第117話 『最奥』の主 7

 通路に仕掛けた大量の魔石が反応し、大爆発を起こす。


 強力な炎と爆風は、レベル8の魔獣、『ヴァイス・ベアライツ』を吹き飛ばし、燃やしていた。


『やったか?』


 黒こげの『ヴァイス・ベアライツ』を見て、マメがテンション高く言う。


『それは、もう、やってない時に言うセリフになっているからな。縁起悪いからやめろ』


『これであのクマを倒せていたら、故郷に帰って卵かけご飯を食べるんだ……』


『妙なフラグを立てようとするな。しかも、なんだよ卵かけご飯って。そこは幼なじみと結婚とかだろ』


『中学生は結婚できないだろう?』


『おまえの中学生設定、使う機会あるのか? たまに思い出したように言うけど』


『主が10万PVを稼げば、マメちゃんの可愛い女子中学生モードを見せることができるのだがね!』


『そんなに稼げないし、稼いでもおまえに使わねーよ』


『なんだとう!?』


 そんな言い合いをしている間も、『ヴァイス・ベアライツ』が起きあがる気配はない。


『どうやら、本当に倒せたようだね』


『だな』


『ちえ、つまらないねぇ』


『何がつまらないだ。レベル8の化け物がこんなに簡単に倒せてよかったじゃないか』


 マメと軽口を言い合いながら、実のところビジイクレイトはかなり安堵していた。


『ヴァイス・ベアライツ』を通路へ追いやり、大量の魔石で威力を上げたジスプレッサの『火の希望』で倒すという作戦を考えたのはビジイクレイトではあるが、それでも本当に倒せるのかは、わからなかったのだ。


 それだけ、レベル8の魔獣というのは未知であり、化け物である。


「……すさまじい火力ですわね」


 サロタープが心の底から感嘆している声を出す。


「そうですね。さすがです。ジスプレッサ様」


 サロタープの言葉は、ほとんどビジイクレイトの心を代弁していた。


 作戦を考えたのは、一応ビジイクレイトだが、ジスプレッサが『火の希望』という強力な『魔聖具』を扱えるからこそ、出来たことだ。


 サロタープもだが、いつでも逃げることが出来るように、ビジイクレイトにくっついているジスプレッサは、しかしどこか不満げだ。


 なぜか、不機嫌そうな顔をしている。


「ん?なんだか、暑いですわ?」


 サロタープの疑問を聞いて、すぐにビジイクレイトはジスプレッサに何が起きているのか気がついた。


「あ、しまった。ジスプレッサ様。『氷の魔石』を交換します!」


『火の希望』は強力な『魔聖具』だが、反動がある。


 そのことを思い出して、ビジイクレイトは慌ててジスプレッサと、ついでにサロタープに巻き付けていた縄を外して、ジスプレッサの『氷華の衣』の魔石を交換する。


「……すまない、少年」


「いえ、これが仕事ですので」


 力なく謝るジスプレッサに、ビジイクレイトは笑顔を返す。


 そんな様子を見ていたサロタープは、ジスプレッサに話しかけた。


「『魔聖具』の反動、ですか? ずいぶんと強力のな『魔聖具』ですのね」


「……祖父の形見だ」


「形見……もしかして、ジスプレッサ様の御爺様は、『英雄』だったのですか?」


「ああ。貴族になった、『英雄』だ」


「ジスプレッサ様は、貴族になりたいのですよね?」


「……ああ。魔聖石も手に入れたしな」


 ジスプレッサの口調が、不機嫌なままだった。


 もう、『氷華の衣』の効果で体温はかなり下がっているはずなのだが。


 しかし、ジスプレッサの機嫌よりもサロタープは別のことが気になったようだ。


「……え!?」


 すでにジスプレッサが『魔聖石』を手に入れたということに大きく反応する。


「ああ、そういえば話していませんでしたね。僕たちは、さきほど『白猪の長牙』から魔聖石を譲ってもらったのです」


「ええ、そうなのですの!? なんで、そんなことに」


「その話は長くなるので、またあとで……」


 サロタープが、ビジイクレイトに迫ってくる。


 詳しく説明すると、もう一匹の『デッドリー・ボア』のことなどを話さないといけないので面倒くさい。


 そんなことを思っていると、ジスプレッサが小さな声でつぶやいた。


「私は……貴族になれるのだろうか?」


 なんでそのようなことを聞いたのか、ビジイクレイトが考察している間に、サロタープがジスプレッサの問いに答えた。


「はい。ジスプレッサ様は立派な貴族になれますわ。ご安心してくださいませ」


 サロタープの言葉に、何の偽りも感じられなかった。


 それが、ジスプレッサの気分を害したのだろうか。


 サロタープに聞くべきではないことをジスプレッサは口走る。


「貴族になっても……貴族は、元平民を使い捨てるのだろう? 『閃光部隊』として、捨て石に使って……」


「『閃光部隊』……捨て石ですか? 私はそのような話を聞いたことはありませんが……」


 サロタープは、『閃光部隊』のことを知らないのだから。


『……そりゃそうだろうな』


『なんで彼女は知らないんだい?』


『平民を守るって育てている貴族が、子供に使い捨て部隊の話をすると思うか? いや、そもそもバーケット家が、『閃光部隊』とか、国の後ろ暗いことをする部分に関与していないのかもしれないけど』


 バーケット家は、ビジイクレイトが調べた限りでは、『潔癖』といえるほどに真っ当な貴族だった。


 だからこそ、サロタープが殺されそうになったことに関しては、驚きもあったのだが。


 サロタープは、『閃光部隊』の話をどこまで信じているのか分からないが、にっこりと微笑んでうつむいているジスプレッサの手をとる。


「大丈夫ですわ。ジスプレッサ様が『神財』を賜り、貴族になったときは、私が、出来る限り援助いたします」


「……出来るんですか? 今、誘拐されかけたばかりですよ?」


 思わず、ビジイクレイトは言ってしまう。


「今はそんなことをおっしゃらないでくださいませ! 私の出来る限りの援助なので、嘘は言っていませんわ!」


「それは申し訳ございません」


 あっさりと謝罪したビジイクレイトに対して、それはそれで不満なのか、サロタープはぎゃいぎゃいと文句を言うが、真面目につきあうつもりはない。


「まぁ、そんな話はやめて、いいかげんに『ヴァイス・ベアライツ』を解体して……」


 そのとき、ビジイクレイトは、目の端で何か動くモノをみた。


 反射的に、サロタープとジスプレッサに抱きつく。


「な、なにを……!?」


 ジスプレッサが疑問の声を出すが、その問いはすぐにわかっただろう。


「ガ……ァァア……」


 獣が、声をあげているからだ。


「うそ……生きている」


 その声の主は、黒こげになった『ヴァイス・ベアライツ』だ。


「ガァアアアアアアアアア!!」


 断末魔にしては、あまりに力強く、恐ろしい声を『ヴァイス・ベアライツ』はあげる。


 その声に込められているは、間違いなく憎悪。


 自分を苦しめたモノに対する、殺意だった。


「逃げるぞ!」


 ビジイクレイトは、急いで『曉木の縄』をサロタープとジスプレッサに渡す。


 サロタープは縄を受け取るとすぐに自分の腰に巻き付けるが、ジスプレッサは縄を受け取ることもしなかった。


「ジスプレッサ様!」


 ジスプレッサは、ただ立っている。


『どうやら、恐怖で動けなくなっっているようだね』


『またかよ!』


 レベル8の魔獣が怒っているのだ。


 ビジイクレイトだって恐怖のあまり、ちびりそうであるが、動けなくなるのは本当に困る。


「ジスプレッサ様! 急いで!」


 なんとか、ジスプレッサに縄を渡そうとしていると、ジスプレッサが急に動き出した。


 ただ、その動きは縄を受け取ろうとするものではなく、なぜか『火の希望』を掲げだしたのだ。


「ジスプレッサ様!?」


「何をするつもりですの?」


 ジスプレッサが何をするつもりなのか、ビジイクレイトにもよくわからない。


「もしかして、もう一度『火の希望』を放つつもりですか? それは、無駄です。あの『ヴァイス・ベアライツ』は、おそらく焼けたのは表面のみで、まだ死にません。普通に打っても……」


 そんな愚かなことを、ジスプレッサがするわけないとビジイクレイトも思っている。


 それに、直前まで恐怖で動けなかった人間のすることでもないだろう。


 なので、言いながら、ビジイクレイトの声も小さくなっていく。


 ジスプレッサが何をするつもりなのか、様子を見守っていると、彼女は、左手に『火の希望』を、右手に『魔聖石』を持った。


「私は……『英雄』になりたい。祖父のような『大魔聖法使い』になりたいのだ! 『立派な貴族』は、その後だ!!」


 そう叫ぶと、ジスプレッサは、『火の希望』に『魔聖石』を叩きつけたのだ。


「何を!?」


 そんなことをすれば、当然『魔聖石』は、粉々に砕ける。


 ビジイクレイトとサロタープが驚いていると、砕けた『魔聖石』はキラキラと輝きながら、『火の希望』に吸い込まれていく。


「まさか、『魔聖具』の強化? 『魔聖石』で? そんなこと、聞いたことも……」


 見たことも聞いたこともない事象を目の当たりにして、ビジイクレイトはついこぼしてしまう。


『チョロプレッサがしていることは、珍しいのかね?』


 マメの質問に、ビジイクレイトはすぐに答えきれなかった。


『珍しいというか、そもそも、本に書かれていない。いや、俺が読んだ本の中だと、という意味だけど……』


 しかし、似たような記述さえ、ビジイクレイトは見たことがないのだ。


『ほう、主でも知らないことがあるだなんて珍しいね』


『俺は出来損ないだからな。忘れているかもしれないけど。授業さえ受けれていないんだから』


『ああ、そういえばそうだったね。『ヘンゼルとグレーテル』さえ思いつけないような主だった』


『喧嘩売っているのか、このやろう』


 なんて言い合いをしている間に、『魔聖石』の砕けたかけらは完全にジスプレッサの『火の希望』に吸収された。


『火の希望』からは、これまでに見たことがないような光があふれている。


『……本当にパワーアップしたよ。マジか。『火の希望』から感じる『魔聖力』が明らかに高くなっているんだけど』


『『魔聖力』とか感じられるのかい?』


『そこらへんはフィーリングだ』


『わかってないのかい』


 しかし、本当に『火の希望』は強化されたようだ。


 輝く『火の希望』から、なんと水の槍が現れたのだ。


『水とか出せたのかい? あの道具』


『俺もはじめてみたな』


『火の希望』から現れた水の槍は、ぶくぶくと沸騰しはじめたが、しかし槍の原型を保ったままである。


「『火の願望』」


 ジスプレッサの声と共に、見たことがないような速さで、熱せられた水の槍が射出される。


 水の槍は、その速度によって容易く『ヴァイス・ベアライツ』の強靱な皮膚を貫き、深々と胸に突き刺さった。


「ガァッ!?」


 突き刺さった水の槍を『ヴァイス・ベアライツ』は引き抜こうとするが、水の槍をつかむことさえ出来ない。


「弾けろ」


「ガァ……ガッ!?」


 高温の水の槍が、『ヴァイス・ベアライツ』の体内で爆発した。


『ヴァイス・ベアライツ』の胸に大きな穴が空く。


「……倒したのですか?」


「やった、ぞ」


 ジスプレッサが、姿勢を崩した。


「ジスプレッサ様」


 ビジイクレイトは、慌ててジスプレッサを支える。


 今にも倒れそうだったのに、ジスプレッサは心底うれしそうに笑みをこぼしていた。


「やった……やったんだ。私は、やった」


「……ええ、そうですね」


『なんか、死んでしまう騎士みたいなセリフだね』


『やめろ。めちゃくちゃ疲労しているみたいだけど、死ぬことはないよ。たぶん。回復薬で治ればいいんだけどな』


 ジスプレッサの体から力が抜けている。


『……でも、熱は前ほどじゃないな。これか『魔聖石』を使用した効果なのか……』


 ビジイクレイトの考察を、マメが遮る。


『なぁなぁ、主よ』


『なんだ、マメよ』


『どうしても言いたいことがあるのだよ』


『そうか、なんだ?』


 マメは、一呼吸おいて、言う。


『やったか!?』


『……それは、やってないセリフなんだよなぁ』


 胸に大きな穴が空いている『ヴァイス・ベアライツ』をビジイクレイトはみる。


 まだ、立っている『ヴァイス・ベアライツ』を。


「……ヒュー……ヒュー……」


 もはや声は出せず、ただ息が漏れるだけの熊の魔獣は、しかし、生きていた。


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