自己紹介

「“スーザン=カルツ”です。これから三年間、君達の担任を務めることとなります。どうぞよろしくお願いします」


 眼鏡をかけた聡明な印象を与える担任教師のカルツ女史が、生徒達に挨拶をする。

 ……が、入学式直後のこともあり、教室内はかなり緊迫した雰囲気となっていた。


「……馬車の中から睨みつけていた生徒達も、これで理解したことでしょう。自分達が、誰を相手にしているのかということを」

「まあな」

「ふふ……ええ」


 ハンナが後ろの席からそうささやくと、私は頷き、リズはクスリ、と微笑んだ。

 この二回目の人生……というより婚約してからこれまでの間で、リズが私の敵に対しては情け容赦ないということが分かった。


 前回の人生では、遠慮してただ不器用に一歩下がったところから、私を支えていただけだったからな。

 本当に、彼女はそれだけ愛する者への情が深いのだろう。


 ……いや、それは私も同じか。


「それでは、これから自己紹介をしていただきます。これは、貴族としてお互いの家を把握する意味でも重要ですので、それを忘れずに」


 貴族というものは、そもそも互いに名乗らなければ相手の事を知る必要はないが、一度でも挨拶を交わしてしまうと、決して無視することはできない。

 それを、教室内で生徒に自己紹介を行わせることで、互いに無視できない存在にしてしまうということか。


 なるほど、王立学園というのも侮れんな。


「わ、私はミュラー子爵家の……」


 それから順番に、生徒達が自己紹介をしていく。

 ふむ……やはり前回の人生と顔ぶれは全く同じだな。

 ただし、早々に退場したブルーノを除いて、だが。


「僕のことはみんな知っていると思うが、第二王子のオスカー=トゥ=エストラインだ。この学園では身分に関係なく、平等こそがたっとばれる。だから、これから三年間は気軽に“オスカー”と呼んでくれ。もちろん、“殿下”なんて敬称も不要だ」


 そう言って人の良さそうな笑顔を貼り付けるオスカー。

 相変わらず、自分を偽ることだけは上手いものだ。


 そして。


「私はエストライン王国第一王子のディートリヒ=トゥ=エストラインだ。オスカーも言ったが、この学園内では・・・・・遠慮は無用だ。その代わり、私も遠慮はしない。だが、そうだな……男性諸君は、婚約者のマルグリットだけは見ないでいてくれると助かる。でなければ、私が嫉妬してしまうからな」


 どのつら下げて言っているのだ、という視線を送る者が約半数、思わず吹き出しそうになっている者が三分の一、そして無関心の者が少々といったところか。

 はは……分かりやすくていい。


「どうか、三年間よろしく頼む」

「「「「「っ!?」」」」」


 私は、生徒達に向かって深々と頭を下げると、さすがにこの行動には驚いたのだろう。

 派閥に関係なく、子息令嬢達は一斉に息を飲んだ。


「「…………………………」」


 まあ、オスカーとオットーの二人は、射殺すような視線を向けてきているがな。


「ふふ……フリーデンライヒ侯爵家の長女、マルグリット=フリーデンライヒと申します。ご存知のとおり、私はディー様の婚約者ですが、ご令嬢の皆様はディー様を見ないでいただけると助かります。私、こう見えて嫉妬深いものですから」


 優雅に微笑みながら、リズが自己紹介をするが……はは、まさか私と同じことを言うとはな。


「どうぞ、よろしくお願いいたします」

「「「「「…………………………」」」」」


 リズが深々とお辞儀をすると、子息令嬢……特に男連中が一斉に『ほう……』と呟きながら声を失った。

 その気持ち、大いに理解できるが、男はリズを絶対に見るな。絶対にだ。


「「…………………………」」


 オスカーとオットー、貴様達もだ。

 特にオスカー、貴様は日に日にリズへの視線が気持ち悪くなっているのだから、今すぐその目をくり抜いてやりたい。


「……ハンナ=シャハトです」


 ハンナは立ち上がるなり、名前だけを告げてすぐに座った。

 どうやら、ハンナは誰とも仲良くなるつもりはないらしい。


 だが、男連中はリズに向けた視線と同じものを君に向けているが。

 特にオットー……あれは、ハンナに惚れたのではないだろうか……。


 こうして、国立学園入学初日の行事が全て終わった。


 ◇


「ふふ……さすがに初日は緊張しましたね……」


 夜になり、私とリズは学園の中庭にあるベンチに並んで腰かけていた。


「そうだな。だが、それと同時に君と過ごす学園生活が楽しみで仕方がない」

「私もです……」


 リズが頷くと、私の肩にそっと頬を寄せた。

 前の人生では学園生活など何一つ楽しめなかったからな。今回は余すことなくリズと一緒に楽しみたい。


「……そうはいっても、一年の半分もいられれば御の字だがな」

「そうですね……」


 国政に身を投じている以上、私もただ学園で授業を受けているだけというわけにはいかない。

 様々な任務をこなし、皆の信頼を得なければならんからな。


「ふふ……ですが、学園にいないだけで、ディー様と私はいつも一緒ではありますが」

「当然だ。私は絶対に君のそばにいると誓った……いや、君のそばにいたいのだから」

「はい……私もです……」


 私はリズの白く細い手を握り、愛する女性ひとの温もりを感じながら、共に夜空の月を眺めていた。

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