44話-side③ 1985年8月1日
「今…」と幕生は突発的に言葉が漏れた。
あれだけはっきりと聞こえるヨリコの言葉で、おそらく自分のことを呼んだと思われる名前----。
そこだけが、水中で視界がぼやけるように聞こえなかった。
…ヨリコは、幕生の本当の名前を知っているのだろうか。
【はやく行くし!さっさとアタシに触れて!】
「う、うん」
今は伊上のことが心配だ。
過去に飛ばされている彼女が危険にさらされている可能性が高い。
<傀儡>を利用してまで二人を飛ばしたのなら、相手側になんらかの意図が込められている。
ヨリコは目を瞑って、精神を集中させていた。
時間は分かった。あとは、今回一緒に飛ぶ幕生の霊圧に影響されなければ、同じ場所に行けるはずだ。
【行くよ!】
ヨリコが合図のために叫ぶと、一瞬七色のポリゴンらしき粒子の線が見えた。
瞬きをしている間に、過去に着いたようだ。
1985年といえば、約12年前だ。
風景が大きく変わったかと言われると、微妙なところかもしれない。
今はマンションが建てられている場所が、この時代だと若干農地のままだということくらいだろうか。
【つーちゃんの気配…うっすらだけどする】
【キョーコの気配もするね。今、移動を試みたけど、この過去では相方のところに飛んだりするのは無理みたいだ】
【気配たどっていくしかない感じかー。でも、さっさと見つけないとヤバイかも】
ヨリコの口調は軽々しいが、早く見つけないといけないのは事実だ。
1980年代には、まだ霊媒の力をもつ人間も、今は自然崩壊した古き霊も現存している。
そして、何か間違いという偶然があれば、伊上と植志田は本当のヨリコにたどり着くかもしれない…。
【多分、二人で行動はしてるっぽい。これなら気配を追うだけでいいと思う!】
【…うん】
【?どうして、急に歯切れが悪くなるん?まあ、関係ないし!あーしは待てないから、お先ー!】
ヨリコはそう言い残して、ものすごい速度で宙を浮いて飛んでいってしまった。
一人幕生が残された場所は、伊上たちが失踪したところと同じ河川敷だった。
ヨリコのように、早くいかなければいけない。
だが、ここに微弱な波動を感じられるのが気になる。
握りつぶした中核の波動に、よく似ているのだ。
悪意のある霊的なものかと思って警戒したが、それらしき存在はいない。
(おかしいな…)
どうもその弱弱しい波動が気になって、幕生はその波を頼りに正体を探すことにした。
《…》
『君かあ。うん、そうかあ…』
波動の正体は、現代で伊上たちをワープさせた女の霊…の本体であり、残骸だった。
もはや人の形はとれず、手のひらサイズの水の雫のような形をするだけになっている、弱い魂だった。
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