横恋慕② ※オスカー=トゥ=エストライン視点

■オスカー=トゥ=エストライン視点


「ハア!? どうしてそこでアイツの名前が出てくるんだよ!」


 またもや僕は癇癪かんしゃくを起こし、壁を蹴飛ばした。

 本当に、なんでアイツはいつもいつも邪魔ばかりするんだよ!

 僕のほうが優秀なのに! みんな、僕のことを褒めてくれるのに!


 アイツなんて、ただほんの少し先に生まれただけじゃないか!


「殿下!? どうなさいました!?」


 何度も壁を蹴り続けていると、侍従のリンダが慌てた様子でやって来た。


「ああリンダ……僕と兄上、どっちのほうが優れている?」

「え……?」

「どっちが優れているかって聞いてるんだ!」

「あ……そ、それはもちろん、オスカー殿下です!」

「なら、なんで僕は二番目・・・なんだよ!」


 そう言って、僕はリンダに当たり散らす。

 この、鬱屈うっくつとした感情に身を任せて。


 すると。


「ウフフ……大丈夫よ、オスカー」

「っ! お母様!」

「いい? あなたのほうが優秀な王子なのはみんな分かっています。でも、二番目・・・であることが……ディートリヒが前にいることが許せないんでしょう?」

「そうです! 僕は……僕は、アイツの後ろにいるなんて嫌だ!」


 僕は、お母様に思いの丈をぶつけた。

 そうだ! 僕はアイツが目障りなんだ! 邪魔なんだ!


「だったら、もっとみんなにあなたが優れていることを……いえ、ディートリヒがどうしようもなく劣っていることを、ただ一番最初に生まれてオスカーの邪魔をする害悪・・でしかないことを、ちゃんと教えてあげないとね?」

「っ! そ、そうか!」


 お母様の言葉で、僕は気づく。

 そうだよ! そもそも、アイツが僕以下なのは間違いないんだ!

 だったら、今よりもっとあの第一王子が駄目だってことを、広めてやればいいんだ!


「リンダ! 早速、王宮内で広めろ! アイツが……第一王子が、いかに王国にとって邪魔な存在でしかないか……害悪・・でしかないかということを!」

「か、かしこまりました!」

「ウフフ、心配しなくても、わらわも手伝ってあげますよ? 一か月もしないうちに、王宮内に広まって、一年以内には王国全土に広まるかしら? 第一王子は“冷害王子”だって」


 “冷害王子”! まさにアイツにピッタリじゃないか!


「あはは! そうだよ! そうなれば、みんな分かるんだ! あのマルグリットだって!」

「マルグリット? それは誰?」


 僕が嬉しそうにそう叫ぶと、お母様が興味深そうに尋ねる。


「マルグリット=フリーデンライヒって女の子だよ! フリーデンライヒ侯爵の娘の!」

「ふうん……そう……」


 するとお母様は、急に冷めた表情を見せた。

 な、何か僕、変なことを言ったんだろうか……。


「まあいいわ。とにかく、あのディートリヒを蹴落としてしまうのよ?」

「分かりました! お母様!」


 僕は元気よく返事をすると、お母様はニコリ、と微笑んだ。


 ◇


 それから、リンダが侍女達にアイツの悪評をこれでもかと流し、お母様はパーティーやお茶会の場などでアイツのせいで優秀な僕が行き詰ってしまうと、多くの夫人達に訴えていった。


 するとどうだろう。

 お母様が言ったとおり、一年……いや、それよりももっと早く、貴族全員があの人形野郎のことを“冷害王子”と陰でささやくようになった。


 まだ表舞台に立っていないから、国民全員にまで“冷害王子”の名は行き届いていないけど、それも成人となる十五歳を迎える頃には、名実共に“冷害王子”の名をほしいままにしているだろう。


 それよりも。


「あはは! 今頃、マルグリットはアイツのことをどう考えているだろうなあ! なにせ、自分の想いを寄せている相手が、“冷害王子”なんて呼ばれるほどの駄目王子なんだから!」


 アイツに幻滅しているマルグリットを想像し、僕は腹を抱えて笑った。

 そうとも! どうしてあんな奴に興味を持ったのか知らないけど、これで分かるはずだ!


 マルグリットに相応しい男は、僕しかいないということを!


「ああ……! 早くマルグリットに逢いたい! そして彼女から、人形野郎……いや、“冷害王子”を蔑む言葉が聞きたい!」


 そう考え、彼女と出逢う機会を心待ちにしていた僕だったが、マルグリットは社交の場に一切出てくることもなく、彼女と顔を合わせる機会がなかった。


 気になってリンダに調べさせると、どうやら立派な淑女になるための勉強をしているらしい。

 あはは……となると、それらは僕のために活かされることになるんだから、成長したマルグリットを楽しみに待つのも一興だ。


 さらに美しくなった妖精の姿を思い浮かべながら、僕はその時を待つ。


 そして。


「…………………………は?」

「で、ですからその……ディートリヒ殿下は、フリーデンライヒ侯爵の令嬢であらせられる、マルグリット様と婚約なさることになったそうです……」


 僕は、彼女が“冷害王子”と婚約することを知った。


 ◇


「……それもこれも、結局は“冷害王子”の奴と、愚鈍な国王のせいだ」

「っ!? で、殿下!? さすがに国王陛下への悪口は……」

「何だ? 言ってみろ」

「あ……い、いえ……なんでもありません……」


 僕の言葉を咎めようとしたリンダをジロリ、と睨みつけると、彼女はそのまま口ごもってうつむいた。


「全く……まあだけど、第一王妃派の貴族はパーティーで三分の一は取り込めたし、かなりの収穫ではあったんだ。とりあえず、今日のところはよしとするか」


 今回、僕は王国内の全ての貴族が集まる今日のパーティーの場を利用して、第一王妃派の切り崩しを図った。

 これは、第一王妃派内で暗躍してもらっていたコレンゲル侯爵の発案だったんだけど、おかげでかなり上手くいった。

 どうやら、あの男が今日に向けて根回しをしてくれていたようだ。


 とはいえ……口々に僕に婚約者を薦めてくる貴族の連中には、ウンザリしたけど。


「だけど、やっぱりお母様・・・はすごいや! こんな簡単に、あのババア・・・ともう少しで肩を並べるところまで来れたんだから!」


 そう……付き従う貴族の数では既に第一王妃を上回り、その財力、兵力共にヴァレンタイン公爵家と互角。

 しかも、そのことにあの馬鹿な第一王妃は気づいていないんだから、笑うしかない。


「あはは……いざ王太子を決める時にこのことを明かしたら、ババアと“冷害王子”はどんな顔するかな?」


 まあ、別にアイツ等が絶望したところで、ただ醜いだけなんだけどね。


 それよりも。


「マルグリット……この僕が、君を救い出してあげるから。そして、今度こそ間違えないようにするんだよ?」


 涙を流して感激しながらすがりつく彼女の姿を思い浮かべ、僕は口の端を吊り上げてそう呟いた。

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