エイデン・コマツを追って

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 ──エイデン・コマツを追って



 ベリアとロスヴィータはそれからオープンソースでアメリカ国防総省ペンタゴンが正式にアロー・インフォメーション・セキュリティ&マネジメント・サービスと契約していることを確認した。


「さて、仕掛けランをやろうか?」


「オーケー。作戦は?」


 ベリアが言うのにロスヴィータが尋ねる。


「ここのアイスは北米情報保全協定と同じ。二重の限定AIによるアイス。それに加えてガーゴイル型ブラックアイスがあるって話。管理者シスオペAIはアイスとは別に存在する」


「全部制圧しなければいけないわけだ」


「そう。ジャバウォックとバンダースナッチが二重の限定AIのアイスを制圧する。管理者シスオペAIはこのシステム制圧用のワームで制圧。ブラックアイスの制圧にはHonestJackの改良型を使う」


「役割分担は?」


「君は管理者シスオペAIの制圧。私はブラックアイス担当。抜からずやっていこうね。一気に制圧しないと警報が出る」


「分かった。タイミングを合わせて仕掛けよう」


 ベリアとロスヴィータがそう言葉を交わす。


「じゃあ、行くよ。ジャバウォック、バンダースナッチ。作戦開始!」


「了解なのだ」


 ジャバウォックとバンダースナッチが動く。


 ジャバウォックとバンダースナッチは限定AIによるアイスを制圧するためにベリアが準備したアイスブレイカーを叩き込む。


 二重の限定AIによるアイスは北米情報保全協定と同じ。


 一層目のアイスを無力化したら二層目のアイスがそれをスキャンする前に制圧する。今回はそれに加えてその先にいるブラックアイスも制圧しなければならない。後、それらを管理する管理者シスオペAIも。


「制圧開始」


 ジャバウォックが表層のアイスを砕き、それからナノセカンド単位で二層目のアイスがバンダースナッチによって砕かれる。


「ワーム投入!」


 すかさずロスヴィータがワームを放り込み、管理者シスオペAIを機能不全に追い込む。管理者シスオペAIはたちまち動かなくなる。


「最後!」


 トドメにベリアがガーゴイル型ブラックアイスにアイスブレイカーを叩き込む。トラフィックを解析して侵入者を割り出すブラックアイスに極端な通信負荷を掛け、解析不能に陥ったところでウィルスが作動してブラックアイスを破壊する。


「突破完了。後は人間が気づく前に情報をいただいていこう」


「検索エージェント、起動」


 ベリアとロスヴィータが検索エージェントにエイデン・コマツのデータを探らせる。


「エイデン・コマツ。ヒット。軍から委託されている案件だ」


「詳細は?」


 ベリアが情報を掴み、ロスヴィータが尋ねる。


「エイデン・コマツ。元アメリカ海兵隊少佐。海兵隊ではアメリカ海兵隊特殊作戦コマンドに所属。心理戦及び近接戦闘CQBのエキスパート。従軍していたときに第六次中東戦争と第三次湾岸戦争に参加」


 ベリアが情報を読み上げていく。


「その後は?」


「第三次湾岸戦争で負傷し、軍を傷病除隊。その後は民間軍事会社PMSCに所属。六大多国籍企業ヘックスの関連企業ではなく、どこの企業の仕事でも引き受けるフリーの民間軍事会社」


「傷病除隊したのに民間軍事会社?」


「機械化してる。いや、軍にいたときから機械化してた。治療記録がある。これは傷病除隊という名の引退だね。軍の仕事に飽き飽きしたんじゃない?」


「かもね。軍はどんどん仕事ビズを民間軍事会社に任せて、彼らに軍人より高い金を払う。職種によっては正規軍よりも信頼されることすらある。正規軍のプライドはズタボロ。そりゃうんざりするよね」


 ロスヴィータがそう言って肩をすくめる。


「アメリカ軍ですらそうなんだ。小国に至っては完全に国家安全保障を民間軍事会社に依存してる。民間軍事会社は専門的な知識を提供し、国家安全保障政策の策定に関わる。で、それによって自分たちに依存するように誘導する」


「今の安全保障界隈で民間軍事会社に関わらずにいられるほど楽じゃない。軍の志願者は先進国では低い水準で軍事力は無人化と省人化で維持されている。そして、無人機の運用は専門家である民間軍事会社がやる」


「今の兵器はハイテク過ぎて訓練された職業軍人でも完全には扱いこなせない。専門知識が必要になる。まあ、それはいいとしてエイデン・コマツは民間軍事会社に勤務したままじゃなかったんでしょ?」


 ロスヴィータがベリアにそう尋ねる。


「民間軍事会社を4年で契約を切って、グレイ・ロジカル・アナリティクスってビジネスコンサルタント企業に就職している。その後はそのままそこに所属していた。死ぬまで。死亡が確認されたのは2047年6月22日」


「グレイ・ロジカル・アナリティクス? 聞いたこともない」


「ジョン・ドウやジェーン・ドウの類はこの手のコンサルタント企業の社員のIDで活動するって言われている。彼らは六大多国籍企業の職員ではないけれど、かといって無職というステータスで行動するには派手過ぎる」


 とはいえ、グレイ・ロジカル・アナリティクスなんて会社は聞いたこともないけどとベリアが首を傾げた。


「ご主人様。管理者シスオペAIが再起動しようとしてるのだ。誰かが管理者シスオペAIの機能不全に気づいたのだ」


「じゃあ、ずらかろう」


 ジャバウォックが警告するのにベリアがアロー・インフォメーション・セキュリティ&マネジメント・サービスから脱出する。


「さて、グレイ・ロジカル・アナリティクスについて調べる?」


「期待薄だけどね。この手の企業はマトリクスに情報を残さない」


「そう八重野に伝える?」


「伝えるしかないね。彼女もがっかりするとは思うだろうけど」


 ベリアたちはそう言ってログアウトした。


「さて、東雲は出かけているみたいだし、八重野君を呼ぼうか」


 ベリアはそう言って部屋を出ると八重野の部屋の扉を叩いた。


「八重野君、八重野君。情報が手に入ったよ」


「本当か?」


「エイデン・コマツについて。彼の履歴ヒストリーを探ったよ。君ももう知っている情報かもしれないけれど、ね」


 ベリアはそう言って八重野を自分たちの部屋に招き、エイデン・コマツについて調べた情報を八重野に伝えた。


「知らない情報ばかりだ。海兵隊員だったことは初めて知った。軍人らしいところは見たことがない。確かに剣術は優れていたが」


「グレイ・ロジカル・アナリティクスって聞いたことは?」


「いや。聞いたことはない。その会社が関係しているのか?」


「恐らくはね」


 情報はないけどとベリアが言う。


「私も調べてみる。北米の会社か?」


「多分。まだ何も調べてない。ペーパーカンパニーの可能性もあるよ。会社を調べても何も出て来ないかも」


「ふうむ。確かに情報保全企業という公の記録に残るようなところにジョン・ドウが所属していたとは思えないが」


 八重野が考え込む。


「アプローチを変えてみない? ジョン・ドウから斡旋された仕事ビズは? そこから辿れないかな?」


 ロスヴィータがそう提案する。


「ジョン・ドウはロサンジェルスにおけるある六大多国籍企業ヘックスの基盤を固めたいとは言っていた」


「なるほど。で、ニューロサンジェルスで権力を握っているのは?」


 ロスヴィータが尋ねる。


「アトランティス。警察業務はALESSが引き受けているし、都市開発もアトランティスがやっている。もっとも、国際的な競争力を維持するためにTMC同様他の六大多国籍企業が進出していないわけでもないけど」


「ALESS。アトランティスAL執行EサポートSサービスSか」


「元はハンター・インターナショナルという民間軍事会社PMSCの一部だったけど、アトランティスに買収されてから低強度紛争部門を独立させた。大井が太平洋保安から大井統合安全保障を切り離したのと同じ」


「ブランドイメージ。一般的に民間軍事会社が警察業務をやるというのは受け入れられがたいからね。まあ、そうは言っても低強度紛争部門だから軽武装なだけで元軍人がコントラクターとして働いているんだけど」


 ALESSと大井統合安全保障は似た者同士だ。


 この手のブランド戦略というのは六大多国籍企業の間ではよく使われる。


 民間軍事会社ではなく、民間警備会社と呼ぶ。軍事や戦争のことを安全保障と呼ぶようなある種のオーウェル染みたダブルスピーク。


 それが企業のブランド戦略だ。


「じゃあ、ジョン・ドウはアトランティスの所属?」


「かもしれない。アトランティスは確かにニューロサンジェルスで主導的な立場になったけど、他の六大多国籍企業がニューロサンジェルスを狙ってなかったわけじゃない。災害復興は大きな利益を産む」


「TMCの復興でも大井は大儲けした。復興そのものも儲かる事業だし、その後の事業基盤を作ることもできる。今やTMCでのあらゆるサービスは民営化され、大井がそれを独占しているってわけ」


「ニューロサンジェルスも同じだね。アトランティスが復興を主導し、アトランティスに金が入る構図を作った」


 ロスヴィータとベリアがそう言葉を交わす。


「しかし、アメリカでの大規模事業をアトランティスが引き受けるって珍しい?」


「いや。確かにアメリカ政府はロンドンに本社を移したアトランティスより、フィラデルフィアに本社を置いているアローに委託する方を好む」


「愛国的アメリカ企業ってわけか。未だに国というものは力を持っているんだね」


「アメリカって国家は死にぞこないなのに。どの事業も外注して政府は骨抜き」


 ロスヴィータが呆れたように肩をすくめた。


「それはいい。アトランティスはニューヨークのヴァンデンバーグ人工島の建設やニューヨーク州との警察業務の委託などを受けているのは知っている。アトランティスがアメリカ政府から委託を受けてもおかしくはない」


 八重野が焦った様子でそう断言した。


「アトランティスかもしれないというのは手掛かりにはならないのか? その、グレイ・ロジカル・アナリティクスという会社との関係は?」


「六大多国籍企業はジョン・ドウ、ジェーン・ドウとの取引の情報を徹底的に隠すよ。それこそ本社の社内ネットワークにでも侵入しない限り」


「マトリクスに情報は……」


「欠片も残さないよ。それこそこのグレイ・ロジカル・アナリティクスって会社が六大多国籍企業の汚れ仕事を引き受けている会社ならなおのこと」


「そうか」


 八重野は酷く落胆した様子だった。


「本当にグレイ・ロジカル・アナリティクスって聞いたことない? 何かジョン・ドウが名刺を持っていたりとかは?」


「ない。そんなものは見たことがない。ジョン・ドウが名刺など持っているわけがないだろう?」


「それはそうだけど」


 ベリアもお手上げという様子で首をひねった。


「グレイ・ロジカル・アナリティクスについて調べても何も分からないだろうね。ひとつ言えるのはジョン・ドウは元海兵隊員で、民間軍事会社に勤めてから、グレイ・ロジカル・アナリティクスを人生の終わりに選んだ」


「戦友だった人間が分かればいいけど、多分戦友にも話してない。ジョン・ドウ、ジェーン・ドウは企業に忠実で、正体を知られれば始末される可能性もある」


「お手上げだ」


 ロスヴィータとベリアが肩を落とした。


「エイデン・コマツについて分かったのはこれだけだよ、八重野君。どうやら君のジョン・ドウの正体は分かりそうにない」


「そのようだな。何かの手掛かりになればよかったのだが」


 八重野がそう言った時、東雲が部屋に帰って来た。


「ただいま。で、行ってきますだ。ジェーン・ドウから呼び出しだ。ベリアも一緒に来いってさ」


「オーキードーキー。じゃあ、行ってくるね」


 東雲が言うのにベリアが立ち上がり、部屋を出ていった。


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