第18話 【SIDE:テティ・ハーミット(1/2)】獣人少女テティの想い

「くっ……、はぁっ……!」


 頭がクラクラする。

 胸の奥が痛い。まるで心臓を掴まれているみたいだ。


「テティ、痛みますか?」

「大丈夫、です……。わたしには大司教様の治療が必要だって、分かってるから」


 教会の一室にて。

 今日もわたしはクラウス大司教の治療を受けていた。


 クラウス大司教がわたしの頭にかざしていた手を降ろすと、淡く紫に発光していた彼の手も収まっていく。


「まだ苦しいでしょうが、我慢してください。明日までの辛抱です」

「分かってます……」

「偉いですよテティ。いよいよ明日、貴方も、貴方の仲間も救われるのですからね」


 明日。

 そう、明日だ……。


 それはわたしにとって、とても特別な日だった。


「テティ。明日になれば貴方は十歳となります。獣人族である貴方の血は覚醒することになる」

「……そうすれば、わたしの血を元にして里のみんなを救う治療薬が作れるんですよね?」

「そういうことです。と言っても怖がる必要はありません。少量の血を採るだけですから」


 クラウス大司教はそう言って柔らかく微笑む。

 どこか底が見えないような笑い方で、わたしはあまり好きじゃなかったけれど。


 ――ふた月ほど前、わたしの故郷である獣人の里に謎の病が広まった。


 里の仲間たちはみんな倒れ、それはわたしも例外じゃなかった。

 そこに現れたのが、今わたしの目の前にいるクラウス大司教だ。


 病気を完全に治すことはできなかったが、クラウス大司教はジョブ能力を使って獣人族の病気の進行を抑えてくれた。


 さっき、わたしがしてもらっていたのも同じだ。

 この人のジョブ能力は、どうやら病や怪我の治療をする能力らしい。


 ある日、里に留まっていたクラウス大司教は「病気を根絶できる手段が見つかった」と言った。

 獣人族の血を原料として、病気の治療薬が作れるのだと。


 そして、わたしは里のみんなを救うべく志願した。


 クラウス大司教が、獣人族が覚醒した直後の血が最も治療薬に適していると言ったのもあるし、その覚醒の条件である適齢に最も近かったのがわたしということもある。


 ――でもそれ以上に、わたしは里のみんなを救いたかった。


 そうして、わたしはクラウス大司教のいる、この王都リデイルの聖天教会に移り住むことになった。


 割り当てられた部屋は物置のような部屋で、決して居心地の良い環境とは言えない。

 ロクに食事も与えられず、深夜に小間使いされることもあった。


 でも、そんなことはどうでも良かった。

 里のみんなを救えるのであれば、このくらい。


 本当に治療薬を作ってもらえるんだろうかという疑念と不安は、不思議と教会に来てから消えていた。

 「病気の進行を遅らせる効果がある」という鉄の首輪を付けてもらったのが良かったのかもしれない。


「ではテティ。また夜に」

「はい、大司教様」


 クラウス大司教はわたしに必要最低限の言葉だけを残して部屋から出ていく。


 ――パタン。


 一人になった後で、わたしはゴロンと横になる。

 といってもそこはベッドというより石を並べただけという感じの硬い寝床だったけど。


 クラウス大司教の治療が終わった後でも、まだ身体は重いままだった。


「……」


 わたしは思い起こして、ボロボロの衣服の中に手を入れる。

 そこから取り出したのは一枚の紙切れだった。


 名前も分からない人にもらったその紙は、何故か今ではクラウス大司教の治療や、首に着けられた治療用の鉄輪よりもわたしにとっての支えになっていた。


 ――それは俺の酒場で使える食事券だ。今度ウチに来ると良い。飯をたらふく食べさせてやる。


 この紙を差し出しながら言ったその人の言葉が蘇り、少しだけ身体の痛みが引いた気がした。


「確か、《銀の林檎亭》だったかな……」


 あの時は偶然出会った獣人に何でそんなことをするんだろうと思ったけど、その人にとっては当たり前のことだったのかもしれない。

 だってその黒い服を着た人は、とても純粋で綺麗な目をしていたから。


 渡された食事券にはその人の優しさが込められている気がして、見ると心が温かい気持ちで満たされていく。


 ――今回のことが終わったら、絶対あの人のところに行こう。あの時優しくしてくれたおかげで頑張れたと。そうやってお礼をしに行こう。


 私はそんな想いを胸に浅い眠りにつく。



 そうして、夜――。


 日付が変わって、わたしの部屋にクラウス大司教がやって来た。

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