第17話 情報屋フランのもたらす凶報
「アデルさん。相変わらず林檎、好きッスね……」
昼下がり、王都の路地裏にて。
壁にもたれかかりながら好物の林檎を食していると、フードを被る小柄な少女から声をかけられる。
少女は八重歯を覗かせて苦笑した後、フードを取り外すと俺に向けて手を差し出した。
「アデルさん、久しぶりッス。フランはお会いできて嬉しいッスよ。最近またえらく暴れまわってるらしいじゃないッスか」
「ああ。まだまだぶっ潰さなくちゃいけない輩が大勢いてな」
「くっく、相変わらずッスねぇ」
俺も手を差し出し、少女と握手を交わす。
――情報屋フラン。
それが彼女の名前だ。
フランとは俺が復讐代行屋を始めた頃からの付き合いである。
快活に話すその様子からは想像できないが、王都リデイルでも一二を争う腕利きの情報屋というのが彼女の肩書きだった。
「メイアさんはお元気ッスか?」
「ああ、元気だぞ。お前が酒場に顔出してくれないから寂しがってるけどな」
「フランはここんとこ忙しいんッスよ。どっかの誰かさんが『王家の様子を探ってくれ』だとか無茶を言うせいで」
「それはすまないな」
フランがやれやれと溜息をつく様子が猫みたいで苦笑してしまう。
と言っても、獣人のように頭から獣耳は生えていないが。
「それで、王家の件は何か掴めたか?」
「かなりガードが硬くてまだ何とも。まるで女性に対するアデルさんみたいッス」
「どういうことだ?」
聞き返したらフランはまたも溜息をついていた。
「そんなんだとメイアさんも苦労してそうッスね……」とか呟いていたが、意味が分からない。
「とにかく、王家のことで何か分かったら教えてくれ」
フランは「分かりました」と答えてから言葉を続ける。
「それにしても、まだ気になってるんッスね、王家のこと。アデルさんを追い出すような節穴のことなんかほっときゃいいのに」
「そうもいかないさ。ここのところ王家と絡んでいる奴らと会うことが多くてな。もし王家が何か企てているようなら把握しておきたいんだ」
「普段アデルさんが酒場をやってるのもそれが理由でしたっけ?」
「ああ。酒場には情報が集まるからな。酒が入るとみんな噂話なんかを話しやすくなるし。もっとも、酒場をやり始めたのはメイアがやりたがったからってのもあるが」
「くっく。メイアさんのこと、大事にしてるんッスねぇ」
「まあ、な……」
俺がフランに王家の調査を依頼したのはひと月ほど前のことだ。
父王シャルルが俺を追放してから数年間、国政に表立って大きな動きは無かった。
が、最近の執行対象に王家との関わりを持つ連中が多いことから、俺は不穏な空気を感じている。
だからこそ状況を把握できればと思っているが、フランの話では現状特に進展なしとのことだった。
「で? 今日は何の用ッスか? 王家の件を聞きに来ただけじゃないんでしょ?」
フランが投げかけてきて、俺は本題を切り出すことにした。
「実はある子供のことを調べて欲しい」
「子供?」
「ああ。獣人の子供だ」
「へぇ。そりゃまた何か訳ありッスか?」
フランの言葉に俺は頷く。
俺が探して欲しいと思っているのは、先日のマリーの依頼でローエンタール商会に向かう途中で出くわした奴隷の獣人少女だ。
あの時、少女が明らかに劣悪な環境で虐げられていると分かったものの、執行対象の元へ向かうためとりあえずの対処しか取れなかった。
俺の酒場、《銀の林檎亭》を訪れるよう促し、直接会った際に詳しく事情を聞こうと考えていたのだが、あの少女は一週間ほど経った今でも顔を見せていない。
「なるほど。奴隷の子ッスか」
「
「でも、何でその子に肩入れしようとするッスか? アデルさんはその子と道でぶつかっただけなんでしょ?」
「だとしてもだ。理不尽な問題を抱えているかもしれない人間を見過ごして気持ち良く寝れるほど、俺は器用じゃないもんでね」
「はぁ……。それは器用かどうかの問題じゃなく、単にアデルさんがお人好しなだけだと思うッスよ。まあでも、そうッスね……。アデルさんがそういう人じゃなければフランは今頃スラム街の路地裏で野垂れ死んでるッスからね」
フランは呆れたように言いながらも、にへらっと笑って続けた。
「いいッスよ。引き受けましょう、その依頼。フランも黒衣の執行人様には返しきれない程の借りがありますし」
「恩に着る」
俺は獣人の少女と会った時のことや外見の特徴などを細かくフランに伝え、後日報告を受けることにした。
――フランが《銀の林檎亭》に駆け込んできたのはそれから二日後のことだった。
「フランちゃん?」
「ああ、メイアさんお久しぶりッス。でもすいません。今はちょっと急ぎでアデルさんにお伝えしなくちゃならないことがありまして」
「どうした、フラン? 何か分かったのか?」
フランはどこか慌てている様子で、酒場に俺とメイアしかいないことを確認する。
そして――、
「アデルさん、マズいッス。このままだと例の女の子、死んじゃうッスよ」
口早にそう告げたのだった――。
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