第4話 くじ引き

 ルカちゃんのファーストキッスの相手は僕。面と向かってちゃんと言われると、すっごくドキドキする。


「隼人のファーストキッスは誰にするの? もしかして……もう経験してるの?」


 ルカちゃんは口を隠していた手を下ろした。表情が曇っているのが分かる。


「いやいやいや、チューの経験はないよ」


「私じゃ……ダメ……かな? 隼人のファーストキッスの相手」


 少し照れながら、恥ずかしそうにルカちゃんは僕に尋ねた。


「だっ、駄目じゃない。僕もはじめてのチューはルカちゃんって決めてるから!」


「そうなんだ。嬉しい」


 喜ぶルカちゃん。そして僕を見て微笑む。


「えっと、ね。な、何しよっか」


 僕を見つめるルカちゃんにドキドキする。頭が回らない。


「隼人」


 ルカちゃんは目を閉じ、顔をほんの少し前に出した。


 ——く、くあぁぁぁ。どうしよぉぉ。理性が、モラルが、無くなるぅぅ。


 時計の針の音だけが響く二人きりの静かな部屋。いつもなら簡単に断れるのに、今は何故かルカちゃんの柔らかそうな唇ばかり見てしまう。


 心臓がキュと締め付けられる。いいの? チューしても。今日のルカちゃんは一段と可愛く見えるのは何故?


 自分の手とルカちゃんを交互に見る。悩む。いくのか? いかないのか? どっちなんだい!


「ルカちゃん」


「うん。いつでもいいよ」


 目を閉じたままルカちゃんは返事をする。僕はルカちゃんの肩に手を添えようとしている。だけどそれを止めようとしている自分もいる。そのせめぎ合いに葛藤している。


 悩む……うー、ルカちゃん可愛いなぁ。うー。


 僕は……誘惑に負けた。目を閉じているルカちゃんの両肩に手を添える。


「ルカちゃん。チュー、してもいい?」


「うん」


 目を閉じたままうなずくルカちゃん。やばい、頭に血が上る。心臓が爆破しそうだ。


 はじめてのチューだから上手に出来るのか心配だけど、ここまで来たらやるしかない!


 ルカちゃんの唇に僕の唇をゆっくりと近づける。


「隼人ー。おやつ持って来たわよー。両手塞がっているから開けてー」


 部屋の扉の向こう側からお母さんの声。僕はハッと我に帰った。


「は、はーい。いま開けるー」


 扉を開けてお母さんを部屋に入れた。ルカちゃんはいつの間にか水晶代わりのビー玉の前に座っていた。


「ルカちゃん。いらっしゃい」


「おばさん、こんにちは」


 お母さんはルカちゃんが部屋にいても驚かない。ルカちゃんが部屋にいるのは日常茶飯事だからね。


「占いやってたの?」


「はい。そうなんです」


 お母さんは部屋の状況を見て推理したみたいだ。昔から得意なんだよなー。


 お母さんの乱入で雰囲気が一変した。チューをする雰囲気じゃない。


「お母さん上機嫌だね。何かあったの?」


 鼻歌を歌いながら、お菓子をテーブルに置いているお母さんに尋ねた。


「そうなのよ。ついさっき、商店街に行って今日から始まったガラポンくじをしたのよ」


「一人で行ったの?」


「一人じゃないわよ〜。四人で行ったのよ」


「四人って、お父さんとルカちゃんのお父さんとお母さんと?」


「そうなの。そしたらなんとお母さん、特賞当てました〜。温泉旅行四名様の無料チケットゲット〜」


「マジで! すごいね」


 お母さんは昔からくじ運がいい。くじをすると何かしら必ず当てる。


「でも、行けるのは四人でしょ? あと一人は誰が行くの?」


 僕の家族は三人。一人分余る。できればルカちゃんと行きたい。


「隼人達は行けないわよ。あなた達はお留守。私たち親四人で行くのよ」


「え? ……えぇぇぇ! 何それ! 僕も行きたい。ルカちゃんも行きたいよね!」


 どうして親だけで行くの? 親だけ楽しい思いが出来るって不公平だよ!


「ルカはお留守番でいいです。パパとママには温泉でゆっくりしてもらいたいから」


「うんうん。ルカちゃんはいい子だね〜。隼人も見習いなさい」


 くぅぅ。ルカちゃんが良い子すぎる。僕がこれ以降駄々をこねるとカッコ悪すぎる。ルカちゃんに嫌われちゃう。


「……分かったよ。温泉楽しんで来ていいよ。でもお土産買ってきてね」


「ありがと〜。優しい息子でお母さん嬉しいわ〜」


 温泉行きたかったなぁ。はぅぅ。お母さんが喜んでいるから諦めるしかないよね。


「お母さん、温泉はいつ行くの?」


「温泉は今度の週末に行くわ。あなた達は二人でウチにお泊まりね。隼人、あなたルカちゃんの彼氏なんだから、しっかりルカちゃんを守りなさいよ」


「「えっ?」」


 僕とルカちゃんは同時に驚いた。ココでルカちゃんと二人でお泊まりって予想外すぎる。


「お母さんはお昼ご飯の準備があるからもう行くわね。ルカちゃんごゆっくり〜」


 お母さんは上機嫌で部屋を出て行った。


「ははは。急な話でビックリしたね」


「うん。そうだね」


 ルカちゃんは占い道具一式の後片付けをしている。片付け終わるとバックパックを背負い立ち上がった。


「ルカちゃん帰るの?」


「うん。もうすぐお昼だから」


「そっか」


 名残惜しいけど仕方ないよね。お昼だしね。


 ルカちゃんは靴を履いて窓に登った。


「隼人」


「何?」


「週末楽しみだね」


「うん」


 ルカちゃんはニコッと笑顔になる。


「隼人の攻略法が解ったから来週は絶対にチューしようね。じゃあね、バイバイ。——とう!」


 ルカちゃんは入って来た窓から出て自分の家へ帰った。


 ……はて? 僕の攻略法? なんだろう? う〜ん。雰囲気にのまれたから、そこかなぁ。まっずいなぁ。


 さっきは僕からチューしようとしたけど、よくよく考えると、僕達にチューははまだ早い。絶対にしちゃ駄目だよね。

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