第89話 【SIDE:シシリー】願いの果てにあるもの②

「ヴァリアス……!」


 私が名前を呼ぶと、その男は白髪を掻き上げて不快な笑みを晒す。


「僕の名前を知っているとは、ただの子供じゃないようだね。一体何者だい?」

「……」


 どうやら、向こうは私のことを覚えていないらしい。けれど、私にとってそんなことはどうでも良かった。


 この男に会える日を、ずっと待ち望んでいたのだから。


「貴方が覚えていなくても、私は貴方のことを忘れたことは無いわ!」


 私は地に手をかざし、複数体のゴーレムを召喚する。と同時、ヴァリアスを襲うよう命令を下した。


「死ねぇえええ!」

「やれやれ。急に襲いかかるとは、随分物騒だね。《魔晶石》解放――」

「なっ――」


 私の召喚したゴーレムの拳がヴァリアスに命中したと思ったのも束の間。ヴァリアスに触れたゴーレムが溶けるように崩れ落ちた。


「フフフ……。物質に魔力を流し込み操作するジョブか。自身は危険を冒さずに攻撃ができると考えれば優秀なジョブを授かったと言えるね。おめでとう」


 見ると、ヴァリアスは《魔晶石》を手にしていて、不敵な笑みを浮かべている。


 ――くっ。あの《魔晶石》は……。


 続けてゴーレムを仕掛けるも、結果は同じだった。


 ヴァリアスはその場から動くことなく、全てのゴーレムを土に還す。


 すぐ目の前に仇敵がいるのに、届かない。


 焦る私とは対照的に、ヴァリアスは涼しい顔をしてそこに立っていた。


「ああ、思い出した。君はいつぞやの子供じゃないか。いやぁ、君のお父さんとお母さんから抽出した《魔晶石》、ありがたく使わせてもらっているよ」

「っ……!」

「そんなに怖い顔をしないでほしいなぁ。それに、何をそんなに怒っているんだい?」

「わ、私は、貴方に両親を殺されたのよ! 当然じゃない!」


 ヴァリアスは本当に私の感情が理解できないらしく、顎に手を当てて思考を巡らせているようだ。その態度に私は更なる怒りを覚える。


「分からないなぁ、その感情」

「何……?」

「よく言われるだろう? 生きる者はいずれ死ぬ。遅いか早いかだけ。それは僕たち魔族も一緒さ」

「……」

「君の両親を殺したのは確かに僕だけど、むしろ感謝されるべきなんじゃないかな?」

「感……謝……?」

「いや、だってほら。君の両親のおかげで僕の《魔晶石(コレクション)》が増えたんだ。それは僕にとって喜ばしいことだ。死んでもなお、誰かに利用価値を見出されるなんて、そうそうあるもんじゃないよ。だから、その方法を発明した僕は感謝されるべきなんじゃないかなって。そんな僕に怒りを抱くなんて、君の方がおかしいんじゃない?」


 ヴァリアスは喜々として語る。


 本当に、本心からそう言っているらしかった。


「黙れ……」

「ん? 何か言ったかい?」

「黙れ黙れ黙れえっ!」


 こんな……。こんな奴に……!


 怒りを通り越した感情を覚え、ただ絶叫する。


「絶対に、絶対にお前を殺すっ!」


 私は再びゴーレムを召喚し、ある命令を与えた。


「やれやれ、何度やっても同じだと思うけどね。……むっ」


 私がゴーレムに命じたのは、単なる突撃の命令じゃない。


 ゴーレムは近くにあった大岩を持ち上げると、それをヴァリアスに向けて放ってみせた。


 ヴァリアスは先程までとは違い、向かってくる大岩を横に跳んで回避する。


「それは、お前なんかが使って良いものじゃない!」


 ヴァリアスが先程使用したのは、「魔力分解」という能力を持つ《魔晶石》だ。

 私の母が、生前に使用していたジョブの能力だった。


 ――魔力を持たないもので攻撃すれば、効果は及ばないはず。


 私は更にゴーレムを召喚し、ヴァリアスに向けて岩石を投じるよう命令する。


 ――絶対にコイツを倒す。


 次第にゴーレムの攻撃がヴァリアスを追い詰めていく。


 が――。


「そんな攻撃で、勝った気になっちゃ駄目だよ」

「……っ!?」


 突如、離れた場所にいたヴァリアスが私の目の前に現れる。


 私は咄嗟のことに反応できず、首を掴まれた。

 ヴァリアスは片手で軽々と私の体を持ち上げていく。


「空間跳躍の、《魔晶石》……っ」

「フフ、その通り。君のお父さんが持つジョブの能力だったね。おまけに怪力を発揮する効果を持つ《魔晶石》も使用した」

「ぐっ……」

「君がこうして優秀なジョブを授かって僕の前に現れてくれたおかげで、僕のコレクションもまた増えるというわけだ。君には感謝しなくちゃね。ああ、でも良かったじゃないか。これで君もご両親と同じになれるんだから」

「お、お前、は……」

「ん?」

「お前は何故、こんなことを、する……。何の、ために……」

「……」


 ヴァリアスがそれまで浮かべていた笑みが、そこで初めて消える。


「これから死ぬ君にそんなことを話しても意味は無いよ」


 しかし、ヴァリアスは私の問いに答えることなく、更に力を込めてきた。

 薄れゆく意識の中で、私は懐にしまっていた《魔晶石》を掴む。それは、召喚の能力が込められた《魔晶石》だった。


 これで、《魔晶石》の解放を唱えれば、彼が召喚される。そうすれば、私はこの窮地を脱することができるかもしれない。


「……」


 しかし、私は逡巡する。自分が助かるために彼を危険に晒すのかと。


 ヴァリアスの力は悔しいが本物だ。私に使った他にも、《魔晶石》を所持していることは容易に想像できる。


 そもそも、これは私の個人的な怨恨で始めたものだ。尚の事、彼を喚ぶべきではないかもしれない。


 そんな迷いが仇となった。


 ヴァリアスは私が手にしていた《魔晶石》に気付くと、すぐに私の手から奪い取ったのだ。


「おおっと危ない。君も《魔晶石》を持っていたのか。まったく、どんな能力を込めた魔晶石か知らないが、油断も隙もない」


 ヴァリアスが勝ち誇った顔でほくそ笑む。


 これで私に対抗する手段は無くなってしまった。

 けれど、これで良かったのかもしれないなと、そんな考えがよぎる。


 所詮、自分は魔族なのだ。


 かつて人間と争った魔族でありながら、自分の勝手な都合で利用するなどおこがましい。


「さぁて。これで終わりだよ」


 ――だから、これで良い。これで、私だけ終われば……。


 そう心に決めて目を閉じた。


 けれど――。


「そんな石、使うまでもないさ」


 声が聞こえた。


 直後、私の首を締め付けていた力が緩む。

 何が起こったのかと目を開くと、ヴァリアスの腕が切断されていた。


「ぐぎゃあああああああ! ぼ、僕の腕が……!?」

「ったく。勝手に終わらせるな」


 また声がして、私は誰かに抱き留められる。

 それが誰かは、確認するまでもなかった。


「無事か?」

「……本当に、執行人サンはお人好しね」


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