第90話 宿願を断ち切る者


「ありがとう、執行人サン」

「ああ。でも、礼なら後でテティに言うんだな」


 俺は腕の中で呟いたシシリーに向けて告げる。


 実際、俺がこの場所まで来れたのは、テティがシシリーの匂いを察知し、滝裏の洞窟の存在に気づけたからだ。


 元からヴァリアスの名前を知れていたことも大きい。おかげで、召喚するのに名前が必要なイガリマを、予め手にした状態で駆けつけることができた。


「シシリーさん、大丈夫ですか!?」

「あ、貴方たちも……」


 先行した俺の後で、メイアとテティ、それにクレスもやって来る。

 シシリーの首にはきつく握られた痕があったが、幸いにも深い傷ではなかった。


「シシリーさん、でしたわね。アデルさんから事情は聞いています」

「王女様まで来てくれるなんてね。どうして……というのは後にしましょうか」

「そうだな。まずはアイツを倒す必要がありそうだ」


 シシリーを皆に任せ、俺は斬られた腕を押さえながら苦悶の表情を浮かべているヴァリアスを見据える。


「シシリー。あの男、俺が倒して問題ないな?」

「……いいの?」

「ああ、任せろ。これでも復讐代行屋だからな」

「そう、だったわね……。分かった。私の復讐、貴方に託すわ」


 俺はその言葉に頷き、同胞殺しの魔族、ヴァリアス・グランダークと対峙した。


「き、君は、一体何者……。それに、その大鎌は……」

「さあな。答える義務は無いと思うが?」


 俺の返しを受けて、ヴァリアスは苛立たしげに歯噛みした。


 油断なくイガリマを構えながら、俺はここに来る前にしたのと同じように、ヴァリアスの執行係数を表示させる。


====================

対象:ヴァリアス・ランダーク

執行係数:4599823ポイント

====================


「……」


 かつてヴァンダール王国を支配しようと目論んでいたマルクの、倍近い執行係数。


 それは、ヴァリアスという男がこれまでに重ねてきた悪行を示していた。


「凄いな。さすがの俺もお前ほどの悪には会ったことがないよ」

「この僕が、悪だと……?」

「シシリーから聞いたぞ? お前は同胞を何人も手にかけたそうじゃないか」

「フン。それのどこが悪だと言うんだ」

「あ?」

「誰だって、生きていて辛いこともあるだろう? だから、僕はそんな者たちの手助けをしてやってるのさ。死という名の救済によってね」

「……」

「おまけに、死んでなお僕の役に立てるようにしてやっているんだ。そんな僕を悪だと決めつけるなんて、君は何様のつもりだい? 人間風情が、この僕に意見するんじゃないよ」

「……分かった。理解できないようならもういい」


==============================

累計執行係数:19,528,509ポイント


執行係数30000ポイントを消費し、《神をも束縛する鎖レージングル》を実行しますか?

==============================


 俺は表示させた青白い文字列の内容を承諾し、ヴァリアスに向けて黄金色の鉄鎖を放った。


「なっ!? この鎖は……!?」

「さっきも言っただろう。答える義務は無いと」


 俺が放った鎖はヴァリアスを捕らえ、その動きを封じる。

 後はマルクにしたように亜空間に放り込んでやる。


==============================

累計執行係数:19,498,509ポイント


執行係数100000ポイントを消費し、《亜空間操作魔法デジョネーター》を実行しますか?

==============================


 表示させた青白い文字列の内容を承諾しかけたその時、俺の背後にいたシシリーから声がかけられる。


「執行人サン、気をつけて! ヴァリアスの持っている《魔晶石》は――」


 シシリーが言い終わる前に、鎖で束縛されていたはずのヴァリアスの姿が消えた。


「――っ」


 危険を察知した俺は、咄嗟に《亜空間操作魔法デジョネーター》の使用を取り止め、別のジョブスキルを発動する。


「《土精霊の加護クレイノーム》発動――」

「何だとっ!?」


 俺のすぐ目の前に現れたヴァリアスが驚愕する。

 どうやら俺の選択は正解だったらしい。


 《土精霊の加護クレイノーム》のジョブスキルによって召喚した土の防護壁が、俺に掴みかかろうとしたヴァリアスの手を阻んでいた。


「チッ!」


 不可解な現象に遭遇して危うしと見たのか、ヴァリアスは俺から距離を取る。


 ヴァリアスは斬られていない方の手に《魔晶石》を握っており、俺はヴァリアスが姿を消したのは、その《魔晶石》の力によるものだろうと理解した。


「君、一体何なんだ? その大鎌といい、先程の鎖を召喚した能力といい、《魔晶石》も使わずに複数のジョブスキルを使用するなんて……。まるで、僕を封印したあの男みたいじゃないか」


 焦燥を浮かべるヴァリアスには構わず、俺はいつまた奴が消えてもいいように注視する。


 どうやら奴が消えてから出現するまでには若干の間があるらしい。


 それなら、奴が消えたと同時に俺と後ろにいるシシリーたちの周りに土の防護壁を召喚すれば、とりあえずの対応は取ることができる。


「そういえば、答えてはくれないんだったね。まあいい。君が特殊な、とても特殊なジョブの使い手だということは分かったよ。……クク、クククク」

「何がおかしい?」

「君を見てとても興味が湧いてきてね。僕が今進めている実験の糧にしたいと、そう思ったわけだよ」

「実験だと?」

「フフン、良いよ。僕は君と違ってサービス精神旺盛だからね。答えてあげよう」


 言って、ヴァリアスは大仰に両手を広げ、喜々として語ろうとする。

 なるほど、コイツは相手を煽るような言い方をしないと気がすまないタチらしい。


「《魔晶石》が魔族からジョブの力を抽出したものだということは知っているだろう? 僕はね、君たち人間からも同じことができるんじゃないかと思っているんだ」

「人間から《魔晶石》を? まさか、そのためにお前は《救済の使徒》を使ってルーンガイアの国民を集めようとしていたのか? あんな機械仕掛けの魔獣まで貸し与えて」

「……何故そのことを知っている。いや、そういうことか。奴らを壊滅させたのは君なんだね」

「……」

「フフフ、いいねいいね。ガーディアンキマイラまで倒していたとは、俄然君に興味が湧いてきたよ。そう、その通りさ。まず実験を行うには大量の素材を用意するのが大切だからね。でも、どうやら君に阻まれてしまったみたいだけど」

「お前の目的は何だ? 何故、人間に対象を広げてまで《魔晶石》を集めようとしている?」

「世界に僕という存在を認めさせるためさ」

「自分の存在を認めさせるだと?」

「僕はね、かつて魔族に封印されたことがあるのさ。どうしてだか分かるかい?」

「お前が《魔晶石》を得るなんていう利己的な目的のために、同族を殺したからだろう?」

「いいや、違うね。奴らは嫉妬したのさ。僕のこの天才的な頭脳にね」

「……」

「当時、僕を封印した男がいたんだよ。その男は、忌まわしいことに、複数のジョブを持っていたんだ」


 ――複数のジョブを持つ男? まさか……。


 ヴァリアスの話を聞いて、俺は脳裏にある魔族の名を思い浮かべていた。


「変な話だよねぇ。その男だって相手を殺して新たな能力を得るって点では僕と一緒だったんだ。でも、その男は魔族の中でも称賛を浴びて、僕は受け入れられなかった。殺す対象が当時敵対していた人間か、味方である魔族かって違いだけでね。別に敵だろうが味方だろうが、一緒なのに」

「……」

「でも、最近になって僕を封じていた結界が解かれたんだよ。その時、僕は歓喜に湧いたさ。ついにあの男の手から逃れることができたんだって。何で急に結界が解かれたのかは分からないけどね」

「……」

「まあ、あの男が死んだって考えるのが自然なんだろうね。そうなると、神は僕の方を選んだってわけだ。やっぱり神は僕を見捨てなかっ――」

「いや、そうじゃないな」

「……は?」


 俺が口を挟むと、それまでベラベラと語っていたヴァリアスが呆けた声を漏らす。


「単にアイツは、自分の目的のために他の犠牲を厭(いと)わなかった。だから執行したんだ。別に神が選んだからとかじゃない」

「き、君は一体何を言って……」

「マルク・リシャール。それがお前を封印していた者の名だろう?」

「――!?」


 ヴァリアスが俺の言葉を聞いて目を見開く。

 肯定ということだろう。


「他人を理不尽で踏みにじろうとしているって点では、確かにマルクもお前も一緒だ。だがな、決してマルクのことを擁護するわけじゃないが、まだ俺としてはアイツの価値観の方が理解できたよ」

「まさか、僕を封印していた、奴の結界が消えたのは……」

「俺が倒したからだろうな」

「な……。人間風情が、あのマルクを……」


 ヴァリアスが顔を引きつらせて後退りする。よほど受け入れがたい事実だったらしい。


 けれど、俺にとってそんなことはどうでも良かった。


「さて、長話もそろそろ終いにしよう。執行の時間だ」

「ク……ク……」

「最後に一つ教えておいてやる。俺は理不尽を振りまく奴が大嫌いでな。だから今回も同じだ。俺はお前に、執行の鎌を振るう」」

「ず、図に乗るなよ! 僕の発明した《魔晶石》が、君なんかに負けるものか!」


 俺はイガリマを水平に構え、ヴァリアスを目で捉える。


 ――執行係数4599823ポイント。


 この極めて高い数値を参照して漆黒の大鎌を手にした時、俺は理解していた。

 恐らく、今のイガリマなら全てを刈り取ることができると――。


==============================

累計執行係数:19,488,509ポイント


執行係数70000ポイントを消費し、《因果掌握》を実行しますか?

==============================


 承諾――。


 五感が研ぎ澄まされ、ヴァリアスの一挙手一投足がよく視える。


 ――先程の《魔晶石》を使用。出現位置は……。


 口の動き、目線の動きから、俺はヴァリアスの次の一手を読み切った。

 ヴァリアスの姿が消えたのを確認し、俺はある地点に向けて疾駆する。


「なぁっ!?」


 次にヴァリアスが姿を現したのは俺の予想通りの位置だった。


 いくら姿を消して移動しようとしても、あれだけはっきりと次の出現位置を目で見ていては筒抜けだ。


 ヴァリアスは確かに特異な頭脳を持つ科学者かもしれない。しかし、戦いに身を費やしてきた戦士ではない。


「《刈り取れ、イガリマ》――」


 俺は、異能の力を対象に取れと命じ、イガリマを振り下ろす。


 ――ギシュッ。


 金属をすり潰したような音が響く。


「ぐっ……。斬られた、のか……」


 確かに命中を受けたはずだが痛みを感じないと思ったのだろう。


 ヴァリアスが奇怪なものを見るような目で俺の方を向いていたが、逃げることにしたらしい。


 洞窟の入口の方へと体を向け、《魔晶石》の使用を試みる。

 しかし――。


「な、何故だ!? 何故魔晶石が反応しない!?」


 狼狽しながら、縋(すが)るように《魔晶石》の解放を唱えるヴァリアスの声。


 ――無駄だ。その声はもう届かない。


 俺はヴァリアスを《神をも束縛する鎖レージングル》で捕縛した。


「くそっ! くそぉおおおおお!」


 そして、俺が続けて発動した《亜空間操作魔法デジョネーター》に飲み込まれるその瞬間まで、ヴァリアスは《魔晶石》を手にして叫ぶ。


 しかし、《魔晶石》は奴を拒絶するかのように、何の反応も返してくれなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る