第8話 完璧男の実態

 そのあと旅館に戻ってからはせりなちゃんからの尋問がご飯の間もお風呂の間も寝る前までとにかくしつこくて温泉を満喫するどころではなかった。もう。


 ゆうこさんやタケコさんまで完全にそうだと思い込んでいるし、肝心の小野寺……くん、も「敬語なし」と、相変わらずの調子でますます私たちの関係が疑われてしまった。はあ。


 それからは疲れ果てた私は溶けるようにぐっすりと眠ってしまって、あとのことは何も知らない。シェフに飲まされた小野寺くんが酔って私のことをさんざん語って結局二人で朝まで飲み明かした、だとかそういう話は今朝になってから聞かされた。


「はー、キツ……」


「わ。お酒くさ、二日酔いですか?」


「敬語……」

「はいはい。大丈夫?」


「大丈夫じゃな……キモチワルイ」


 青い顔で、ぐ、と込み上げるなにかをこらえながら亡霊のようにゆらゆら歩く後ろ姿を白い目で見た。こんなになるなら飲まなきゃいいのに。そういえば服装が昨日と同じだ。まさか同じ服? 結構外を歩いたし汗もかいたはずだけど。お風呂はさすがに入ってますよね……? 見た目を気にしない、仕事以外は壊滅的。ゆうこさんが『知らないのね』と言っていたのはこういうことか。


「ずいぶん打ち解けたらしいね。あんみつちゃん」


 背中に声を掛けられて驚いて振り向いた。そこにいたのは亡霊の小野寺くんに対して全然二日酔い感のないいつも通りハツラツ元気なシェフの姿だった。


「シェフはお元気そうですね」


「ああ、途中から水にしてたから」


 うわ。この人もそういう感じなのか。人をあざむく人……。


「マジメだよね、彼」

「小野寺さんがですが?」

 マジメ……ですか?


「小野寺なんでしょ」

「ひっ、シェフまでからかわないでくださいよ」


 本当に勘弁してほしい。


「付き合ってみてどうだった?」

「付き合ってないですってば!」


 声を上げると「ぷ」と笑われた。「違うよ、ケーキ屋めぐりのこと」と言われて今度こそ顔が熱い。


「……すごく勉強になりました。いろんなお店があることもわかったし、販売員の仕事も、ケーキのことも、たくさん知れて」


「小野寺くんはね」


 言いながらシェフは前を歩く亡霊の背中を眺める。


「土日休みのたびにああいうことをやってるらしいよ。高校生の頃から今でもずっと」


「ケーキ屋めぐりですか?」

「そう」


 せりなちゃんがバイトに入るイベント外の普段の土日、私と小野寺くんはどちらかが休暇をもらっている。シャンティ・フレーズは土日を含む週休二日を実現している従業員に優しいお店なのです。


「若い頃は俺も好きでやったけど、あそこまで馬鹿はなかなかやれなかったね」


 馬鹿、つまり『ケーキ馬鹿』という褒め言葉だと理解した。


「昨日も熱く語ってたからねぇ。先が楽しみだ」


 熱く……。酔うと熱く語るタイプ?


「あんみつちゃんと小野寺くんのコンビ、絶対おもしろいから。販売員同士としてもだけど、パティシエとヴァンドゥーズになってからもね。期待してる、なんてあんまり言っちゃいけないんだけどさ。それでもやっぱ期待しちゃうよ」


 くく、と笑った。

 細めたその目には、まるで私にはわからない、ずっと先の未来が見えているかのようだった。




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