必死で祈り続ける。

 だが、彼女の言葉が少しだけ異なっていた。


 まあ……実の母君なのだから、大切な御方・・・・・であることには間違いはない、か。

 ならば私もまた、あの時と同じようにしよう。


「あ……」

「……一人よりも、二人のほうが絶対に御利益はある」


 私は金でできたボタンを一つ、服からもぎ取ると、それを噴水の中へと放り込み、軽く両手を合わせて祈る。

 嘘か真かは分からないが、祈りを捧げた後、リズの母君が奇跡的に回復されたのも事実。私が祈らない道理はない。


 ただ、あの時とは違い、私はずっと祈り続けた。

 少しでも、義母上の身体が良くなるように、と。


 すると。


「……やはり、あなた様は優しいですね」


 いつの間にか少女が目の前にいて、ニコリ、と微笑んだ。


「はは……私は優しいのではない。ただ、愛しいのだ。愛しい君のために、君を優しく包む全ての者のために、祈りを捧げたかったのだ」

「ふふ……それが優しいというのですよ? そんな愛しのディー様だからこそ、あの時・・・も女神ダリア様が私の願いを聞き届け、あなた様にやり直しの機会を与えてくださったのですから」

「っ!?」


 突然語ったリズの言葉に、私は息を飲んだ。


 あの時とは……リズの願いとは……!


「き、君は、断頭台の前で祈りを捧げてくれた、あの時のリズなのか!?」

「ディー様……誰よりも不器用で、誰よりも優しくて、誰よりも私を愛してくださる、私のディー様……私は、いつでも、いつまでも、あなたを誰よりも愛しています……」


 そう告げると、リズの身体がフワリ、と浮かんだ。


「リズ!」

「ディー様……マルグリットが、ハンナが、ノーラが、イエニーが、あなたのことを愛するみんなが、あなたの帰りを待っています。さあ、お行きなさい」


 リズがニコリ、と微笑むと、私の視界が光に覆われた。


 ◇


「……んう」


 眩しさを覚え、私は薄っすらと目を開ける。

 どうやら、夢の中で光を感じたのは、窓から差し込む太陽の光が原因だったみたいだ。


 だが。


「……不思議な夢、だったな」


 私は手で目を覆いながら、ポツリ、と呟く。


 すると。


「あ……ああ……!」


 声が聞こえ、そちらへと視線を向けると……大粒の涙をこぼす、ハンナの姿があった。


 そうか……そうだったな……。

 私は、わざと・・・毒を飲んで倒れたのだったな。


「ハンナ……私が毒を飲んでから、何日が経った?」

「きょ、今日で十日になります……っ」

「そうか……」


 ふむ……少々予定が狂った・・・・・・か。

 私は、ゆっくりと身体を起こす……っ!?


「ハ、ハンナ……」

「殿下……殿下……」


 あの・・ハンナが、私の胸の中に飛び込んできた。


「はは……元々、解毒薬を事前に飲んでおったのだから、そこまで心配することもないだろうに……」

「ですが……ですが、本当であれば殿下は三日で目を覚ますはずでした! なのに……っ!」

「まあ、そんなこともあるだろう」


 泣きじゃくるハンナの髪を、優しく撫でる。


 実は、オスカーを完全に叩き潰すため、私は一計を案じた。

 私が祝賀会の場で毒を飲み、倒れることで、それをオスカー又はオスカーを取り巻く誰か・・の仕業と見立てるようにしたのだ。


 もちろん、いくら解毒薬を事前に飲んでいるとはいえ、必ず助かるという保証はない。

 だが……そこまでしてでも、オスカーはここで退場させるべきだと判断した。


 私は、オスカー・・・・だけに・・・かかずらっているわけにはいかなくなったからな。


 そしてこのハンナだけにそれを打ち明け、協力してもらったというわけだ。


「もう……もうこんなことは嫌です……こんなにつらいのは、もう嫌……!」

「ハンナ……もう、こんなことは二度としないと誓おう。だから、私を許してほしい」


 思えば、私もハンナに酷い仕打ちをしてしまったな……。

 誰にも言えず、給仕に扮して私に毒を飲ませ、ただ私の帰還・・を待ち続けていたのだから……。


「殿下……」


 ハンナが、顔をくしゃくしゃにしながら私を見つめたかと思うと。


「っ!?」

「ちゅ……ん……」


 なんと、ハンナに口づけをされてしまった。


「ぷあ……最初で最後の我儘を、どうかお許しくださいませ……」

「い、いや……いい……」


 口づけを終えてそう言うと、ハンナはまた私の胸に顔をうずめる。


 私は、そんな彼女をただ受け止めていた。

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