第3話 特製チョコ菓子作り

「ええと。せりなちゃんが小野寺くんから……チョコレート菓子の指導を受けたいって」


「はあ?」


「バレンタインにあげる用」


 はい。ここからは自分で言ってくださいよ。と本人を促した。


「なんで俺」

「ほかにいないもん」


 わがままお嬢さんはもぐもぐと三枚目に手を伸ばしながら言う。


「つか石本いしもとさん、俺のこと嫌ってると思ってたけど」

「べつに嫌ってないよ? あと『せりな』か『せりなちゃん』って呼んで?」


「……なんなのこの人」


 私だって被害者です。


「なんか簡単なのない? ね、ていうかもうこれ渡せばいっか?」


 そう言って小野寺クッキーを指す。


「バレますよ、手作りじゃないの」

 普通にお店で出せるレベルだもん。


 私が言うと「むう」と口を尖らせた。


「チョコならあるけど」


 言いながら小野寺くんは近くの戸棚から板チョコを取り出した。そういえば材料をひとつも持って来なかったことに今更気がついた。すみません。


「でも初心者が扱うのはちょっと難しいかも。チョコはただ溶かして固めればいいってもんじゃないから」


「そうなんだ?」


「『テンパリング』とか『ブルーム』とか……聞いたことくらいあんでしょ、まじで知らないの」


「む……」


 改めて小野寺くんとの知識の差を実感してしまう。これでも積極的にお菓子の勉強はしてるんだけど。全然足りてない。ヴァンドゥーズとして、もっと学んでいかないと。


「でもま、簡単なのってことなら」


 そう言ってチョコをひとかけら器に入れると底部分をお湯につけて温め、ゴムベラで大切そうにじっくりと溶かし始めた。


 更にさっき作ったココアクッキーを二枚取って手頃な袋に入れ、めん棒で叩いて砕いてしまった。


「え、え、もったいない!」


 せりなちゃんが騒ぐと「いいんだよ」と鬱陶しそうに答える。


 その砕けたココアクッキーを、チョコを溶かした器へ入れて混ぜる。ふわん、とチョコレートの深く濃い香りが立った。


 つづいて食器棚から小さめのプリンカップのような型を三つ取り出すと、そこに「ここに均等に入れて」とせりなちゃんに器とスプーンを手渡した。


「ハートの型ないの?」

「贅沢言うな」


 ちぇー、と不満を唱えながらチョコとクッキーの混ざった生地はせりなちゃんの手によって無事に型に収まった。小野寺くんはそのカップをとんとんと台に当てて平らにならし冷蔵庫にしまう。


「すぐ固まるよ」


 器具などが手際よく片付けられていくのを見学したり、せりなちゃんが「持って帰る」と言うのでココアクッキーを袋に詰めるのを手伝ったりしながら数分経つと、「そろそろ見てみる?」と小野寺くんが言い出した。


 カップの中身はしっかりと固まっていた。でもしっかりと型にくっついている。


「これ食べづらいよ?」


 せりなちゃんが言うと「誰が型ごとやるかよ」と呆れた顔をした。


 さっきチョコを溶かしたお湯、そこにプリンカップの底を一瞬浸す。すると。


 ひっくり返してコン、と叩くと、中身がころん、と出てきた。


「おお!」


 丸くて一センチないくらいの厚みの、可愛いチョコのお菓子があっという間に完成した。


「これでどう?」


「完璧!」


 また跳ねて喜ぶせりなちゃんを「下の階に迷惑」と今度は冷たくあしらった。




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