成長した二人

「さあ、いくぞ!」


 剣術の訓練の時間、私は王国騎士団の副団長であり、剣術師範であるグスタフに向け、木剣の切っ先を突き出す。


「甘い!」


 それを、グスタフはいともたやすく弾くが。


「そこッッッ!」


 そのままグスタフの木剣に剣の刃先を滑らせた。


「ふう……参りました」

「よし!」


 苦笑しながら敗北を宣言するグスタフ。

 私は、嬉しさのあまり拳を握りしめた。


「ハハハ! とうとう、私が殿下に一本を取られる時が来ましたな!」

「ああ……ようやく、技術に身体が追いついた・・・・・


 拳を握ったり開いたりしながら、自分の身体の感触を確認する。

 そう……あの婚約記念パーティーの日から一年半が経過した。


 この一年半で、私の身体は成長し、今では体格もグスタフと遜色ない。

 といっても、グスタフは中肉中背。一般的な王国男性の体格だ。


「いやはや、本当に……殿下は、お強くなられました……」

「いいや、まだまだだ。何より、グスタフはまだ本気に・・・なっていない・・・・・・


 勉強のためにグスタフの騎士団での訓練風景を見学させてもらったことがあるが、そもそもグスタフは双剣使い・・・・。一本の剣では、本領を発揮できない。


 それに、その戦闘スタイルも騎士特有の綺麗な剣術ではなく、何でもあり・・・・・の実戦剣術。普通の剣での攻撃もあれば、蹴りも繰り出すし目潰しだってする。


 ……私も、まだまだだな。


「ハハハ……殿下は本当に貪欲ですな。はっきりと申し上げれば、殿下の年齢でそこまでの腕前があれば、増長してしまうものなのですが」

「当たり前だ。私の剣は、大切な女性ひとを守るために……「ディー様、面白いことをおっしゃいますね」」


 私の言葉を遮り、後ろからクスクスと笑いながら近寄る女性。

 彼女こそ、私の愛するただ一人の女性ひと、マルグリット=フリーデンライヒだ。


 当然ながら彼女も成長し、その美しさにますます磨きがかかっている。

 いや、美しさもさることながら、その聡明さ、優しさ、まさに非の打ちどころがない。


 おかげで王宮で開催されるパーティでは、男の貴族共は遠巻きにいやらしい目でリズを眺める上に、オスカーに至っては懲りずに彼女に何度でもダンスを申し込む始末……。

 もちろん、そんなものは全て断っているのだがな。


「……いや、もちろんリズが強いことは承知しているが、それでも格好くらいつけさせてくれ」

「ふふ……もう、ディー様ったら……」


 そう言って、リズは嬉しそうに口元を緩めながら、私の訓練服の袖をつまむ。

 だが、その右手にはリズの身長の二倍はある槍を持っており、その……違和感がすごい。


 いや、そんな勇ましいリズもこの上なく凛々しくて、むしろ惚れ直してしまう私はどうしようもなく彼女にのめり込んでしまっている。


「ハハハ! 相変わらず、お二人は仲のよろしいことで!」

「当然だ。私とリズだぞ?」

「そうです。ディー様と私はもはや運命なんて言葉で片づけることすらできないほど、結ばれておりますから」


 私とリズがそう断言すると、グスタフは肩をすくめてどこか遠い目をしている。


 すると。


「コホン……殿下、マルグリット様、そしてグスタフ様。そろそろお時間です」

「む……そうか」

「では、訓練はここまでですな」


 私は木剣を、リズが槍をグスタフに渡す。


「では、また後でな」

「はっ!」


 恭しく一礼するグスタフに見送られ、私達は自分の部屋へと戻った。


 ◇


「ふむ……やはり、リズはそのような姿もよく似合う」

「ふあ!? も、もう……着替えのたびにお褒めいただくのは嬉しいですが、その、もう少し自重してくださいませ……」


 リズは苦言を呈しながら口元を緩めるという何とも言えない表情を見せているが、そんな相変わらず不器用なところが、私の心を鷲づかみにしてくる。

 もう婚約してから一年半以上経つのに、リズの可愛さは留まることを知らない。


「それより、リズも今回の視察に来ることになってしまったが……本当に良いのか?」

「もちろんです。私は、いつもディー様と共に」


 リズは胸に手を当て、ニコリ、と微笑む。

 ああ……私はこの一年半、この笑顔にどれだけ救われてきたことか……。


 私の派閥を作り、国政に積極的に加わるようになって、私は国王陛下より多くの任務を与えられた。

 国内の視察と調査、治水工事の陣頭指揮、賊の討伐……普通であれば、王族がすることではないような軽微なものまで、何でも率先してこなしてきた。


 これらは全て、“冷害王子”という私の印象を少しでも払拭すると共に、私が次期国王に相応しい人物であると、国の内外に示すため。


 その結果、今では私を“冷害王子”などと揶揄する者もいなくなった。

 ……ただし、第二王子派を除いて。


 なお、オスカーのほうもこの一年半の間に、かなり精力的に活動していた。

 特に、私と違って大きな仕事……カロリング帝国との外交のテーブルに着くなど、まさに国王陛下の代理と呼ぶにふさわしいものばかりだが。


 そして今も、外務大臣であるコレンゲル侯爵と共に、カロリング帝国へと赴いている。

 それは、帝国の第一皇女であるロクサーヌ=デュ=カロリングの留学に我が国に向けての調整を行うために。


「……私は悔しいです。ディートリヒ殿下のほうが、絶対に王太子に相応しいのに、オスカー殿下ばかりに重要な任務が与えられているなんて……」


 侍女のノーラがそう呟き、唇を噛む。


「ふふ……ノーラ、それは違うのよ。確かに、オスカー殿下のほうが華々しく映るかもしれないけど、あれはコレンゲル閣下のお供としてついて行っているだけです。一方、ディー様はどうでしょう?」


 そう言うと、リズは含みのある笑みをこちらへと向けた。


「まあ、そうだな。私の仕事は、たとえ小さな仕事であったとしても、それらは全て国王陛下が最終的に下したもの。ただコレンゲル侯爵の供をするだけのオスカーとは違うのだ」


 表向きには、オスカーが信頼を得ているように見えるが、それは国王陛下が下した任務ではない。

 国政に携わっている貴族達から見れば、私とオスカー、国王陛下がどちらに信頼を置いているように映るかは一目瞭然だ。


「それだけではないわ。そういった小さな仕事をディー様がお引き受けになるのは、全てはディー様の優しさ。たとえ小さなことでも、国民が困っているのなら、率先して助ける、そんな高潔な精神を持っているからなんです」

「っ!?」


 リズの言葉に、私は思わずたじろぐ。

 い、いや、さすがにそれは過大評価というものでは……。


「はい。優しさ、という点に関しては、エストライン王国の歴史の中においても殿下が最も優れているかと」


 こ、今度はハンナまで……。


「わ、分かった分かった。もうその辺でいいだろう。グスタフが待っているだろうから、すぐに行くぞ」

「ふふ……はい」


 私が顔の火照りを我慢しながらリズに手を差し出すと、彼女は何故か蕩けるよう笑顔で自身の手を添える。


「……ディー様、そんなお顔も素敵です」

「っ!? リズ!?」


 そんなことをそっとささやかれ、私の顔はますます火照ってしまった。

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